百七十話 極悪な威圧
すいません、ちょっと遅れました(汗)。
「よし、やるか! 今日から再始動だ!」
初めて迷宮に潜った時と同じくらい、俺はやる気満々に迷宮の前に立つ。
いつものホーム、『上野の迷宮』。
後ろにはすぐる達『迷宮サークル』のメンバーを引き連れて、約一ヶ月ぶりとなる探索だ。
――そして格好は当然、『妖骨竜の鎧』である。
堀田が命と引き換えに召喚し、ギリギリの戦いの末に打ち倒した強敵。
そのドロップ品である骨から、桜さんが命を削って製作したものを纏い、俺はその場で軽くピョンピョン! と跳ねて体を動かす。
「ホーホゥ。気合いが入ってるなバタロー」
「僕と花蓮はちょくちょく潜ってましたけど、先輩は久しぶりですからね。探索者の血が騒いでいるのでしょう」
「やっと『迷宮サークル』全員集合だね! でもバタロー、張り切り過ぎて『暴れモーモー』にはならないようにっ!」
と、俺の右肩や後ろから皆の声がかかる。
……さらに、今回はそれ以外にも、
「ファイトです友葉さん!」
「パワー系モンスターを自慢のパワーでねじ伏せちゃってください!」
「五人目の『単独亜竜撃破者』、ついに出陣ッスね!」
すぐる達よりも少し離れた後ろから、数々の応援の声が。
……実はちょっと潜る前に『発生したイベント』が一つ。
いつも通りにギルドで装備に着替えて、迷宮に向かおうとしたのだが……。
『妖骨竜の鎧』。
国内五つ目となる『究極の装備』を披露する格好となり――上野の担当ギルドに湧き上がった歓声。
そこで気づく俺。
ふと周囲を見てみれば、皆が鎧姿の俺を見て拍手をするという異様な光景が。
しかも、普段よりギルド内にいる人数が明らかに多かったのだ。
どうやらどこからか(バーコード頭のギルド長が怪しい)、俺が久しぶりに潜るという情報が漏れたらしい。
顔なじみの他のパーティーをはじめ、初めて見る顔のヤツらが、俺と亜竜製の鎧を一目見ようと集まり、ちょっとした騒ぎになっていた。
そうして、おっ始まった『撮影会』。
仕方なく俺は格闘家みたいにファイティングポーズを取ったが……いやはや、人生であんなにスマホで撮られたのは初めてだぞ。
――で、だ。今はその一部がついてきてしまっている。
聞けば上野まで俺を見にきたついでに、『上野の迷宮』に潜るようだ。
ここは上の下レベルの迷宮なのだが、五層のトロールくらいまでいく予定らしい。
「……まあ大丈夫か。ついてきたのは結構、やりそうなヤツらだし」
「だなバタロー。ホーホゥ。パーティー単位で来てるみたいだし、心配はいらないと思うぞ」
というわけで、ちょっと予定外はありながら。
俺達『迷宮サークル』はいざ先頭で迷宮内へ。
もう何百回も通った巨大樹の洞の入口から、階段を下りて危険で過激な世界へと下りていく。
「甘い! 軽い! 柔い! そんなんじゃ俺の突進は止められないぞッ!」
久しぶりでもカンは全く鈍っておらず、一層、二層、三層と難なく突破。
後ろから続く複数の探索者パーティーの期待の目がスゴかったので、やむなく俺一人でモンスターを屠りながら進んだ。
その際、一々野郎どもの野太い歓声を聞かされつつ、
「さすがです。いいもの見させてもらいました!」
「僕らはこの辺までにしておきます。皆さんに負けないように頑張ります!」
と、進むにつれて一つまた一つとパーティーが離脱していく。
俺達『迷宮サークル』だけになったのは六層に到達してから。
トロールの五層を越えたところで、やっと平常運転となった。
――ちなみに、道中は言わずもがな『余裕』である。
元から相手にはなっていないが、装備も能力も大幅に強化された結果。
半分寝ていても勝てるのでは? と思わずにはいられないほど、全く相手になっていなかった。
「葵姉さんとの地獄スパーも、反応速度と身体能力のおかげでボコられなかったからな。むしろ余裕さえあったくらいだし」
そこに加えて、モンスターのまさかの『逃げ腰』。
『妖骨竜の鎧』から出る威圧感に当てられたのか、逃げこそしないが明らかに攻撃性が落ちていたのだ。
「……さてと、んじゃ俺と鎧の実力が改めて分かったところで――使わせてもらうとするか」
さすがについてきたヤツらを『ビビらせる』わけにはいかないからな。
現在『六十三牛力』。
四十八から一気に五十牛力を突破して、また一つ『新能力』を手にした感覚があるが……そっちはひとまず置いておいて。
今日一番の目的である、『アレ』を初めて試すとしよう。
◆
『単独亜竜撃破者』。
今日の緊急イベントを見ても分かる通り、一人で強力な亜竜を倒したとなると、同業者からも尊敬や羨望の眼差し、あるいは嫉妬される存在となる。
――さて、突然だがそんな『単独亜竜撃破者』となって、一番『戦闘面で変わるもの』は何だろうか?
人智を超えた反応速度? 基本となるバケモノ級の身体能力?
どちらもかなりの上昇はあるが、やはり一番は――この技だろう。
「何コレ、スッゴいな!? もう反則だろコレおい!」
……ついコレコレと騒いでしまうほどに。
俺は目の前で起きた現象を受けて、子供みたいに興奮してしまう。
『亜竜の威厳』。
単独で亜竜を倒した場合のみ習得できる特別な『威圧技』だ。
すでに使える『闘牛の威嚇』とは違う。
あっちは喉を鳴らして威圧するのだが、こっちはオーラ的なものを全身から放出してやる感じだ。
そんな新たな威圧技の『亜竜の威厳』を発動した瞬間。
上野の六層モンスター、エビルアイは完全に『無力化』されている。
独特の宙に漂うような浮遊する移動は完全に停止。
目玉な体は小刻みに震え、レーザーを放つ瞳孔は泳ぎ、どこか『恐慌状態』に陥っている印象を受けた。
「ホ、ホーホゥ……ッ!」
「ちょ、先輩……ィ!」
「バ、バタロー……ちょっとタンマ……ッ!」
その時だった。
調子に乗って連発し、面白いほどエビルアイの行動を封じていたら。
後ろに控えたズク坊達から、苦しそうな声が聞こえてきた。
うん? 何だ?
振り返るとそこには――掛けられた声と同じく、苦悶の表情を浮かべた皆の姿が。
ズク坊はいつの間にか地面に着地し、すぐるの『火ダルマモード』の炎の勢いは落ち、花蓮は両膝に手をついて俯いてしまっている。
さらに、『ポ、ニョーン』、『キュルルゥ……』、『クルォオ……』、『ゲッコォ……』と。
従魔達も苦しそうな感じで、いつもの元気な姿とは程遠くなっていた。
……ヤバイ。これはやっちまったぞ……!
他の探索者がいなくなったからと、『闘牛の威嚇』みたいに気軽に使ったから……仲間に大きな影響が出ているではないか!
「あ! す、すまん皆!」
慌ててスイッチを切り、『亜竜の威厳』を消す。
凶悪なエビルアイに威圧がバッチリ効いた一方で、味方にも効果抜群――完璧に威圧してしまっていたのだ。
瞬間、ズク坊達の顔色がウソのように楽になる。
この明らかな反応を見ても、発動した威圧技は相当なものだと理解させられた。
……ただし、俺には正確には分からない。
使用者本人からしたら、『周囲の空気がガラッと変わった』という事しか分からないのだ。
「ホーホゥ。ドエライ目にあったぞ。……それにしてもスゴイな、『亜竜の威厳』ってやつは」
「ですねズク坊先輩。短時間の出来事でしたけど……何かもう生きた心地がしませんでした」
「恐ろしや亜竜ちゃんのプレッシャーっ! トイレを我慢してたら絶対に漏れちゃったよ今の!」
空気が戻り、安心した様子で口を開くズク坊達。
その間に俺は謝罪の意味も込めて――サクッとラリアットでエビルアイを叩き潰しておく。
そして皆のもとへと戻り、改めてちゃんとペコリと謝ってから、
俺が発動した『亜竜の威厳』、究極の装備ならぬ『究極の威圧技』について聞いてみる。
俺自身では本当によく分からないため、コレに関しては実際に受けた皆の感想でしか把握できないからな。
「ホーホゥ。空気の重さは当然として、めちゃくちゃ『怖かった』ぞ」
「僕も同感です。一瞬で強制的に、『恐怖心』を植えつけられたというか……」
「前にちょろっと受けた隊長さんのと比べたら……たしかに今回のバタローの方が『怖さ』があったかも?」
と、それぞれの口から似たような感想が。
……ふむふむ、『怖さ』や『恐怖心』か。
たしかに、向き合ったあの独特な『死のオーラ』から考えれば……納得のワードだぞ。
「重たい空気でプレッシャーがかかるのは同じでも、個体によって一つ一つ『個性』があるからな」
前に白根さん達四人(+迷宮業界のお偉方)と飲み会になった時、実は聞いていた情報だ。
強力で未知なる存在の亜竜は、人間と同じように個性があるのだと。
柊隊長の『魔鋼竜』は『悪寒』。
白根さんの『百足竜』は『嫌悪』。
草刈さんの『妖精竜』は『魅了』。
若林さんの『六尾竜』は『不安』。
プレッシャーに加えて、何かしらの良くない感情や反応。
それらを呼び起こして、相手の動きをより強く封じるのが『亜竜の威厳』なのだ。
「んで、俺の妖骨竜は『恐怖』ってか。にしても思った以上に強力だよな……。簡単に行動を封じれるから楽だけど、味方にも影響が出ちゃうからなあ」
あまりに強力すぎて、とても気軽には使えない技。
味方が窮地に陥るとかそういう危機的状況にでもならない限り、コレは封印となるだろうな。……他の先輩四人もほとんど使わないみたいだし。
あと多分、いや絶対か。
もしコイツの性能に頼り過ぎたら、せっかく磨いてきた戦闘技術が鈍ってしまうだろう。
「ここからはいつも通りにいこうか。威圧はしないでブン殴っていくぞ!」
「だなバタロー。それこそ我ら『迷宮サークル』の姿だぞホーホゥ!」
気持ちを入れ直して、俺は同じ前衛のスラポン、ケロポンと並んで進む。
結局、久しぶりの探索となったこの日は――頑張り過ぎて一人当たり二千万以上稼いでしまいましたとさ。




