百六十一話 救援部隊
前半が第三者、後半が主人公視点です。
「――分かりました。今からすぐに向かいます」
上野より迷宮業界に届いた『クリスマスの凶報』。
それを聞かされた男、『DRT(迷宮救助部隊)』の隊長で『単独亜竜撃破者』の一人でもある柊斗馬は、硬い表情で電話を切った。
「…………、」
何事にも動じなさそうな、ベテランで強者の表情は電話を切っても硬いまま。
クリスマスという特別な日に、急に仕事が入って機嫌が悪いわけでは……もちろんない。
亜竜・妖骨竜の出現。
そして『ミミズクの探索者』の友葉太郎。
面識があり、柊本人も認めている凄腕の若手探索者が。
『単独で亜竜と交戦中』という、考え得る限り最も切迫した事態によって、柊の表情は硬く、さらに言えば背中に嫌な汗までかかせていた。
「ひ、柊隊長……」
「上野に亜竜……ですか」
『DRT』本部と柊のやりとりを聞いていた、他の隊員達が恐る恐る口を開く。
何の変哲もない場末の居酒屋。
今現在、危機に陥っている誰かとは違いモテないわけではないが……フリーな男衆はジョッキ片手に止まっている。
直接、亜竜と対峙した経験がある柊と比べれば、彼らの考える事態の深刻さは曖昧ではあるものの、
『DRT』として。迷宮業界に身を置く者として。
どれほどイレギュラーで危険極まりない事が起きているのか、いちいち問う者など一人もいない。
「……なるほど、状況は理解しました。ならば柊さん、私も上野に行かせてください」
その中で一人。
飲み会の場で紅一点となっている、女性にして隊長を務める笹倉結衣がイスから立ち上がった。
彼女はすでにやる気満々の表情だ。
一見、見た目も体格も全てがモブキャラっぽい地味なOL風だが……。
その正体は『魔石眼の公務員』の異名を持つ、『DRT』の隊長の中でも上位に位置する実力者である。
……まだ酒は入っていない。だから立ち上がった足は力強くしっかりしている。
柊ら他の男衆も含め、幸いこれから酒を飲もうとしていた時に連絡があったのだ。
「そうか笹倉君、君も行くか。たしかに亜竜への救援メンバーとして問題はないだろう」
言って、隣の席の柊もまた立ち上がる。
続いて同じく立ち上がろうとした隊員(直属の部下)達を、柊は静かに手で制した。
「今回ばかりは相手が相手だ。実物を見せて経験させてやりたい気持ちはあるが、命より大事なものはない」
「し、しかし柊隊長ッ!」
「俺達も覚悟はできています!」
「ダメだ。何と言われようと隊長クラス以外を連れていく気はない。……きっちり責任もって友葉君は連れ帰る。だからお前達は、私と笹倉君の分まで久しぶりの酒の席を楽しんでくれ」
柊は隣の笹倉を見てうなずくと、財布からお金を出してテーブルにそっと置く。
そしてオフだった仕事スイッチをオンに。
こういう時のために常に携帯しているマジックバック(ショルダーバック型)を肩にかけ、二人は部下を残して急いで店を出ていく。
――実はもう一つ、まだ酒を飲んでいない以外に幸いだった事がある。
それは彼らの現在地だ。
仕事帰りのサラリーマンも多いこの居酒屋。小汚くも繁盛しているこの店があるのは、東京都新宿区、上野からはそう離れていない場所だった。
「タクシーならここから現場まで三十分くらいか? いやそれよりも……」
「すみません柊さん。ウチの楠で『転移』できればよかったのですが……。『上野の迷宮』に潜った経験がないので、あそこは転移不可能なんです」
それに、そもそも仕事を離れるとヤツは全く連絡が取れません。
――という、上官の怒りの声は笹倉は心の中にしまっておく。
「なに、気にするな。もし力を借りられるならラッキー程度に考えていただけさ」
冬の寒さの白い吐息が柊の口から漏れる。
かつて『悪魔の探索者』に狙われた時よりも、今回はさらにハードで危険な状況に太郎がいるのは間違いない。
「よもやもう亜竜と出会ってしまうとは……。郡山の『門番地獄』もそうだが、友葉君は引き寄せる特別な何かを持っているのか?」
「さあ、どうなんでしょう? 強力な【モーモーパワー】や、相棒のミミズクちゃんとの出会いも含めて運としか。……とにかく、まずはタクシーを拾いましょう柊さん!」
柊斗馬と笹倉結衣。
周囲から見れば、今日がクリスマスという日もあり、自然とカップルに見えてしまうのだろうが……。
『DRT』のトップと上位の戦力である両隊長は、いざ『上野の迷宮』を目指すべく。
ぽつぽつと降ってきた、キレイな細雪にも一切目もくれず。
大通りへと出てタクシーを拾い、激闘が繰り広げられている戦場へと向かっていった。
◆
「……ッぐぅ……! 痛えな死ぬところだったぞ普通!」
うっかり喰らってしまった前転からの超重量の一撃。
柱のような尾骨で地面に叩き潰された俺だったが――九十六牛力と『無顔番の鎧』が大仕事をしてくれていた。
過去最大級の貫通ダメージと、さすがに響いた直接的な衝撃に悶絶しつつも。
何とか完全には潰されずに耐え切った俺は、尾骨を力ずくで押しどかし、挟まれた地面から急いで脱出する。
……いやはや危なかった。本当に本気で今のは危なかったぞ。
口から血ヘドこそ吐いていない。
だが全身にはかなりの鈍い痛みがあり、ちょっと肋骨あたりが怪しい感じもするが……。
「ギリセーフってか。通常(四十八牛力)だったらガチでヤバかったぞ……。即死は免れても、動けなくなってた可能性が高いな」
そう冷静に今の攻防を振り返る反面。
俺は兜の下で、痛みと疲労、肝が冷えた事により大量の汗をかいてしまう。
もう戦闘中に何度も思った事だが、改めてまともに一撃を喰らうと、亜竜という存在の強大さを再度思い知らされてしまった。
――とにもかくにも、回復を。一にも二にも回復だ。
【過剰燃焼】はもう切れるし、負ってしまったダメージ分も回復しなければ。
――グァアアルルォオァアアッ!
戦闘開始後、一番の一撃を与えたからか?
妖骨竜はまるで歓喜するように、牙を見せつけ大口を開けて咆哮してきた。
瞬間、骨格標本な全身から垂れ流される死のオーラが増加。
周囲に漂う死の濃度が上がり、巨大ホールの空気がさらに重く悪くなっていく。
「チッ! 今ので勝った気になるんじゃねえっての!」
恐らく額に青筋を浮かべながら。
俺はさっきのお返しにと、回復に動く前に『高速猛牛タックル』を飛ぶ打撃で打ち込む。
ズドゴォン! と、ちょうど咆哮で開けていたところに着弾。
これ以上ないほどキレイな赤い一撃が、妖骨竜の口の中に決まった。
――グァアォオッ……!
すると、妖骨竜は怒りの咆哮――とは明らかに異なる『悲鳴らしきもの』を上げた。
しかも初めて、俺の反撃を受けて骨の全身を『後退』させたのだ。
「!? 何か怯んだぞ! ……そうか、口の中(?)はアンデッド系でも弱点――ってそれよりも!」
絶好の回復チャンスの到来。
すぐさま行動に移し、俺は最も近く(といっても十数メートルは離れているが)のマジックバックのもとへ。
「……くそっ、さすがに復帰も早いなオイ!」
そうして四本、『ミルク回復薬』を取り出すと同時。
怯んでいた妖骨竜がズシィン! と大きく一歩前進。
空気が揺れるほどの殺気が込められた、死神の鎌みたいな右の爪を振るってくる。
「甘い!」
素早いとはいえ、若干『大振り』だったのは見逃さない。
俺は『牛力調整』からの高速移動のバックステップで危なげなく回避。
持っていた『ミルク回復薬』のうちの一本を、その流れの中でグビッと飲んで体力を回復する。
さらに牽制で数十トン程度のジャブを飛ばして、また一本。
【過剰燃焼】が切れるのを確認してからは、回避だけに徹して三本目、四本目と慎重に飲んでいく。
――グァアルォオアアア――ッ!
「だからそれが! うるさい上にお前の『弱点』だろっての!」
叫び、『高速闘牛ラリアット』を飛ばしてまた大口の中に一撃。
案の定、さっきと同じく悲鳴を上げた妖骨竜は、デジャヴのごとく巨体をずるずると後退させた。
……ニヤリ。
戦闘での集中は保ちつつも、思わず兜の下で俺は笑みを浮かべてしまう。
『巨大』で『タフ』で『破壊的』な亜竜であっても。
やはり一応は生物ではあるからか、全てが骨だけではあるものの、弱点は存在していたのだ。
「――さあ、まだまだ殺り合おうか」
体力面は間違いなくキツイ。
もし許されるのなら、一回両膝に手をついてきちんと呼吸を整えたいところだ。
そして同じく、いやそれ以上に精神面でもキツかったが……紫の邪光と死のオーラが充満する中でも、少しは光が見えてきた気がするぞ。
『一時間』――。【過剰燃焼】で言えば二十回分か。
集中力的にも用意した回復薬の数的にも、おそらくそれくらいが限界だろう。
俺は肋骨の痛みで生きている事を実感しながら。
半身に構えて腰を落とし、再び全力で当たるべく蹴り足に力を込める。
「思いっきりやられた分――しっかり倍返しさせてもらうぞ!」