百六十四話 白い天井
「――……んんぅ?」
目が覚めた。
全身に残るだるさを感じつつ、俺の視界には白い天井――見知らぬ天井が入ってくる。
あれ? どこだここ?
たしか俺は亜竜・妖骨竜と戦って……勝ったと思ったら意識を失ったような……。
「は! まさか俺も一緒に力尽きたのか!? ……いやでも待て。こんな人工的な天井で、何より可愛い天使がいないのだから天国ではないはずだ!」
そして首を横に振ってみる。
俺が寝ているベッド脇、そこにいたのは天使ではなく、
「ホーホゥ。まさか第一声がそんな長セリフとは……大丈夫そうだなバタロー」
「ですねズク坊先輩。そしてさすがは先輩です」
「これぞモーモークオリティーってやつだね!」
「おうバタロー。目を覚ましやがったか。ったく、話にゃ聞いたがまたドエライ目に会ったみてえだな」
迷宮サークル一同と、我が自宅警備員のばるたんだ。
どうやら状況から察するに、皆が心配してお見舞いに来てくれていたらしい。
「……っと。痛みは大した事ないけど、まだ体が重いな……」
「無理するなバタロー。ホーホゥ。あれだけの戦いがあったんだからまだ寝てるんだ」
「何せ『丸二日』も起きなかったからな。相当あった疲労が抜けきっちゃいねえんだろう」
「え? 俺は二日も寝てたのか!?」
体をむくりと起こしたところで、ズク坊は右肩へ、ばるたんは頭へとよじ登ってくる。
まさかそんな目が覚めないとは……思った以上に体に負荷をかけすぎたか。
……というか、ちょい待て。寝てろと言いつつお前らが乗ってくるのはいいんかい。
まあ二人とも軽いから、別に乗られたところで問題はないけども。
「お二人の言う通りです。昨日、横浜のギルドから【回復魔術】持ちの救護員さんが来ましたが、その方も『目覚めてもしばらくは安静に』と言っていましたし」
「そうそう。だからバタローは寝てなさいって。とりあえず私は先生を呼んでくるねー」
言って、花蓮が部屋の外へ。
病院だというのにスキップをしながら出ていき――すぐに廊下の方から『走らないでください』と注意される声が聞こえてきた。
……ううむ、こりゃ色々と心配や世話をかけてしまったようだな。
何とか生還したはいいものの、ずっと寝込んでいたら気が気がじゃないか。
こうやって皆で見舞いに来て、さぞや神妙な空気が病室に流れていた…………ん?
ふと、皆が座っていたイスや近くのテーブルを見て、俺は気づく。
計五か所に置かれていたトランプ。
うち一つはテーブルの中央に乱雑に置かれ、その山の状況を見るに……コイツら思いっきり『ババ抜き』してやがったな!?
しかも今ので十三回戦目。
俺のベッドの上にしれっと置かれた紙には、それぞれ四人の名前が書かれてあり、その下に『正』の形で棒線が引かれているではないか!
そういや意識が戻る直前、微妙に騒がしかったような(特にすぐるが)気も……。
「……おい、お前ら。やりやがったな。人の病室でババ抜きして盛り上がるとは――」
ここでリーダーらしく、ビシッと注意しようとしたところで。
コンコン、と。
ドアがノックされて、すぐ後に「入るぞ」と誰かが入ってくる。
医者の先生ではない。声に聞き覚えがあるからな。
短く刈り揃えられた髪にガタイのいい褐色の体と、年齢以上の若々しさがある反面、お偉方の雰囲気がないその男性――。
「おっ、目覚めたようだな友葉君。――いや、もう今は『単独亜竜撃破者』様と呼ぶべきかな?」
ニヤリと笑い、そう言って病室に入ってきたのは。
迷宮業界のトップを務める、ギルド総長の柳さんだった。
◆
「――と、いうわけだ。あの後はこんな感じだな。何か他に聞きたい事はあるかい?」
病室を訪れたギルド総長から説明を受けた。
俺はベッドの上ですぐるが買ってきたコーヒー牛乳を飲みつつ、意識を失った後の事を理解する。
まず妖骨竜だが、やはり倒せていたようだ。
さっき俺の顔を見て、ギルド総長が『単独亜竜撃破者』とか言っていたしな。
俺が意識を失った後、十メートル超の骨格標本な体が粒子となって消え、『ドロップ品』(亜竜のみそうなる)に変わったらしい。
巨大ホールに残っていた死のオーラもそれと同時に消失。
重苦しい空気が一気に晴れて、すぐに元の状態に戻ったようだ。
得たドロップ品に関しては、柊さんと笹倉さんが俺のマジックバックに回収。
まだ中に入っているとの事なので、こっちは後の楽しみにしておこう。
そして肝心の、意識を失った俺の体の方はというと。
探索者だけが緊急で入る病院――通称『迷宮病院』に運ばれたというわけだった。
この二日間は連絡がいった両親をはじめ、大阪から白根さんとクッキーも見舞いに来たらしい。
結局、目を覚まさない俺と話す事はできなかったが……。
命に別状はないと聞き、ひとまず安心したようだ。
ちなみに両親はまだ東京に残っているらしいので、今日はもう遅いからアレだが、明日にでも会えるだろう。……まあ少々の小言は喰らいそうだが。
「ありがとうございますギルド総長。状況は分かりました。……では一つだけ、お聞きしてもいいですか?」
「ああ、何だい?」
飲みかけのコーヒー牛乳をテーブルに置き、さらに一呼吸置いてから聞く。
「アイツは……堀田はどうなりました? 一応、迷宮に死体が吸収されないように、隙を見て戦闘中に動かしたんですが……」
――堀田幹夫。俺の大ファンであり、今回の大事件を起こした張本人だ。
たしかに迷惑はかけられた。危うく死にかけたのは紛れもない事実だからな。
……ただ、恨みがあるかと聞かれたら、ない。
自分でも驚くほどに、巻き込まれた事への怒りもまったくだ。
だからできる事ならば、アイツの亡骸をきちんと両親のもとに送ってやりたい――そう思っている。
だがギルド総長、さらにはズク坊から返された言葉は、俺の望むものではなかった。
「彼は消えてしまったよ。亜竜と共にね。『ドロップ品に変わった瞬間、彼もまた粒子となって消えてしまった』と柊から報告があった」
「ホーホゥ。俺も見てたぞ。【亜竜召喚】……アイツの【スキル】と何か関係があったのかもしれないな」
「……そ、そうだったのか……」
堀田の末路を聞かされて。
俺は一度、気持ちを整理するためにも、フーッと深呼吸をする。
少し落ちた気分のまま、花蓮が連れてきた先生に体を診てもらい、軽く状態について話し合って……やはりしばらくは入院する事となった。
「それにしても先輩。改めてですが、おめでとうございます」
「うん? 何がだすぐる?」
「やだなバタロー、もちろん『単独亜竜撃破者』になった事に決まってるでしょ! 全部終わった後に皆で話を聞いた時は、勝ったと知っても寿命が縮まったんだからねっ!」
「お……おう、そうだったか。……すまん、すぐるにも花蓮にも心配をかけたな」
プンプンしている花蓮の言葉を聞き、俺は二人に謝罪する。
巻き込まないためとはいえ、事が終わるまで知らせなかったのも含めて、きちんと頭を下げておく。
「――では、私はそろそろお暇するよ。友葉君の元気な顔も見られた事だしな」
「あ、はい。お忙しいのにわざわざありがとうございますギルド総長」
言って、ギルド総長が手を出してきたので、俺はベッドに座ったまま握手を交わす。
そうしてギルド総長が颯爽と病室を出ていく――と思ったら、
突然、ドアの前でピタリと止まり、「あ、そうだ」と呟いてこっちに振り返ってくる。
「? どうしましたギルド総長?」
「……いやなに、ちょっと伝え忘れた事があってな。友葉君も晴れて『あのバケモノ達』の仲間入りになったわけで……。これからまあ、マスコミ関係とか大変だろうけど頑張ってくれ!」
「……へ?」
「私も情報が回るのが早すぎるとは思ったけどな。まあどこからか、漏れるところからは漏れるという事だな!」
「え、いや、ちょっとギルド総ちょ――」
「では友葉君、私は仕事に戻るとするよ!」
「あ! 逃げた!?」
迷宮界のトップとしてあるまじき発言を残し、今度こそ颯爽と病室を出ていくギルド総長。
……おいマジか。最後の最後にそれですかい!
生きて生還、さらに『単独亜竜撃破者』になった副産物か、なかなかにトンデモない爆弾を残していきやがりましたよ!
「ま、まあ仕方ありませんよ先輩。これまでの四人の方々も同じ感じでしたからね」
「そういえばシロさんもお見舞いに来た時に言ってたね。『ある意味、これからが一番大変だ』って」
と、すぐると花蓮がフォロー、という名の追撃(?)をしてくる。
たしかに、昔の記憶を掘り返してみれば、
四年前の若林さんと『六尾竜』の決闘の時も、テレビもネットも新聞でも報道が過熱していたような……。
多分、いや絶対逃げたり隠れたりするのは無理だな。
さすがに会見を開く必要はないにしても、直撃取材とかは覚悟しないと……。
迷宮が当り前となったこのご時世、探索者は半分有名人みたいなものだし……何か大変そうだぞ。
「ホーホゥ。けど注目されるってのはありがたい話だぞバタロー」
「だよな。最近は不倫だ何だのと悪いニュースが多いが、今回のバタローは完全に『良いニュース』だ。それに探索者ってのは金を稼ぎてえのと同じくらい、有名になりてえって願望を持つヤツも多いと聞くぞ」
「な、なるほどたしかに……」
ファバサァ、カチカチ! と、紅白コンビに言われて納得した直後。
俺は気づく。……いや『気づいてしまう』。
視線の先に何気なく見えたのは、病室にある十二月のカレンダーだ。
……おいおい、冗談じゃないぞ! ふざけるんじゃないよ!
ある意味、俺にとっては『こっち』の方が最も深刻な問題ではないのか!?
だからこそ俺は、目覚めたばかりだというのに。
静かにしなければならない病室だというのに――魂から叫んでしまう。
「ちょっと待て! 俺の聖なるクリスマス……どこにいったァアアアア!?」




