百六十七話 ドロップ品
「うんうん! よく来たなモー太郎! さあ出せ! 手持ち全部、私に出せー!」
狂気にも似た叫び声が響く。
その声を真正面から受けて、俺は思わずひるんでしまうが……何もカツアゲされているわけではない。
古舘桜さん。
福井県の越前市に工房(?)を構え、【スキル】によって防具を製作している有名な職人だ。
その桜さんが仁王立ちで入口の扉の前に立っている。
いつもならば人が一人通るのもやっとな散らかった工房の奥で、夢中で作業しているはずなのに、
今回はまさかもまさか、訪ねた俺達を『外』で待っていたのだ。
「はいはい、ちゃんと出しますから。何もわざわざ外に出てなくても……」
「何言ってるんだモー太郎! ただでさえ来るのが遅かったくせに! うん!」
「だからそれは取材とかで忙しかったと言ってるでしょうに……」
金髪キツネ目な顔を膨らませ、仁王立ちを維持する桜さん。
……こりゃよほど待ち遠しかったらしいな。
それはこの反応を見てもそうだが、何よりもそう思わせる理由は他にある。
「ホーホゥ。亜竜に夢中で助かったぞ」
「滅茶苦茶ズク坊をモフると聞いていたが……。違いねえ、こいつぁたしかに夢中だな」
今日一緒に連れてきていたズク坊とばるたん。
特にズク坊に関しては、誰よりも激しくモフる桜さんだというのに、目もくれていない状況である。
「うん、じゃあ中に入るぞ。ついてこいモー太郎!」
「はいはい。入らせてもらいますよー」
「ホーホゥー」
「邪魔するぞー」
気合い満々の桜さんが、【モーモーパワー】を使った俺みたいにズンズン! と工房の中へ。
まあ、俺も早く見せてあげたい気持ちはあるからな。
俺達三人はそんな桜さんの後に続き、相変わらず足の踏み場も怪しい、倉庫のような工房の中を進んでいく。
◆
「――では、いきますよ?」
「うん、よろしく頼む。……ごくり、」
工房の最奥、桜さんの作業場についてすぐ。
用意された座布団の上に座った俺は、生唾を飲み込み、目をギラつかせている桜さんと向き合う。
そして、愛用するリュック型のマジックバックの中から。
本日の主役、亜竜・妖骨竜が残したドロップ品を取り出す。
「まずこれが――竜の宝玉、『竜玉』ですね」
「おおおー!」
最初に出したのは、ボーリング球サイズの大きな球体だ。
一体、妖骨竜のどこにこんなものがあったのか? それともなかったのか。
吸い込まれそうな濃い紫の美しい真円球は、宝石よりも圧倒的な存在感を放っている。
……とはいえ、コレについては完全に『観賞用』だ。
国の研究機関に渡した柊さんを除けば、他の白根さんら三人は観賞用、『討伐の証』として自宅に保管してあるらしい。
「うん、美しいな。もし競売にかけたら、確実に十億はくだらないだろうな」
「ですね。ちょっと何か神々しくて、自分の手には余るような代物ですよ」
悲しいかな、ハッキリ言うと俺には似合わない感じがする。
王族とか石油王とか、金持ち&良い家柄の者が所有してそうな超高額の品、って感じだ。
「まあ、私はそんなに欲しくはないけどな。……それよりもモー太郎ッ!」
「あ、はい。んじゃ次のドロップ品を出しますね」
桜さんに急かされて、俺はまたマジックバックに手を突っ込み、次のドロップ品を引っ張り出す。
「むぅ? これは骨かバタロー?」
「ホーホゥ。違うぞばるたん。これは『牙』と『爪』だな」
頭の上のばるたんの問いに、右肩のズク坊が正解を言う。
そう、次に出したのは一見、骨のようでも牙と爪だ。
どちらも同じくらいの人間の太ももサイズで、質感がだいぶ骨っぽい薄紫色の牙と爪が、それぞれ五本づつ。
骨との違いは先端にあり、あまりに鋭利に尖ったそれは、もう動かないというのに恐怖を覚えるほどだ。
「うんうん、コレもスゴイな! さすがは妖骨竜って名前だけはある。牙も爪も骨っぽいとは驚きだ!」
取り出した牙と爪の束に飛びつく桜さん。
『竜玉』よりもテンションが上がったようで、やたら顔を近づけて撫で回している。
……ただ、実はコレも鎧となる素材ではない。
ギルドで鑑定してもらった結果、牙と爪はギルドを通して海外の医療機関に売却する予定だ。
何でも粉状に擦り潰して、普通の薬では治せない難病の治療に使うらしい。
さっきの『竜玉』とか、他のモンスターの鱗とかと比べれば地味ではあるが……さすがは亜竜、生み出す効果はトンデモないらしい。
――と、いうわけで。
真打ちというか、今日の『本当の主役』は――。
「コイツが最後のドロップ品です。まあ事前に伝えた通り、『骨』ですね」
「おおおおおーッ!」
桜さんの今日イチの絶叫が響く中、取り出したのは新たな鎧となる素材だ。
妖骨竜の骨。
太さも長さも人間の腕くらいで、色は牙や爪よりも少しだけ濃い紫色。
それら色もサイズも全てが統一された、美しくも不気味な骨が全部で四十一本。
俺は出し惜しみする事なく、その骨全てを桜さんの前に『山盛り』で出した。
「うん……うんうん! やっぱり亜竜のドロップ品は何度見ても素晴らしい! 死して素材となってなお、見る者を畏怖させるこの存在感ッ!」
「ホーホゥ。たしかに普通の素材とは天地ほどの差があるぞ」
「残った魔力的な何かか? 他の二つのやつもそうだが、暗闇に隠れちまってもすぐに気づけそうだな」
山盛りの骨を前に、テンション爆上げな桜さんと、冷静に観察する紅白コンビ。
俺も皆の意見には同意だ。
一つ一つはもちろん、ドロップ品三つ全てを取りだした今、
いたって普通だった工房の空気は、不思議とピンと張りつめている。
……完全なる素人でも、現時点で確信できるぞ。
これは相当、それこそ前の『無顔番の鎧』よりも段違いな鎧ができそうだ、と。
「それで桜さん。亜竜の鎧はどれくらい掛かりますかね? また『一日じっくり』かけて――」
「バカ言えモー太郎! 亜竜だぞ? 天下一品の素材だぞ!? 鎧のデザインも含めて、最低一週間はもらわないと困る!」
俺の発言、いや不用意な発言に、キツネ目を吊り上げる桜さん。
うおお……この感じは相当、細部までこだわりたいらしいな。
まあ、俺としては探索を急ぐ必要はないし、時間をかけて『究極の鎧』を作ってもらえるのはありがたい。
「やる気満々だな。バタローの新たな鎧、楽しみにしてるぞホーホゥ!」
「何とも頼もしい職人だ。こりゃきっと素晴らしいものが出来上がるだろうな!」
「うん、私に任せときなって。他の作業は放り投げて全力本気で作ってやるさ!」
という、職人スイッチが入った桜さんの力強い決意を聞いて。
今回使用する妖骨竜の骨(四十一本)を渡して、俺達は工房を後にする。
これで新たな鎧に関してはオーケー。
後は桜さんからの完成の連絡を待つだけである。
……だが、俺の心は完全には晴れやかなものではない。
過去の強敵は未来の防具。
新たな強力な鎧ができるという喜びがある反面、一つの懸念というか、憂鬱な事が残っているのだ。
「……はあ、できればこのまま大人しく待っときたいけど……。何であんなに『あの人』は俺とやる気満々だよ?」
越前から金沢へ。
そしてそこの格闘技ジムで、我が打撃の師匠である、葵さん(『女オーガの探索者』)との強制スパーリングが待っているのだ。
連絡がきた時は、てっきり女神な緑子さんはじめ、『北欧の戦乙女』のお姉様方とのお食事会だけだと思ったのに……。
「……天国の前の地獄ってか。いいさ、やってやるさ。五人目の『単独亜竜撃破者』として――あの女番長のパワハラ(?)に耐えてみせる!」
竜玉以外、地味な感じになってしまった……。骨オンリー竜だから仕方なし(汗)。