百六十二話 近づく決着の時
前半が主人公、後半が第三者視点です。
ちょっと長めです。
「うおおおおお――ッ!」
――グァアルルォオオアア……ッ!
互いの腹の底からの咆哮が巨大ホールに響き渡る。
俺と妖骨竜の戦いは、開戦時からの激しさが微塵も減る事なく続いていた。
もう三十分は余裕で経ったか? ……ちょっと分からんな。
あまりに戦いに集中しすぎて、アドレナリンを出しすぎて、自分が何回、【過剰燃焼】を使ったのか曖昧になってきてしまったぞ。
……ただ、確実に分かっているのは一つだけある。
それはこの戦いの決着が、そろそろつきそうだという事だ。
「『高速闘牛――ラリアット』ォオ!」
まず俺。これは本当に驚きなのだが、自慢の『無顔番の鎧』が。
タックルに使う肩を中心にヒビが入り、歪みまで出てきている。
半年前に作ったばかりの、門番製の『億超え装備』。
それが繰り返される攻防の衝撃に耐え切れず、まさかの悲鳴を上げていた。
肝心の体の方は言わずもがなキツイ。
【過剰燃焼】で消費した体力分と、少しのダメージ分。
毎度毎度、これしか回復できていないため、蓄積ダメージと疲労でもう体が重くなってきている。
肩も痛い。首も痛い。口の中は血の味がする。
肋骨などはもう明らかに何本か折れていて、そっちに意識を向けると痛みで動きが鈍るほどだ。
――グァアルォオアッ!
一方、妖骨竜の方も一言で言えば『ボロボロ』だ。
……これは俺の希望的観測ではない。
最初こそビクともせずに無敵のようにも思えたが、諦めずにひたすら超トン級の攻撃を加え続けた結果。
顔付近、頭骨を中心にヒビが無数に入り、特に下顎や首のあたりには骨が砕け落ちた部分も生まれている。
「ハァ、ハァ……! どっちが勝つかまでは、分からんけども……!」
終わりは近い。
多分、これは二年間で多くの戦闘を経験した俺のカンではあるものの、
動きの落ち具合や雰囲気から、どちらかの超ヘビー級――いや無差別級の体が倒れるはずだ。
ズク坊が呼ぶと言っていた救援の方はまだきていない。
まあ、対亜竜だから誰かれ構わずとはいかず、そもそも来るまでに時間はかかるだろうし……おそらくその前に終わるだろう。
「『狂牛ラッシュ』……!」
ダメージを負った体に鞭を打ち、ここで俺は一番の大技を使う。
敵も巨体にあったはずの体力を多く削られたからこそ。
変わらず強烈な攻撃を放ってくるも、生まれる隙が多くなっているため、
やっとここにきて、『回数を抑えない』タックルの連打を使えたのだ。
――グァアアルルォオオオオオ――!
「! ここでくるか『三発目』ッ!」
大技を喰らい、妖骨竜が返してきたのはこちらも一番の大技。
『飛ぶ頭突き』。
ただでさえ不気味に発光しているのに、より深い紫に輝いた巨大な頭骨。
それを前脚を踏ん張り高い位置まで上げて――一気に振り下ろしてきた。
直後。蓄積したダメージなど関係ないとばかりに。
一、二度目と同じく、俺の七十トンオーバーの体が浮くほどの凄まじい衝撃と轟音が発生。
緊急回避した俺が元いた場所を中心に、三つ目となる大きなクレーターが地面に刻みつけられた。
「くッ!? まだコレを放つ力があったのかよ……!」
土埃が激しく舞い上がり、一時的に視界が利かなくなる。
――まずはそこから脱出を。
広範囲に広がった土埃の中、俺は『牛力調整』から軽やかに跳び上がった。
当然、ここで終わりではない。当たらずとも『やられたらやり返す』が基本なのだから。
俺は空中で『闘牛気・赤』でのパンチの連打を飛ばす。
足場がなく踏ん張りなど利かないが、一発の威力よりもとにかく手数を出して打ちこんでいく。
「『牛体プレス』――!」
さらに、落下と共に体重任せの大の字プレスを見舞う。
体が痛むのであまり使いたくはなかったが、少しでもたたみ掛けるべく、ドゴォオン! と土埃の中でも輝く標的の真上(背骨)に一発を入れた。
――グァルォオアッ!
妖骨竜が上からの衝撃に悲鳴を上げる。
かたや俺は俺で「ぐおおぅ」と、自分にも効いてしまった痛みに悶絶してしまう。
「あと少し……あと少しだ! もうちょっと待ってやがれ俺のファン……!」
戦闘中に隙を突いて移動させていた、堀田の亡骸をチラリと見つつ。
俺はまた軽く呼吸を整えただけで挑む。自分よりも重くて強い、妖骨竜との荒々しい戦いに。
――さあ、そろそろ本当に最終ラウンドに突入だ。
『飛ぶ頭突き』によって舞い上がった土埃が晴れたのをゴングに。
俺と妖骨竜は力を込め、もう何度目かも分からない赤と紫の衝突を繰り返す――。
◆
「……これが、亜竜……!」
「そうだ。ただこの個体は……」
『上野の迷宮』一層、巨大ホールと呼ばれる広場の前の通路部。
超重量の生物同士がぶつかり合い、全てにおいて轟音と震動を生み出し続ける戦場に――ついに救援メンバーが到着した。
ギルド本部もある新宿からタクシーを飛ばし、やってきたのは『DRT』の二人の隊長。
装備を纏った柊斗馬と笹倉結衣は、たしかに自分達の目で、出現した亜竜・妖骨竜の姿を確認した。
「ホーホゥ! 何とか無事だったかバタロー!」
さらに太郎の相棒であるズク坊も一緒だ。
柊達が直接、ギルドを経由せずに迷宮に潜ろうとしたところ、出入り口で待っていたズク坊と合流。
巨大ホールまでの案内役として、一緒に迷宮へと潜っていた。
そのズク坊は太郎が生きている事を確認し、心の底から安堵する。
相変わらず激しく翼を叩いて宙を飛んでいるが、『頼もしすぎる救援』が来た事もあり、焦りの方はほとんどなくなっていた。
「「…………、」」
一方、救援にきた二人の隊長の柊と笹倉はというと。
ズク坊と同じく、太郎が生存していた現状に安堵するも……それ以上に戸惑っていた。
初めて亜竜を見た笹倉は、シンプルに亜竜という存在のあまりの強大さに。
何度も門番を倒した経験がある彼女でさえ、少しでも気を緩めれば、心が折れそうなほどの存在感だった。
逆に討伐経験がある柊は、妖骨竜の『特殊性』と、何より善戦している太郎に対して。
神々しい【金色のオーラ】を全身に纏いながら、笹倉以上に人間と亜竜の戦いに見入っている。
「この皮膚に絡みつくような嫌なオーラ……。こちらの本能に『死』を連想させてくるな」
妖骨竜。世界でも初めて確認されたアンデッド系竜種。
かつて日本に出現し確認されたのは、『魔鋼竜』、『百足竜』、『妖精竜』、『六尾竜』の四体。
その四体と比べても、見た目や放たれるオーラの『凶悪さ』は群を抜いていた。
そんな妖骨竜相手に、ズク坊から聞いた出現の時間から――そろそろ『五十分』が経とうとしている。
「さすがは友葉君、『ミミズクの探索者』か。これほど互角にやり合えるとは……」
「ですね柊さん。まさかこんな怪物相手に一時間近くも一人で戦闘を続けるなんて……」
実力者である二人から見ても、この戦いは相当なものだった。
自分の重さや力強さを遺憾なく発揮。
こうも何度も『真正面から』戦えるのは、世界を見渡しても太郎くらいなものだろう。
「と、とにかく助かった。二人共頼む! バタローに加勢してやってくれホーホゥ!」
「もちろんですミミズクちゃん。我々は友葉君を助けるために――って柊さん?」
笹倉が助太刀するため、自身の異名にもなっている【魔石眼】を発動しようとした寸前。
隣にいた黄金のオーラに染まる柊は、なぜか手をスッと上げて、笹倉の紅蓮に染まる視線を『遮ってきた』。
「待つんだ笹倉君。……まだ、まだ手は出さないでくれ」
「えっ!?」
「ホーホゥッ!?」
同じ救援メンバーのまさかの制止発言に、笹倉もズク坊も驚きの声を上げる。
いくら互角に戦えていたとしても。
危険極まりない相手に一人で長時間戦っているため、今すぐにでも加勢すべきだろう。
と、そう思っていた笹倉とズク坊に対して。
「大丈夫だ。想像以上に友葉君はやれている。――だからまだ、我々が手を出すべきではない」
柊は視線を太郎に向けたまま静かに言う。
それでも困惑し、納得できていない様子の一人と一羽に向き直ると、柊はその理由を説明する。
「『可能性』があるのなら、最後まで一人でやらせてやりたい。『DRT』の責任からは完全に反してしまうが……まだ見守る段階だと私は思っている」
「で、ですが柊さん! 相手はあの亜竜で……!」
「大丈夫だ。もし本当に危険な状況になれば、全力で私が割って入る。幸い友葉君はどの探索者よりも『頑丈』だ。助けるヒマなく一瞬で殺られる可能性は低い」
険しい表情をしながらも、太郎の戦闘を見る柊の目には『信頼』があった。
疲労やダメージはあっても動き自体は悪くない。
戦いの鍵となる『体力回復薬(ミルク回復薬)』の回収もできている。
何より、かつて一人で倒した経験がある柊だからこそ。
強烈な死のオーラとは正反対に、妖骨竜の負った傷や動きには『限界』が見えていた。
「――それに、『単独』で倒すか『チーム』で倒すか。どちらも莫大な経験値は入るが、その差については笹倉君も把握しているだろう?」
「え? それはまあ……。たしかに、柊さん達『単独亜竜撃破者』を見ればハッキリと分かりますが……」
『単独亜竜撃破者』とそれ以外。
同じ亜竜を倒した者でも、世間から受け取る名誉や称賛以上に明確な違いがある。
「ホーホゥ……『戦闘力』の差か。筋力系も神経系も、どっちの基本スペックも段違いに強化されるらしいな」
「そうだズク坊君。さらには『亜竜の威厳』――非常に強力な威圧技を使えるというメリットもある。日本迷宮業界の未来を考えれば、五人目が生まれるのと生まれないのとでは、大きすぎる違いがあるんだ」
そしてその可能性が今、目の前にある。
当初は柊も、現場についたら即【亜竜の追撃】を叩き込むつもりであった。
だが戦況を確認して、柊は武器の『魔鋼竜の鉤爪』を装着してはいても、両腕を上げて構えは取らない。
――グァアルルォオオアアッ!
また妖骨竜自体も、巨大ホールにたどり着いた柊達に見向きもしていない。
まるで誰かの思念を宿したかのように。
太郎ただ一人だけを標的に、戦いを楽しむかのように変わらず猛威を振るっていた。
「でも柊さん……友葉君は本当に、あの亜竜を倒せますか?」
今もギリギリの、激しすぎる攻防が行われている。
互角という表現はしたものの、全ての一撃において妖骨竜の方が上。
『上野の迷宮』の特徴である鬱蒼と茂る雑草は、戦場となった巨大ホールだけ地面も壁も抉られ続けた結果。
高い天井以外に緑はほぼ存在せず、また原形すら留めていなかった。
隣に立つ笹倉からの、不安が込められたその問いに対して。
柊は手に汗を握りながらも――うなずき、そして確信するように言う。
「必ず倒せるさ。彼の背中にそう書いてある」




