百六十九話 究極の装備
「さあ見るがいいモー太郎! 己を苦しめた強敵が――その身を守るために生まれ変わった新たな姿を!」
防具職人の桜さんにドロップ品を渡してから一週間。
素材となった妖骨竜の骨は、ついに一つの装備となっていた。
「「おおおッ!」」
「ホーホゥッ!」
前回の『無顔番の鎧』の時にはなかった、意味深に掛けられた高級そうな一枚の布。
それを桜さんがバサァ! と取り去る演出があった直後、俺もズク坊もばるたんも、驚きの声を一斉に上げた。
工房の最奥。
何となく、今だけはどこかの王城の『宝物庫』みたいな空気が漂う中で。
布に隠されても圧倒的存在感を放っていた全身鎧が、俺達の前についに姿を現した。
「『妖骨竜の鎧』――。日本では五つ目、私にとっては二つ目となる『究極の装備』だ! うん!」
桜さんの手によって、生み出されたのは骨の鎧。
色は当然、頭からつま先まで『薄紫一色』。
不気味というよりは品がある色味の一方で、今まで通り『重厚感』がある。
最も特徴的な部分はやはり胴体、鎧の本体とも言える部分か。
一言で言うなら『あばら骨』。心臓などの臓器を守るためにある骨のように、左右から伸びた骨に守られている。
……ただ、本当のあばら骨みたいに隙間などない。
ガッチリと一本一本の骨が組まれて、針一本通しそうにない感じだ。
逆に後ろの背中の方はと言うと、どうやって加工したのか、『太い背骨』が一本、通っている。
前面のあばら骨に似た見た目と合わせて、人間の骨格のような鎧となっていた。
腕や脚の部分は背骨同様、縦に骨が並んでいる。
こちらは何本も合わせて作られているが、上腕部と前腕部で長さは違い、肩や肘の接合部はより細かい複雑な作りだ。
サイズは大きくても一つの骨の塊ではなく、多くの骨のパーツで構成されていて……桜さんの本気度、職人の技を感じるぞ。
そして、頭を守る兜については、額に立派な『一本角』が。
牙や爪みたいに先端が鋭くなっていて、全身の守りの頑丈さとは違って唯一、攻撃的な印象を受ける。
――さらに、桜さんの説明(ドヤ顔)によると、
外からは見えない部分、鎧の内側には別の素材を使用したらしい。
純度百パーセントの『オリハルコン』と、それと相性抜群の、わずかな聖属性を有する『神室土』。
共に採集困難とされる最高級の素材二つを、『完全融合』するまで混ぜて内側に当てたとの事だ。
これにより、多少デコボコしてしまう内側が平らとなって、付け心地が改善。
また下から骨を支える形で『補強』。防御力も向上し、妖骨竜単体よりも全ての面で良くなったようだ。
「……んで、そんな鎧から溢れ出るこの存在感は……予想以上の鳥肌モンだな」
「……ホーホゥ。ただの素材の時よりも……さらに力強さが増してるぞ」
「……こりゃたまげた。俺の自慢の外殻が霞んじまうほど……この鎧はトンデモねえな」
『妖骨竜の鎧』を見て、圧倒されて、俺達三人の口から吐息にも似た声が出る。
さすがは竜種、さすがは亜竜か。
見た目の頑丈さや重厚さだけでは収まりきらない、底知れぬ存在感や生命力をビシビシ感じさせてくるぞ。
ぶっちゃけ、鎧本体よりも湯水のごとく溢れ出るオーラの方が本質じゃね? と思ってしまうほどだ。
「うん、驚いてるな。まあ当然の反応だ。何せ多くの素晴らしい装備を見てきた私でさえ……コイツを生み出して冷静に見た時、腰が抜けそうになったほどだからな!」
腕組みをして、誇らしげに答える桜さん。
顔全体は一週間前よりも疲れが見えるものの、目だけはランランと輝いている。
「さすがは桜さんです。素晴らしい鎧をありがとうございます!」
「なに、感謝するのは私の方だモー太郎。お前のおかげで、亜竜とまた本気でぶつかり合えたんだからな。うん!」
そう言って、桜さんが手をスッと出してくる。
俺はそんな桜さんとガッチリと握手をした。
続いて右肩のズク坊、頭の上のばるたんが礼を言い、翼と鋏で握手(?)する。
「あ、ちなみに今回使った骨は三十三本だぞ。余った八本はどうするモー太郎?」
「んー、そうですね……。特に他に必要なものはありませんし、感謝の印として桜さんに全部譲りますよ」
「何ッ!? いいのかモー太郎!」
「はい、せっかくなんで他の防具に使ってやってください。そもそも今回は『無料』でしたからね」
――そう、無料。
今回、発注した亜竜製の装備、『妖骨竜の鎧』はまさかのタダなのだ。
亜竜以外に使用した最高級の素材も含めて、俺の負担はゼロ。
桜さんは何よりも、とにもかくにも亜竜で防具をもう一度製作したかったらしく……。
いくら言っても金は受け取らず。
俺が妖骨竜を倒した事自体が、すでに『支払い』となっていたのだ。
「うん、分かった。ならお言葉に甘えてありがたく頂こう!」
俺の申し出に、桜さんのテンションが目に見えて上がる。
この分ならきっと、残りの貴重な骨も有効利用してくれるだろう。
◆
「おいバタロー。んじゃ早速、『究極の装備』とやらをつけてみようじゃねえか」
「ん、そうだな。装備した感じと、あと二人の『乗り心地』も確認しないとな」
ばるたんの声にうなずき、俺はいざ『妖骨竜の鎧』を手に取る。
いつも通りに脚甲から装備し、下から上へと骨の全身鎧を完成させていく。
――そうして、一つ一つの重さを確かめながら。
どんなおしゃれな服よりも、ワクワク気分で試着してみた結果――。
「ぬおおおおお!?」
「ホーホゥ? どうしたバタロー!」
亜竜戦以来、久しぶりに全身鎧となった俺を待っていたのは、あまりの『フィット感』。
……いや、サイズがフィットするのは当たり前だ。
以前に体型を測って鎧を作ってもらったから、今さら桜さんがそこをミスるはずがない。
だからあまりにフィットすると驚いたのは……何と言うか『気』の部分だ。
「鎧が発するオーラと俺の気が合うと言うか……。戦った時の死のオーラとは質が違うけど、肌に纏わりつく感じは似てるな」
鎧の外側へと出る威圧感も、内側から肉体に漲る力も。
前の『無顔番の鎧』と、それ以前の鎧とにあった差。
それくらいの大きな差が、門番製と亜竜製との間にも存在していた。
「うん、しっくりきてそうだな。動きの方も問題ないか?」
「はい。というか問題ないどころか……むしろサポートを受けてるみたいな?」
これまでにはない感覚に、俺は全身鎧の下で戸惑う。
突きや蹴りを放てば妙に『走る』。
その際に必要な腰の回転だって、鎧なのに普通の服のようにスムーズな感じがあるぞ。
「ホーホゥ。全身鎧な重戦士とは思えない動きの滑らかさだぞ」
「圧倒的な防御力に加えて、この軽やかな動きってか。つくづく亜竜ってのはスゴイ上に謎の存在だな」
と、ここで。
俺が動きの確認を終えてすぐ、定位置の頭と右肩に乗ってくる紅白コンビ。
前の『無顔番の鎧』は表面がツルツルで乗るのに苦労していたが、今回の骨製の鎧はすぐに乗れていた。
「うん、骨だからそんなに滑らないからな。乗り心地に関しても悪くはないだろう。……ところで、モー太郎?」
「……ええ、皆まで言わなくても分かってますよ、桜さん」
桜さんのキツネ目の奥がギラリ、と光ったのを俺は見逃さない。
しかもその目がいつもと違い――交互に動いているのも確認した。
全てを察した俺は、心の中で力強くうなずくと、
右肩の可愛らしいモフモフ生物と、頭の上のカッコいいカチカチ生物に手を伸ばし――。
これもある意味、『支払い』だ。……お金ではなく体で、だが。
――俺こと友葉太郎、桜さん労を労うために、ズク坊とばるたんを生贄に捧げるッ!
その直後。
骨鎧な俺から桜さんの腕の中へと渡った、紅白コンビからの叫びが――工房の中に響き渡る。
「ホーホゥ!? くそっ油断を……おのれまた裏切ったなバタロー!?」
「くっ!? ついでに俺もか! どこまでも貪欲だなこの職人……ッ!?」
次回から更新が週一ペースになります(日曜の昼か夕方かと思われます)。