閑話十一 夢のパーク
閑話ですがちょっと長めです。
「父ちゃん早く! 何で歩いてるのさ急いでっ!」
「はっはっは。大丈夫だってマサル。別に逃げやしないんだから」
今年もやってきたゴールデンウィークの季節。
その初日となるこの日、埼玉のとある場所には大勢の人々が集まり賑わっていた。
――間違いなく今の埼玉、いや日本で一番のホットなスポットだ。
大型連休に入って、普段より活気が溢れる数ある名所の中でも――人々の熱狂度は群を抜いている。
『迷宮パークランド』。
迷宮とつく施設自体は、刑務所や病院などもあるが……それらは探索者専用。
今回、ゴールデンウィーク初日に合わせてオープンした『巨大テーマパーク』は、一般人が迷宮に触れて楽しむための場所である。
「スゴイよ父ちゃん! 人も建物もいっぱいあるよ!」
「そうだなマサル。マサルみたいに皆、今日のオープンを楽しみにしていたようだな」
テンションが上がった五才児の息子を見て、手を引っ張られる父親はニコリと微笑む。
とはいえ少々、戸惑いも。
あまりの人気と人の多さ(メディアも含む)に、思わず圧倒されてしまう。
「……さて、まずはどこにいこうか。一番近いのは『迷宮アスレチック』だけど……」
「違うよ父ちゃん! 公園じゃないんだから! 最初は『モンスター館』にいこうよ!」
「んー、あそこか。でもあそこは『一番の目玉』があるからな……。かなり混んでるはずだぞ?」
真っ先に人気の場所へ行くのは効率が悪くなるな……。
入場時に貰ったマップを広げて、どこから攻めるか悩む父親。
そこで目に入ったのは――一人の女性だ。
探索者ギルドの受付嬢の格好をした、『迷宮パークランド』の従業員である。
「あの、すいません。ちょっといいですか?」
「はい! 何でしょうか?」
制服の胸に自分の好きなモンスターのワッペンをつけた女性キャストに、父親は頭をポリポリと掻きながら、
「人も見るべき場所も多くて何が何やら……。やはり『モンスター館』は外せないですが、どう動けば効率よく見て回れますかね?」
「そうですね……。『モンスター館』は確実に人気ナンバーワンだと思いますので、まず整理券を取った方がいいかと。その後に『迷宮歴史館』など、比較的人が少ないだろう場所に行くのがいいですね」
「なるほど、そうか整理券でしたか。ありがとうございます」
女性キャストの助言を受けて、行動計画を立てる父親。
……その間、五才児の息子マサルはというと、
「ねえお姉さん! お姉さんはどの探索者が好き?」
「私? そうだなあ……探索者さんだと『老将の探索者』さんね。私もたくさんの従魔を連れて探索してみたいかな。そういうボクは誰が好きなの?」
「僕は『火ダルマの探索者』さ! だって火は正義、赤はヒーローの色だからね!」
「へえー、あのぽっちゃ……『火ダルマの探索者』さんかあ」
「うん! 火が一番カッコいいからね。……でも、ウチの父ちゃんは僕とは全然、趣味が違うんだよ」
そう言って、まだマップと睨めっこしている父親の服を引っ張りながら、
「父ちゃんは『影姫の探索者』と『女オーガの探索者』が一番好きなんだよね!」
「!? こ、こらマサル! それは秘密で……! 今はいいけど母さんの前では絶対に言うなよ!?」
と、慌てふためく父親に手を引かれて、五才児マサルは『迷宮パークランド』をゆく。
まず大勢の人でごった返す『モンスター館』で整理券を受け取り、比較的人が少ない(それでも多いが)『迷宮歴史館』で、3D映像も交えた歴史を学ぶ。
その後はすぐ入れそうな場所から入っていき、小腹が減れば早めのフードコートで、『郡山の迷宮』産の牛モンスターの肉串を堪能する。
「ねえ父ちゃん、『ダンジョン=ホブアップル』は? 僕はアレも食べてみたいよっ!」
「そうは言ってもだなマサル……。アレは効果が効果だから、優先的に探索者さんの方にいくんだよ。美味しいらしいけど、マサルに属性耐性アップとかいらないだろう?」
五才児らしく、駄々をこねるマサルをひょい、とおぶる父親。
ただ、その程度では機嫌が完全に直るわけはないのだが……父親には余裕があった。
「そんな事より、いくぞマサル! そろそろあそこに入れるはずだ!」
「ほ、本当か父ちゃん!? やっと入れるの!?」
これまでも充分、『迷宮パークランド』を楽しんでいたマサルであったが。
ついに巡ってきた順番に――おんぶされながらガッツポーズをする。
つまりは『モンスター館』。
ファンタジー世界の住人達の模型が展示される、敷地内で最も大きな建物だ。
◆
「「おおおおーっ!」」
整理券を係員に渡して、マサルと父親は『モンスター館』へと足を踏み入れた。
目の前に広がる十二年前までは考えられなかった光景を見て、マサルも父親も、他の多くの入場者も感嘆の声を上げた。
入場口の正面に出迎えた、人気モンスターの『スコットフェアリー』の模型を先頭に、
『ミノタウルス』に『スチールベア』に、『グリムレオ』に『バーサクトレント』に。
他にも数多くのモンスターの精巧な模型が、広い『モンスター館』の中に存在している。
「父ちゃん見て! あっちは『トロール』だよ! ゾウさんより全然大きいよっ!」
「す、スゴイな……。一部の探索者はアレを倒すんだよな……」
巨大モンスターの迫力ある模型を見て、喜ぶマサルと気圧される父親。
……だが、迫力で言えばトロールなどまだまだ序の口。
軽く百体以上の模型が展示される中でも、特に迫力があるのは――やはり『指名首』ゾーンと『門番』ゾーンだ。
父親は当然として、さすがのマサルも他の子供達も、見上げて一歩、後ずさるほどの存在感と迫力だった。
――そうして、様々な感情を抱きながら。
人混みの中でゆっくりと、マサルと父親は『モンスター館』の奥へと進んでいき――。
「と、父ちゃん……ごくり」
「ま、マサル……ゴクリ」
不思議と手に汗を握り、親子揃って生唾を飲み込む。
そんな二人の視線の先には、アーチ状の『重厚な扉』が開かれている。
さらにその扉の向こうからは、得も言われぬ独特な空気と、先に入って見ている人々の声が漏れ聞こえていた。
ダントツ一番人気の『モンスター館』、その最奥の部屋。
『迷宮パークランド』自体はこれからもオープンし続けるが――この重厚な扉の先の部屋のみ、ゴールデンウィーク期間中だけ。
――すなわち、『一番の目玉』。
今日ここを訪れた人々のお目当ては、この『期間限定』の特別な部屋と言っても過言ではない。
「「「「おおおおおおお……ッ!」」」」
マサルも父親も他の者達も、入った瞬間、一人残らず声を上げた。
分かっていてなお、感じてしまう衝撃。
一般人の彼らが『実物』を拝めるとすれば、この期間限定のチャンスくらいだろう。
広大な『迷宮パークランド』で一番の熱気。――その最奥の部屋に待っていたのは、『五つの装備』と『五体の巨大模型』。
特殊なガラスケースに入れられた装備の一つ一つ。
そこには警備員(『DRT』隊員)が二人づつ付き、その真後ろには元となったモンスターの模型が。
――開かれた扉の入口近くから順に、この空間を『支配』するのは、
『魔鋼竜の鉤爪』と魔鋼竜の模型。
『百足竜の鎧』と百足竜の模型。
『精竜刀』と妖精竜の模型。
『六尾竜のローブ』と六尾竜の模型。
そして最後に、『妖骨竜の鎧』と妖骨竜の模型。
それら豪華な展示品、『究極の装備』を見て。
部屋に入った多くの人々が圧倒され、カメラやスマホで写真を撮る事すら忘れている。
「うわあ……こ、これが亜竜と亜竜の……」
「……驚いた。まさかこんなものが存在するとは……」
実物大の精巧な模型と、ガラスケースの中から圧倒的な存在感を放つ装備。
日本が誇る五人の『単独亜竜撃破者』。
彼らが死闘を繰り広げた相手と、そして特別に展示品として貸し出された装備は――一瞬で見る者の心を奪っていた。
「父ちゃん、これ僕……どれでもいいから欲しい」
「ば、バカを言うんじゃないマサル……。値段なんてつけられないし……もしつけても父ちゃんの給料じゃ無理だ」
目を輝かせるマサルと、アゴが外れそうな父親。
その反応は他の家族、カップル、友人グループも同様で、厳重に展示された『究極の装備』と、その後ろに構える亜竜の巨大模型に見入っていた。
――そんなファンタジーな国のオープン初日は、大盛況も大盛況――。
万単位の入場者を記録し、満足度的にも売上的にも、予想を遥かに上回るものだったという。
……そして、良いか悪いかは別として。
『究極の装備』や亜竜をはじめとしたモンスターの模型を見て――『探索者になりたい』と、そう思う子供が増えたのは言うまでもない。
迷宮紹介の方は明日上げる予定です。
本編の再開は、1月の5日(土)か6日(日)のどっちかだと思われます。