百六十三話 勝者は
ちょっと短めです。
「――――、」
そろそろ限界だった。
【過剰燃焼】は何とか保ちつつも、ダメージの回復が追いつかない俺は、頭も体も心も、何から何まで疲弊しきっていた。
……幸い救援メンバーは間に合ってくれたらしい。
柊さんの目立つ黄金色に染まるオーラで、激しい戦闘中でもすぐに気づけていた。
ただ、戦闘に入ってくる様子はない。
どうやら俺一人、『単独で倒すチャンス』を奪わないようにしてくれているようだ。
「なら、期待に答えるとするか。それにいよいよ、ヤバイしな……『お互い』に」
だから諦めはしない。限界を迎える最後の最後まで。
体重とは違う体の重みに苦しみながらも、俺はまた『闘牛気・赤』でタックルを飛ばす。
さすがにもう直接、当たるのはキツイ。というか無理だ。
体中が鈍い痛みで支配されているため、避けられる衝撃は可能な限り避けていく。
――グァア、ルォオアア……ッ!
ドゴォオン! と一撃を左頬に受け、妖骨竜の骨が砕け落ちる。
さらに戦い始めには考えられなかった『ぐらつき』も起こり、常に発している紫の邪光も『明滅』した。
「ッぐぅ……!」
しかし、すぐに巨体から返ってきた重いカウンター。
一部が欠けた左爪が襲いかかり、『無顔番の鎧』の右側面に衝撃が走った。
かろうじて形状は保っている。
だがあの頑丈で壊れないとさえ思えた、ゴツくて光沢ある茶色の鎧に、ピシィ! という今までで一番、大きな亀裂が入る音が生まれる。
加えて貫通ダメージだ。
防御を無視して入る、腹の底に沈むような重く響く痛み。
むしろこっちの方が大問題で――俺は膝からガクッと落ちそうになってしまう。
「ここまできて、負けるか……! 闘牛根性ナメんじゃねえぞ!」
痛む腹から声を出して、最後の気合いを入れ直す。
ダメージと疲労が原因か、いつもの『闘牛の威嚇』はもう出ないからな。
カウンターを耐え切り、こちらも休まず反撃開始。
歯を食いしばりながら、ラリアットを単発ではなく連打で飛ばし、鼻周辺の骨を砕き落とす。
――グァアルォオオオオ!
「ッ!」
と、ここで予想外なあの咆哮が鳴り響く。
『飛ぶ頭突き』だ。
俺の体力が万全の状態だとしても、喰らったらマズイ妖骨竜が放つ最強の一撃。
四発目……まだ撃てるのかよ!?
こちとら『狂牛ラッシュ』なんかもうキツイってのに……!
妖骨竜は前脚を踏ん張り、巨大な竜の頭骨を上げ、頭突きの動作に入った――――が。
「!?」
ガクン、と。
顔面以外にも入っていた、前脚の骨へのダメージによって。
頭を振り下ろそうとする寸前、妖骨竜は完全にバランスを崩した。
つまりはピンチから一転、大きな隙が生まれる。
転倒こそしてはいない。だが、タイミングがズレたのか技前の輝きも収まり、通常の状態に戻っていた。
「!」
――ここは逃せない。もし逃したら、負けるかもしれない。
何となく本能で察した俺は、これが最後と闘牛が宿る体に鞭を入れる。
『狂牛ラッシュ』。
そっちがギリギリの状態でも切り札を使おうとしたのなら、こっちも足が動く限り、何度もタックルを飛ばして叩き込むのみ。
「ウオオオオオオ――ッ!」
疲労とダメージからタックルの間隔はいつもより長い。
加えて足場も歪で悪いため、ラッシュと呼べるかは――いやもうどうでもいいか。
一発でも多く。少しでも重く。
『闘牛気・赤』を使った赤い飛ぶタックルを、およそ五メートルの距離からひたすら叩き込む。
互いの悲鳴も息遣いも聞こえない。
耳に入ってくるのはただ一つ、超重量かつ硬度がある自分達の衝突音だけ。
――そうして、とてつもなく長く感じる、濃厚すぎる十数秒が経過。
残念ながら一方的にとはいかず、しっかり爪のカウンターを喰らっていた俺は、
最後のタックルを飛ばした直後。
根性だけではついに耐え切れず、ズゥン! と片膝を地面についてしまう。
「……ハァ、……ハァ……!」
やるべき事はやった。打ち込めるだけ打ち込んだ。
ずっと守ってくれた『無顔番の鎧』も、さすがにもう使い物にならないほど傷んでいた。
――それでも、アンデッド系竜種の亜竜・妖骨竜は。
十メートル超の骨格標本な巨体は、荒れ果てた地面の巨大ホールの上に倒れていない。
俺は全てを出しきったというのに、あれだけしつこく回復を繰り返して戦ったというのに……。
「……参った、まだ倒れねえのか……。ちょっと俺はもう……柊さん達にバトンタッチ……か」
あまりこだわりはなかったが、ついに一人では倒せなかったか。
まあでも、仕方ないよな。俺はとにかく頑張ったと思う。
あの亜竜相手に一人で挑み、これだけダメージを与えられたのだから。
胸を張って途中降板、あとは『DRT』の隊長さん達に任せて――。
「……?」
その時だ。
俺の体勢は崩れ、格好の『的』になっているはずなのに。
目の前の妖骨竜の方からは、強烈な反撃が返ってこない。
何でだ? どうしてトドメを刺しにこない?
尾骨の振り回しはもちろん、もう爪でも牙でも何でも仕留められるだろうに……。
冷や汗をかきながら、俺は亀裂が入った兜の中から妖骨竜の巨体を見上げる。
変わらず骨の巨体は倒れていない。
四本の脚の骨で体を支え、眼球のない顔で真っすぐこっちを見ている。
……ただ、『動かない』。
急に活動を停止したように、本当に骨格標本にでもなったかのように動かないのだ。
「もしかして……死んでる、のか?」
長時間に及ぶ激戦で体力が燃え尽きすぎて、よく感じ取れないものの、
空間を支配していたあの濃厚な死のオーラが、今はその『残り香だけ』みたいな感じになっていた。
それが戻ってくる気配は……ない。
痛む首を上げて注意深く観察しても、再び動き出す様子は感じ取れなかった。
「……そうか、俺は、やったのか」
堀田が召喚した強力な亜竜を、アイツの望む通りの結果にできたのか。
巨大ホールを破壊し尽くして、鎧も潰して、回復薬も使いきって、本当に限界ギリギリで『撃破』できたのか。
そう真っ白な頭で理解して、少しの静寂の後。
妖骨竜にまだ残っていた紫の邪光が、ゆっくりと萎むように消えていく。
「――ホゥ! バ――!」
「――葉君!」
と、ここで巨大ホールと繋がる通路の方から。
聞き慣れたズク坊の声と、『DRT』隊長の柊さんの声がするが…………ダメだ、よく聞こえない。
ちょっと本当に限界だ。膝をついていても意識を保てない。
妖骨竜を倒したという安心感からか、ずっと維持していた気持ちが切れて――。
「あ……やべ……」
妖骨竜の不気味な紫の輝きが消えた直後。
ブツリと電源が切れたように――俺の目の前が真っ暗になった。
というわけで決着です。全体として予想よりも長くなりました(汗)。
最後まで立っていたのは亜竜で、最後まで生きていたのは主人公、です。