百五十七話 決戦はクリスマス
前半が主人公、後半が第三者視点です。
「『高速猛牛タックル』!」
全身全霊、闘志と牛力を込めて俺は突っ込む。
倍の九十六牛力まで引き上げて『闘牛気・赤』を纏った体と、頼もしい門番の鎧と共に。
相手が亜竜、強大なモンスターだろうとやる事は変わらない。
先手必勝で低く突き上げるように突っ込み――右肩部分と妖骨竜の顔面とが直接、正面衝突した。
――その結果、
「ッ!? 骨のくせして硬いなオイ……!」
超重量同士の凄まじい衝突音が派手に響き渡るも、やはり相手はただの骨ではないらしい。
タックルの手応え的にも、まるで金属。
それも鉄どころでは済まない、下手したらミスリル、いや『アダマンタイト並』の硬度があった。
……今の一発で十分、分かった。
単純な硬さの点についても、あのダンジョンキングを上回っているようだ。
「欲を言えば満腹からの『食い溜めの一撃』を使いたかったけど……まあ仕方ない!」
瞬間、俺は即座にバックステップで離脱。
そこへ間髪入れずに、大型モンスターとはとても思えない、素早いモーションからの右の爪が振るわれる。
案の定、標的を失ったその鋭い爪は――柔らかい砂でも扱うように、雑草が茂る硬い地面を深く抉り飛ばした。
全身の骨の硬さ。放たれる攻撃の威力。そして常に喉元にナイフを突き付けられたような圧力と殺気。
どれを取っても『最上級』。実際に相対してみて、並のモンスターと同じものは一つとない。
――グァアルォオアアア……ッ!
「んで咆哮まで最上級ってか! まあ竜種が弱かったら、それはそれでやりがいはないかッ!」
骨だけでどう音を出しているのか、妖骨竜は震動を伴う咆哮をしてきた。
さっきのタックルで与えたダメージはゼロではないだろうが……。
この力強すぎる咆哮を聞く限り、大したダメージは入っていないだろう。
長期戦。
対門番と同じく、すぐに決着がつくような生易しい相手じゃないのは明白だ。
「焦らずじっくりやらせてもらうさ。こういう時のために、こちとら準備はできてんだよ!」
俺はあちこちに放り投げた、ポーチ型のマジックバック三つを見る。
素材回収用のリュック型とは別で、中に入っているのはただ一つ。
大量に買い込んである青い液体入りの小瓶――『体力回復薬』だ。
亜竜を相手に通常の四十八牛力ではお話にならない。それこそ論外だ。
いかに『体力回復薬』(正確には牛乳を混ぜた『ミルク回復薬』だが)で【過剰燃焼】の九十六牛力を保つか。
花蓮のフェリポンはいないため、それが生き残り、ひいては勝つために最も重要な――。
「ッぐぅ!?」
などと悠長に思考を巡らせていたら。
決して油断していたわけではない。
にもかかわらず、妖骨竜が骨の巨体を急に反転させたと思いきや、巨大な竜の尻尾が鞭のごとく飛んできたのだ。
攻撃速度はかなりのもの。
反応が遅れて回避は間に合わずとも、両手を上げて『完全ガード』したはずなのに。
「おいマジか……!」
鎧越しに伝ってきた、いや『抜けてきた』衝撃。
それは不自然に『無顔番の鎧』も『全身蹄化』した体の表面も超えて、たしかに『体内に』ダメージとして通ってきた。
ただ単純に威力抜群の物理攻撃。
そう思っていたのに、どうやら実際はだいぶ違ったらしい。
貫通攻撃の類だろうか? 衝撃のいくらかが鎧もガードも抜けて、不自然かつ確実に俺の中に入ってきたのだ。
――グァアルォオアッ!
「チッ、そういう感じの能力かよ……!」
骨が、体全体が不気味な紫に光っているから何かあるとは思ったが……こりゃ厄介だぞ。
絶対の自信がある防御力で『受け切って反撃』する。
このいつもの戦法だけで通用するほど、今回の亜竜という存在は簡単な相手ではなかったようだ。
「……フゥ!」
一呼吸置いて、俺は再び『高速猛牛タックル』の動作に入る。
やられたらやり返す。
たしかに、超重量戦士な体に『確実にダメージを与えてくる』ような強敵であっても、
牛の耐久力は健在であり、痛くても血ヘドを吐かされるようなダメージはないからな。
この程度の能力で及び腰になるほど、今日まで育ててきた力も自信も小さくはない。
「ウオォオオオ!」
そんな俺の戦意を示すべく、ズドォオン! と。
大きな震動と轟音を伴う一撃を、尻尾攻撃から体勢を戻していた妖骨竜の首に叩き込んだ。
さっきの一撃目と同じく、手応え的には並のモンスターなら仕留められる超ヘビー級の攻撃。
だがゲームで言うところのラスボス、膨大な体力を持つだろう妖骨竜の体力ゲージは……少ししか減っていないだろう。
とはいえ、戦いは始まったばかり。
俺は妖骨竜が放つ強烈な紫の光を浴びながら。
再び気合いを入れて集中、人間と竜種の戦いに没頭していく――。
◆
「と、トンデモない事になったぞホーホゥ……ッ!」
一方、太郎と妖骨竜の戦いの幕が切って落とされた頃。
ズク坊は焦っていた。
それこそ郡山で『門番地獄』にハマったあの時以上に。
逸る気持ちと『暴風のスカーフ』の効果もあり、今の飛行速度は百六十キロを超える。
そのスピードでも完全に体はコントロールされて、壁や天井との激突の気配もなく、白い弾丸となって出入り口を目指していた。
「――ホーホゥッ!?」
「あれっ――ズク坊さん……?」
と、もう二百メートルも進めば地上の出入り口に着くというところで。
空中で急ブレーキを踏んだズク坊は大きく縦に半回転。
上手く飛行の勢いを利用して、通り過ぎた道を少しだけ戻る。
宙を舞うズク坊の琥珀色の瞳に映ったのは――迷宮を進む六名の探索者達の姿だ。
「お前達は……『チーム・ウルトラス』かホーホゥ!」
運良く出会ったのは『チーム・ウルトラス』。
『鎌鼬の探索者』の異名を持つ高崎松也がリーダーの、『上野の迷宮』をホームとする『ナンバー3』パーティーである。
「一人でどうしたんですかズク坊さん? 太郎さんとか他の皆はどうしたんです?」
その高崎は驚いた表情でズク坊に問いかけた。
お互い同じ迷宮をホームにする者同士、今まで何度も迷宮内で会っている。
いつもなら太郎の重く響く足音と震動から始まり、すぐるの火ダルマな光源が現れるところ、
なぜか今日は上野のマスコット的存在、ズク坊一人だけだったからだ。
対して、ズク坊は躊躇わず単刀直入に言う。
「亜竜だ! ヤツが現れたんだ! 一層の巨大ホールのところに、亜竜・妖骨竜が出現したんだぞホーホゥ!」
「えっ!?」
羽が何枚抜け落ちようと、必死に翼を羽ばたかせるズク坊。
そのいつもとは違うズク坊の姿に、高崎は自分の耳に届いた『信じがたいワード』と合わせて混乱してしまう。
「ず、ズク坊さん……? 亜竜って……まさかあの亜竜ですか!?」
「そうだ! あの危険な竜種の亜竜だぞホーホゥ!」
焦りから落ちつきを失っているズク坊は、高崎達の頭上を旋回しながら叫ぶ。
高崎率いる『チーム・ウルトラス』の方はというと……同じく焦りの色があった。
ズク坊とは顔なじみの他のメンバー五人も、突然伝えられた衝撃の事実に、すでに顔も体も強張っている。
――ズク坊と出会う前、実は彼らも『違和感』は感じていた。
迷宮の空気が明らかにいつもと違い、やたら『重くて息苦しい』。
ズク坊の言う巨大ホールとはまだ離れているが、事実を聞かされた今では、さらに強烈に空気の重さを感じてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくださいズク坊さん。じゃあまさか……『迷宮サークル』は亜竜と……?」
血の気の引いた顔で、高崎は頭上を飛んでいるズク坊に聞く。
……だが、返された答えは予想したものより遥かに悪かった。
すなわち、太郎と妖骨竜の『一対一』の戦いになっている――と。
「た、単独で交戦中!?」
「無茶だ! いくら友葉さんでも……!?」
「木本さんや飯田さんの援護もなしって……ちょっと本当にヤバいじゃないですか!」
現状を知り、より焦りが大きくなる『チーム・ウルトラス』の面々。
彼らとて太郎の凄まじい戦闘力は知っている。
誰よりもパワフルであり、今や『単独亜竜撃破者』の四人を除けば、三本の指には入るレベルの探索者であると。
「けど相手が……こうしちゃいられない! なら早く救援に――」
「待つんだ! お前達『チーム・ウルトラス』は行ったらダメだホーホゥ!」
と、ここで。
ズク坊はまさかもまさか、運良く出会った彼らが救援に向かおうとするのを制止した。
「な、なぜですズク坊さん!?」
当然、高崎達は驚きの声を上げる。
彼らは紛れもなく実力者、『迷宮サークル』や大所帯の『勇敢なる狩人』に次ぐ、上野でナンバー3の有力パーティーではあるのだが……。
ほぼ全員が近接戦闘系。
さらにこの中では最も強い高崎でさえ、一人で上位の『指名首』と戦えるほどの戦闘力はない。
彼らは決して弱くない。ただ今回は相手が悪すぎるのだ。
「ホーホゥ……ッ!」
ズク坊とて、大切な家族であり相棒の太郎を助けたくないわけではない。
ただ、だからと言って救援メンバーは『誰でもいい』わけではないのだ。
シビアに考えて、高確率で犠牲になってしまう危険がある者達を、無責任にも向かわせるわけにはいかなかった。
「ホーホゥ……すまない、お前達にアレは危険すぎる。だから、まだ他にいる探索者の避難の方を頼む。何人たりとも巨大ホールには近づけないでくれホーホゥ!」
そう告げて、ズク坊は翼を勢いよく羽ばたかせる。
一方、『チーム・ウルトラス』のメンバー達は皆、悔しそうな顔をするも、
経験と力を併せ持つ探索者として。
亜竜という話でしか聞いた事がない、門番すら上回る強大な相手に、自分達ではとても戦力にはならないと冷静に判断を下した。
「……分かりました。では探索中の者の避難は任せてください!」
「頼んだ。俺はこのままギルドに報告に向かうぞホーホゥ!」
ズク坊は再び、地上へと向かって全力で飛んでいく。
二年前、地獄を見た後に手に入れた大切な居場所――それを絶対に失わないために。
『チーム・ウルトラス』は閑話で主人公達を語っていた人達です(その一回しか出てません)。