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百六十八話 職人の本気

主人公視点ではありません。

ちょっと短めです。

「さて、取り掛かろうか。……うん」


 太郎達が帰っていった後。

 防具職人の古館桜は、自分の座布団に座って渡された素材と向き合う。


 亜竜・妖骨竜の骨。計四十一本。

 大人の腕くらいの長さで薄紫色の、内包する魔力を発し続けている『至高の素材』である。


「待ちに待った、久しぶりの亜竜を使った作業か。……うん、腕が鳴るな」


 かつて手がけた『六尾竜のローブ』。

 四人目の『単独亜竜撃破者』、若林正史の防具を製作して以来、二度目となる亜竜のドロップ品での防具製作だ。


 散らかる倉庫のような工房の中を見れば、一目瞭然。

 これまで数えきれないほどの防具を製作し、【スキル:鍛冶師(防具専門)】を鍛え上げてきた桜ではあるが……。


 今回ばかりは、過去に一度経験があるといっても緊張していた。


 ――失敗はできない。

 なぜなら若い探索者が命を張り、たった一人で打ち倒した、貴重も貴重なものなのだから。


「(まずはデザイン。骨という独特な素材なのを考えれば……その点は絶対に活かしたいな)」


 自然と声のトーンが落ちて、桜はぶつぶつと呟く。


 完全に職人モードとなり、近くの紙を手にとると、これから製作する鎧のイメージを描き込んでいく。


【鍛冶師(防具専門)】。熟練度は『名人』。

 金床もハンマーも炉も必要としないこの生産系【スキル】は、逆に本当の鍛冶以上にイメージが大切になってくる。


「(……違う。こうじゃない。――――うん、これも違う)」


 ぶつぶつと呟き、イメージを描いた紙をクシャクシャに。

 さながら鍛冶師と言うよりマンガ家のように、何度も紙を丸めて後ろに放り投げていく。


 ――――――………………。


 そうして時間が経つ事、三時間弱。

 脇に置いてあるコーヒーが入ったマグカップに一度も手をつける事もなく。


「……ふう、ベースとなる部分はこれでオーケーだな。あとは細かい部分のところか」


 ここでやっとコーヒーブレイク。マグカップに手を伸ばし、乾いた喉に流し込む。

 さらに桜は座布団から立ち上がると、固まってしまった腰をぐるぐると回す。


 そして休憩。……ではなくまたすぐに作業へ。


 これぞ職人の情熱か。

 結局、この日は大した休憩を挟む事もなく、取り憑かれたように紙と向き合い――全てのデザインを完成させたのだった。


 ◆


「次は使う素材をどうするかだな。うん」


 翌日。

 あまり休憩をしなかった分、しっかり八時間睡眠を取り、完全回復した桜はどっしりと座布団に座る。


 ――次に取り掛かるのは『素材決め』だ。


 通常ならば一つの素材だけで防具を作る事はあまりないが、今回は素材が素材である。

 妖骨竜の骨だけで、つまり『百パーセント全て』を亜竜の鎧とするのか、あるいは別の素材を組み込むのか。


 もし後者にするのならば、亜竜という至高の素材に合わせて、

 純度百パーセントのオリハルコンやアダマンタイトなど、こちらも最高級の素材を使う事になる。


「何せ使い手がモー太郎だからな。うん。あんなに激しく鎧を消耗させるヤツはいない。個人的には全てが亜竜製に拘りたいが……」


 第一に優先すべきは、ひたすらに『頑丈さ』。

 相手モンスターの攻撃はもちろん、太郎自身の重すぎるタックルやラリアットの衝撃にも耐え続けねばならない。


 職人としての願望よりも、得られる結果が『最大』である事が重要なのだ。


「うーん……」


 桜はキツネ目をキリリ! とさせ、眉間にシワを寄せて考える。

 すでに完成した鎧のデザインが描かれた紙とはまた別に、素材やその量、使う部分について考え抜く。


 ――その作業も、丸一日。

 大した休憩を挟まずに、二日連続で『究極の装備』設計に没頭した。


 ◆


「うん。それじゃあ……作業に入るか」


 三日目。

 桜はいよいよ鍛え上げた【スキル】で鍛冶の工程に入るが――肝心の妖骨竜の骨は使わない。


 つまり、『試作』である。

 他の適当な素材を使って、本番の前にいくつか同じ形の鎧を作るのだ。


 普段はこの工程は行わない。

 しかし、待ちに待った亜竜の素材を前に、腕利きの職人である桜は慎重だった。


「…………、」


 使う素材以外は、形も配合比率も全て同じ。

 早くも本番と見間違うほどに集中し、【鍛冶師(防具専門)】で製作を開始。


 相変わらず鍛冶と言うより『陶芸』のような感じで、試作品をいくつも完成させていく。


 この作業にも丸一日。

『魔力回復薬』で魔力を補充しながら、一つも手を抜かずに製作を行い、桜はたしかにコツを掴む。


「――待たせたな。うん。さあ……本気で遊ぼうか」


 そして迎えた本番当日(四日目)。

 ついに桜は妖骨竜の骨を手にし、さらに一段階、真剣な顔つきでいつもの座布団に座る。


 薄紫色に染まる、いまだ生物としての力強さが残る四十一本。

 その一本一本を改めて丁寧に確認し、桜は脚甲部分から取り掛かった。


「チッ――チッ――チィ!」


 水晶を怪しく扱う占い師スタイルで、クセの舌打ちのリズムを取りながら。


 それから四日間。脚甲に籠手に、胴体部分に兜にと。

 集中の極致に至った作業中、ついに桜は呼吸と舌打ち以外、一言も音を発する事はなかった。


 最高の素材と最高の職人。

 この二つが揃い、工房の扉も固く閉めて、誰の邪魔も入らぬ環境ならば――最高の結果が出るのは言うまでもない。


「うん、どうだ! 私にとっても過去一番の傑作だ! スゴくてえげつない、文句なしの鎧だぞモー太郎ッ!」


 職人にとっての誇りを賭けた亜竜戦、これにて終了。


 右手を天に突き上げ、某世紀末なラスボスのごとく叫んだ桜の手によって。


 国内五つ目となる、『究極の装備』が今、完成した。

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