百七十三話 剛腕には剛腕を
主人公視点ではありません。
長めです。
「え、えげつないなオイ……」
「いやここ……いつもの俺達の迷宮と同じだよ……な?」
東京の上野から、『ミミズクの探索者』率いる『迷宮サークル』が探索にきた。
『日向の迷宮』で活動する探索者達の要望を受け、ギルド長がそれを叶えてくれたのだが――いざ目の前にすると、その光景は衝撃すぎた。
文字通り、叩き潰す。
武器は持たずに、鎧一つ。
防具を纏っただけの状態で、巨体でパワー溢れるモンスター達が、何の障害にもならずに討伐されていく。
「『タンクアント』が一撃って……。牛パワーが一つになるとここまでの威力なのか!」
「つうか繰り出す技とか以前によ……足音と震動からしてヤバすぎないか?」
『ミミズクの探索者』を先頭に、後方に位置する『火ダルマの探索者』と『子供探索者』、そのさらに後ろに見学組が続く。
一発一発が決まるごとに、見学組の口からはどよめきの声が。
彼らも上の下レベルの迷宮をホームとする、あるいはたまに潜る実力者ではあるが……。
太郎の戦いを見て反応する様は、初めて探索者を見た一般人のそれであった。
――ズドゴォオン!
「ま、また一撃……! 何ちゅう打撃の重さ……もう体重お化けじゃないか!」
「アレ絶対、俺らなんかが少しでも擦ったら……大ケガ確定だぞ」
――ドゴォオオン!
「……これが『単独亜竜撃破者』か。同じ探索者とは思えないな」
「まあ、その中でもパワーとタフネスに関しちゃ圧倒的だからな。……これくらいやって当然だろうぜ」
轟音が響くたび、一層モンスターのタンクアントが屍に変わる。
強靭なアゴと、タンクのように膨らんだ硬い頭部と腹部が特徴的なモンスターは――成すすべなくその命を終わらせていた。
……実は密かに、いくら『ミミズク探索者』でも一体くらいは漏れてくるのでは? と心配していた彼らであったが、
ほかの前衛二体の従魔の補佐もあり、『迷宮サークル』の後衛にすら漏れてきていない状況だ。
――その結果、見学組の心に生まれたのは余裕。
太郎が放つ一発一発を、飛んでいく『闘牛気・赤』の打撃を、スマホで撮り始める者も出てきていた。
そんな『迷宮サークル』(ほぼ太郎だが)による覇王の行進は止まらない。
『日向の迷宮』の二キロと少しある、洞窟型で螺旋状な一本道。
そこに残るのは太郎の足跡と、集団で押し寄せてきて返り討ちにあった、タンクアントの死体の山の二つだけ。
この状況は二層、三層と進んでも同じ。
たかだが数層下りただけでは、招かれた『若手最強パーティー』の蹂躙を止める事はできなかった。
「……何かコイツら弱くなってないか? ちゃんと飯食ってんのか??」
「バカ、錯覚だよ。特に友葉さんが規格外すぎるんだよ」
「日向で一番の『鉄腕の探索者』でも……さすがにこうはならないな」
いつもなら暴れ倒す、危険で厄介なパワー系モンスターの死体を横目に。
『迷宮サークル』の後に続いて、迷宮内を『散歩』する見学組。
階層が変わって出現モンスターが違うだけで、繰り返される戦闘はほとんど同じ。
だがあまりに刺激が強く、何より大きなモンスターが一撃で倒される様が痛快だからか……飽きて引き返す者は一人もいない。
そんなあまりに一方的な、死と隣り合わせ感が全くない状況は続き――『迷宮サークル』&見学組は、早くも六層へと到達した。
◆
「――友葉氏にズク坊氏! それに木本氏も!」
六層の階段付近。
探索者達から『階段広場』と呼ばれる、少し円形状に膨らんだ場所での休憩時。
太郎達に群がっていた見学組の間を割って入るように、そう声を上げて一人の人物が近づいてきた。
「おい、ちょっと。次は俺達パーティーが『妖骨竜の鎧』を触らせてもらう番――って、アンタはまさか!?」
ズンズンと集団の中に入ってきた人物を見て、探索者の一人が驚きの声を上げた。
遅れて周りの探索者達も、何だ何だ? と振り返ってその人物に気づき、
『顔と頭』を見た瞬間、なぜここに!? ――と、立て続けに驚きの声を上げる。
「うん? あなたは……森川さんじゃないですか!?」
「ホーホゥ! 誰かと思えば久しぶりだな“マグナム”!」
「ご無沙汰しています、義和さん!」
本日の主役である太郎達もその男を確認し、立ち上がって現れた男と挨拶をする。
男の格好は、相変わらず胸に『下手くそな銃の絵』がペイントされた黒の軽鎧。
それを纏う体は痩せ型で、兜なしの頭部は……一度見たら忘れない、特徴的な天然パーマなアフロ頭だ。
――男の正体は森川“マグナム”義和。
かつて『岐阜の迷宮』であった、『迷宮決壊』解決作戦において、
太郎達と共闘した、『奇跡☆の狙撃部隊』のリーダーである。
探索歴は太郎達よりも先輩の七年目で、年齢は三十歳。
熊本県内でのみ探索活動をして『天パアフロの探索者』の異名を持つ、日本トップレベルの探索者だ。
そんな実力者(&変わり者)がなぜここに?
太郎達が気になって聞いてみると、森川は銃の形にした右手の人差指を、フーッと華麗(?)に吹いてから言う。
「会いにきたに決まっているさ! 友葉氏達が宮崎まで来ると風の噂で聞いてな。熊本から原付を飛ばしてやってきたのだ!」
「げ、原付ですか!? やっぱり変人……オッホン! いやまあ、そこはいいとして。何かわざわざすいません」
「なに、戦友である友葉氏、ズク坊氏、木本氏に会うためなら大した事じゃないさ。あと、はじめましてだな飯田氏よ!」
「はい、はじめまして! その節はバタロー達がお世話になりました、ミスターマグナムさんっ!」
「うむ、それはこちらもさ。……ところで、頭の上のザリガニは……?」
「おう。俺の名前はばるたんだ。本来は自宅警備員だが、今回は出張ってきたのさ」
「そうか、ばるたん氏か。よろしく頼む。本当はウチもメンバーを連れてきたかったが……家の畑の手伝いが忙しくてな。その代わりと言っては何だが、熊本土産を持ってきたぞ!」
予想だにしない、久しぶりの再会を喜ぶ(?)一同。
あれ以降にあった、上野での亜竜戦や郡山での『門番地獄』などなど。
休憩中は互いに経験した探索について、積もる話をワイワイとしていった。
「ぜひ久しぶりに共闘したいところだが……ここのギルド長に言われたからな。皆と同じく、友葉氏達の成長したパワーを見学させてもらおう!」
「ホーホゥ。今回は右腕のうずきは抑えるんだぞマグナム」
「ですよ森川さん。……まあでも、ちょうどいいタイミングでしたね。この六層のヤツは硬いみたいですし、ちょっと面白いものを見せてあげますよ」
「……ちょっと面白いものとな? ほほう、それは楽しみにしておくぞ友葉氏よ!」
そうして休憩を終えた一同は、また迷宮の奥を目指して動き出す。
今回の探索予定は二日間。
初日の今日の目標は、『空の階層』の九層にある迷宮内ベースキャンプまで。
太郎達攻略組は引き続き大勢の見学者を引き連れて、ズシンズシン! と歩み始めた。
◆
「――え!?」
「は!?」
「何っ……!?」
六層を進んで五十メートルほど。
出現モンスターである、皮膚がメタル化した豚頭のモンスター、『メタルオーク』が現れた。
そして今の声は、そのメタルオークが太郎によって瞬殺されて、見学組が驚く声だ。
……すでに何度も太郎のパワフルな攻撃を見ているのに、なぜいまさら驚くのか?
その答えは単純明快、太郎がここにきて能力を『初出し』したからである。
「友葉氏、今のは一体……!? これがさっき言っていた面白いものか?」
彼らを代表して、森川が太郎本人に聞く。
なぜか一人だけ見学組ではなく、後衛のすぐると花蓮に挟まれた位置に陣取っているが……そこは皆スル―している。
「そうです。現在は六十三牛力ですが、おそらく五十牛力に到達した時に得た『新能力』ですね」
言って、太郎はラリアットでメタルな皮膚(ほぼ装甲)ごと叩き潰したメタルオークを一瞥する。
――いくら六十三牛力の力をもってしても、その傷は凄まじすぎた。
太郎は『牛力調整』も『食い溜めの一撃』も、【過剰燃焼】も使っていない。
メタルオークの防御力から考えれば少し……いや『だいぶ派手』にやられていたのだ。
さらには打撃音。
今までと比べても明らかに、響く音がより『重低音』となっていた。
「『部分牛力』――。とりあえずそう命名しました。今のは使っていない左腕分の牛力を『右腕に移した』結果、威力を底上げした感じです」
と、太郎の口からの説明に、真面目な生徒よろしく聞き入る見学組。
これが太郎が得た新たな能力だ。
【過剰燃焼】のように、牛力全体を底上げするのではない。
ある牛力だけを攻撃に使う部分(今回は右腕)だけに集約して、技の威力を底上げするというものだ。
どちらかと言うと『牛力調整』に似た能力か。
『闘牛気』や『全身蹄化』などと違い、完璧に使いこなすまで時間がかかるタイプである。
今は相手のランク的に全く必要ではないが、この『部分牛力』と【過剰燃焼】。
この二つを組み合わせれば――これまで以上の一撃が繰り出せるようになる。
「……ふむ、なるほど! 簡単に言えば『節約術で最強コスパ』みたいなものだな! ずっと出ている赤い湯気みたいなモノもそうだが、あの頃よりも圧倒的に強くなったな友葉氏よ!」
首をブンブンと振ってとうなずき、戦友である太郎の成長を喜ぶ森川。
しれっと自分の肩に止まっていたズク坊を見て、さらに燃え盛る火ダルマなすぐるも見て、
『迷宮サークル』のパワーアップを、この場の誰よりも実感していた。
「ありがとうございます。というか、そういう森川さん達もスゴイみたいですね」
「ホーホゥ。たしかにだぞマグナム。さっき現れた時の皆の反応を見ても、もう『九州一の探索者パーティー』らしいな」
「ハッハッハ! まあ否定はしないさ。我々が撃つ心を込めた銃弾は――とても熊本だけには収まらないのだ!」
太郎とズク坊に褒められて、早撃ちガンマンみたいなポーズを取る森川。
加えて、「まさにミラクルガンマン! 絶対に獲物を外さなさそうだねっ!」と、花蓮が盛大に褒めてしまった結果。
「くっ……! ッう……!」
誰がどう見ても右腕がうずいて苦しそう(なアピール)だったので……もはや仕方なし。
「あ……じゃ、じゃあまた一緒にやりますか森川さん?」
「うむ、いいだろう! 戦友の頼みとあらば断れるはずがないッ!」
――こうして、六層途中からは太郎達の打撃に森川の銃撃も加わり、無傷で無敵に迷宮内を進んでいく――。




