百七十五話 迷宮仕様スーパーフード
「ふぅー、疲れた疲れた。早く風呂に入ってさっぱりしたいな」
その後。順調に探索を進めた俺達は、十八層まで潜ってから『日向の迷宮』を脱出した。
結局、思ったより深くて最下層までは到達できなかったが……。
予定していた二日間で、未踏破区域を五層分、進める事ができたというわけだ。
――って、そっちはもう今となってはどうでもいいか。
最も気になる、群生していたあの謎の果実(桃ミルキー味のリンゴモドキ)。
未踏破の十四層から急に出てきて、話題をさらったアレについてだが――。
皆の期待通り、見事に『食用』だと判明していた。
俺達が日向の担当ギルドに戻ってすぐ。
数時間ほど前に先に戻っていたヤツが報告し、ギルド長の桂さんが県内の【鑑定スキル】持ちを急いで呼び寄せたところ、
『ダンジョン=ホブアップル』。
【鑑定スキル】によると、毒はなく食べられる果実で、人間も動物も口にして大丈夫らしい。
……ただ、やはり迷宮内という特殊な空間でのみ生育が可能。
種を土に植えたところで、地上ではいくらやっても育たないようだ。
「思わぬ収穫とはまさにこの事だな。食ってみたら味も濃厚でやっぱり美味いし……こりゃ売れるだろうな!」
「だなバタロー。下手な果物より全然美味いぞホーホゥ!」
「人の手が入っていねえとはとても思えねえ甘さだ。……ところでギルド長、ものは相談なんだが――」
見学組も含め、『ダンジョン=ホブアップル』を食べた俺達は皆、その味に大満足だった。
その中で一人、悪代官みたいな目(?)をしたばるたんが、ある相談をギルド長の桂さんに。
対して、桂さんは両手をすりすりしながら不敵に笑うと、
「もちろんです、ばるたん君。ウチとしても十八層まで踏破していただきましたしね。『迷宮サークル』の皆さんには贈らせていただきますよ」
――こうして、世渡り上手(?)なばるたんの働きかけによって。
俺達は日向の担当ギルドから、毎年のお中元として『ダンジョン=ホブアップル』を贈ってもらう権を手に入れた。
……だが、『ダンジョン=ホブアップル』については、この時点で終わりではなかった。
近くの銭湯で汗を流して、キレイさっぱりしてから。
もう日も落ちていたので、ギルド関係者(+森川さん)と一緒に街に繰り出し、オススメの店で宴会を開き、
翌日、大量に貰った土産を片手に、俺達がルンルン気分で東京へと戻っていった――その後の事。
栄養成分をはじめ、『色々と』細かい部分まで調べられた結果。
誰も予想できなかったトンデモ事実が、次々と判明する事となった。
◆
「な、何か思ってたのと違うぞお前……。いやまあ、『良い意味で』裏切られたんだけども」
『日向の迷宮』から招待を受けて、遠征してから一月半ほど。
世間がもうすぐ新年度を迎える頃、その情報は俺達の耳に入ってきた。
――しかも、日向のギルド長の桂さんからではなく、トップであるギルド総長の柳さんからである。
『スゴイぞ友葉君! 君の見つけたあの果実を調べたら驚きの結果が出たぞ!』
そんな興奮気味な感じで始まった、ギルド総長からの電話口での説明は。
俺もズク坊もばるたんも、持っていたどら焼きを落としてしまうほどの驚くべきものだった。
一言で言うなら『スーパーフード』か。
あのリンゴモドキ改め『ダンジョン=ホブアップル』は、専門家が唸るほどの食材だった。
判明した効果その一。
『非常に高タンパク』で、体内への吸収率も吸収速度も極めて高い。
海外製のものも含めて、市販されているプロテインのどれよりも、あらゆる面で優れていたのだ。
まさにボディビルダーやアスリートが泣いて喜ぶ『天然のプロテイン』。
……だが、実はコレについては大した事ではない。
『ダンジョン=ホブアップル』の真価は――次に紹介する残る三つの衝撃効果の方だ。
判明した効果その二。
『属性耐性の上昇』。……もう一度言おう、『属性耐性の上昇』である。
ただ高タンパクな果実かと思いきや、まさかもまさか、火・水・風・土・雷・毒など、他にも様々存在する全属性において、耐性が『約五パーセントアップ』するそうだ。
しかも、こちらの方も体内への吸収は早いようで、
摂取してから数十秒で効果が現れ、『一時間きっかり』その効果が持続するらしい。
さらに、判明した効果その三。
『属性攻撃の上昇』。――耐性と同じく、何と攻撃にも同じ効果が判明していた。
約五パーセントアップで一時間持続し、属性がついた【スキル】の威力を高めてくれるのだ。
そして最後に、判明した効果その四。
『集中力の上昇』。こちらは一見、地味に思えるが、その上昇具合がハンパないらしい。
集中力ゆえに、前の二つと比べてなかなか数値化するのは難しいが……。
いわゆる『ゾーン』。
その上昇率は相当高いようで、アスリートがたまに言う極限の集中状態になるようだ。
ただこっちの持続時間は十分程度。
また調べた結果、個人差が大きいらしく、短いと三分、長いと三十分は続くらしい。
「スーパーフードはスーパーフードでも……こりゃ『迷宮仕様スーパーフード』だな」
「ホーホゥ。属性持ちモンスターとは戦いやすくなるな。特にすぐるみたいな魔術師タイプは攻撃力も上がるからホクホクだぞ」
「あと、『従魔にも効果アリ』とはな。すぐる同様、花蓮組も大幅に強化されるのは間違いねえぞ」
ギルド総長からのトンデモ情報を受けて、改めて迷宮ってスゴイなあ……と驚く俺達。
ちなみに、すぐるや花蓮にはラインで即行、伝えてある。
あまりに驚きすぎたのか、二人ともスタンプ一個で返してきたぞ。
「調査は終わったから、ここからは加工をどうするかだな。さすがに毎回、まんまをカブりつくのは大変だし」
話を聞いたら食べたくなったので、俺はソファから立ち上がって冷蔵庫へ。
残っていた最後の一つを取り出し、果物ナイフで三等分に切って皆で食べる。
「やっぱり冷やした方が余計に美味いな。この桃ミルキーな味もクセになるぞ」
「ホーホゥ。コレならシンプルにデザートとしても楽しめるな」
「違いねえ。たださすがに耐性が上昇したとかは分からねえな。『ダンジョン=ホブアップル』……まったく不思議な食いもんだ」
迷宮産の果実を味わい、とりあえず最後の一つを楽しむ俺達。
というか、三等分にしたら効果はやっぱり減るものなのか?
まあここは迷宮内じゃないから……特に気にする必要もないか。
とりあえず俺ができるのは発見するところまでだ。
濃縮して飲みやすい錠剤とかにするのか、そっちは研究者の人達に任せるとしよう。
「完成したら大ヒットするだろうな……。探索者を中心に取り合う未来が見える気がするぞ」
『ダンジョン=ホブアップル』をめぐり、果たしてこれからどうなっていくのか。
楽しみ半分、心配半分。
実物を食べて集中力が増したからか、考えるとあれこれキリがなさそうなので……。
俺はリビングの棚からオセロを取り出して、ばるたんの前へ。
趣味の一人オーケストラを始めたズク坊を尻目に、床に座ってばるたんと向かい合う。
「よし、勝負でもするか、ばるたん! 集中力が上がったっぽい今の俺は強いぞ!」
「いや、それは俺も同じ条件だぞバタロー? ……まあいいだろう。いつも通りの『ハンデマッチ』といこうじゃねえか!」
――という事で、ばるたんとの緊急オセロ勝負だ。
いつも通りの超ハンデ(最初から角四つが俺のもの)をもらい、いざ『百二十四戦目』に挑む。
普段よりも回る頭。ひらめく斬新な一手。
たしかな自信を感じながら、ばるたんの白を黒く染め上げて――……。
「ば、バカな!? これだけハンデがあるのに! 花蓮のライフポイント(百八)もとっくに超えちゃったぞッ!?」
ある意味、こちらも衝撃的な情報となる『百二十四連敗』。
高い知能を持つザリガニ相手に、人間の俺は見事なまでの大逆転を許して敗北。
ズク坊の「ホーホゥ~♪」というご機嫌なオーケストラが響き渡る中――俺は床へと崩れ落ちた。
本編の投稿については、今年はこれで終わりとなります。
あとは閑話と迷宮紹介その2を上げる予定です。