十七話 上野の迷宮+α
「ワクワクドキドキ……。久しぶりだなこの感覚」
『上野の迷宮』。
それは住宅街の中にポツンと立つ、二十メートル級の大木にある洞が出入り口となっている迷宮だ。
初心者向け以外で都内にある迷宮と言えば、まず名前が上がるのが『八王子の迷宮』。
日本最大級の規模を誇り、難易度的にはちょうど中の中で、毎日多くの探索者が出入りしている。
ならなぜそこに行かないのか?
当然、俺にとっては『上野の迷宮』の方がいいからだ。
ここの一層に出るモンスターは、『横浜の迷宮』と比べたら三・五階層相当。
最初からスチールベア以上ボルトサーペント未満のモンスターが出現する、中の上、いや上の下クラスの迷宮である。
少しステップアップしすぎ感は否めないが、迷宮の特徴から見たらベストだと思う。
俺は攻撃を当てるのが難しい、素早いモンスターが苦手だからな。
その点、上野の迷宮に出るモンスターはと言うと、
ほぼ全てが地に足をどっしりつけた、巨大なパワー系モンスターだから戦いやすいのだ。
「で、いざ入口に立ってみて……お前はどう思う?」
俺は右肩の上のズク坊ではなく、反対の左側に立つ男に声をかけた。
「うむむ……。僕にとっては厳しそうですね先輩」
そう自信なさ気に答えたのは、どこか親しみを覚える顔とぽっちゃり体型な男。
名前は木本すぐる。
俺の一つ下の二十一歳で、その身には防具ではなく色鮮やかな『紅色のローブ』を纏っている。
……実はこの男、以前からの俺の知り合いである。
高校時代の後輩で、しかも同じクイズ研究部(黒歴史)だったのだ。
さて、ではなぜそんな後輩と一緒にいるかというと。
二ヶ月ほど前。『横浜の迷宮』で一人死にそうになっていたのを発見・救出するという、超予想外な再会を果たしていた俺達。
聞けば高校卒業後に地元の群馬を出て東京で就職したものの、かなりブラックだったらしく体調を壊して二年で退職。
一年ほどニートした後に、意を決して探索者の道に進んだらしい。
そして、ソロで探索して上手くいったと思ったら……三層でつまずく。
そこで『あり得ない強さ』の俺に運良く助けられて、何度も何度も俺に頼み込んだ結果、パーティーを組んだというわけだ。
「ホーホゥ。すぐるよ、最初から弱気だとロクな事にならないぞ」
「そ、そうだね。気持ちは強く持たないとだよねズク坊」
「このバカタレ! お前は一番の新入り――何度タメ口はダメと言わせる気だホーホゥ!」
「あ、そうでした! 失礼しましたズク坊先輩!」
飛び立ったズク坊に翼でファバサァッ、と叩かれて、即行で謝罪するすぐる。
いや二人共、周りに人はいないけど……大声で人間とミミズクで喋らないように。
とまあ、そんな感じでひと騒ぎしてから、俺達は迷宮へと入っていく。
◆
『上野の迷宮』内は事前に得た情報通りだった。
薄暗い内部。大型トラックを複数台通すのかというほどの巨大な通路。
そして、地面にも壁にも天井にも生えたおびただしい雑草の群れ。
出入り口が大木の洞らしく、『緑』に溢れた大型の迷宮だった。
「無駄にデカイな、ここ」
「ホーホゥ。まあそれだけモンスターもデカイって事だな」
「ひえぇ……。『横浜の迷宮』とは大きさも明るさも全然違いますね」
俺、ズク坊、新入りのすぐるが呟く。
分かってはいたが実際に入ると予想以上で、迷宮そのものに面食らってしまった。
とはいえ、別に環境的には厳しくはないから問題ないけどな。
巨大な雑草まみれの部分は特に困らないし、
薄暗さに関しても、俺とすぐるはヘッドライトを、ズク坊はミミズクだから夜目が利くので大丈夫だ。
「んでズク坊、臭うか?」
「ホーホゥ。十五メートル先を右に曲がったら即遭遇だな」
ズク坊の【絶対嗅覚】によってモンスターの存在が嗅ぎ分けられる。
その言葉通り、俺を先頭に右に曲がると――早くもモンスターのお出ましだ。
ブルゥウウウ!
怒りの鼻息に満ちて堂々と登場したそいつ。
二メートル超えの体躯はこげ茶色の皮膚に、浮き出た血管と盛りあがった筋肉を纏い、手には自前の岩製の斧を持っている。
そして、頭部にある二本の立派なドス黒い角。
『ミノタウルス』。
この世界のスタンダードな形、元いる生物が変化した感じのものとは違う、正真正銘、牛頭人身のあのモンスターだ。
「出たなゲームの世界の住人め! すぐる、ここは俺がやるから後ろで見てろ」
「はい先輩!」
先頭にいた俺はさらに一歩前へ。
すでに【スキル】も使っているので、ズシン! と大きく足元を踏み鳴らす。
画面越しにしか見た事がなかったあのミノタウルスが目の前にいる。
盛り上がる筋肉にゴツイ斧にエグイ角に。普通なら驚き以上に縮み上がるような相手だろう。
だが、俺ももう探索者として約四か月。
命のやりとりには慣れてしまっているし……それにだ。
「今さら三・五階層相当のモンスターにビビるかよ。【過剰燃焼】の出番もなしだな」
現在、俺の【モーモーパワー】は『八牛力』まで達している。
その質量だけでも大きな武器。
だいぶ前からではあるが、もはや歩くだけでも凶器だった。
そんなパワフルすぎる体で俺の流儀、いや『牛の流儀』で真正面から突っ込む。
太くたくましい腕から振り下ろされるゴツイ岩の斧を、頭に喰らう前に右フックで迎撃、苦もなく叩き砕いた。
そして、二撃目という名のトドメの一撃を。
軸をブラさずに腰を急回転。今度は強烈な左フックを、前のめり気味になっていたミノタウルスの顔面に叩き込んだ。
――切り札のタックルも、ラリアットさえも必要なし。
腕を振るってある程度体重が乗っただけの一発で、顔は大きく窪んで筋骨隆々な体が地面に崩れ落ちた。
中途半端な人型の牛と本物の牛(闘牛)八頭分。
残念ながら、『格』も『階級』も段違いだった。
「や、やっぱり先輩はスゴイ……。あのミノタウルスを簡単に倒すなんて……」
「ホーホゥ。呆けてるなよすぐる。お前もやらなきゃいけないんだぞ」
戦況を見ていたすぐるを、先輩(?)のズク坊がたしなめる。
まあズク坊の言う通り、パーティーを組んだのだから全部俺頼みではダメだからな。
元後輩とはいえ、そこら辺はしっかりしないといけない。
ズク坊はズク坊で非戦闘員ながらも、俺の手助けを借りつつパンクリザードを頑張って狩ったからな。
今や土佐犬……まではいかないが、普通の大型犬よりは普通に強いと思う。
「つっても焦る必要はないさ。実際、すぐるもソロで三層までは行けてたんだしな」
「は、はい。でもやっぱり、これではあの配分だと悪い気が……」
「ん? 金の事か。別にいいって、俺とズク坊が『六割』ですぐるが『四割』で。特に困ってもないしな」
「で、でも先輩……。今の僕の実力だと二割でも多いような気――」
「このバカタレ! バタローはブラック企業ってやつじゃない。後輩は黙って受け取っておけホーホゥ!」
うじうじ言うすぐるに対して、ズク坊が空中旋回からのファバサッ! で頬を叩く。
さらに「だったら強くなれ、強くなるんだホーホゥ!」と、ズク坊が色々と熱い言葉を送って――何とか納得してもらえた。
最低限の先輩後輩関係はあっても、あくまでパーティーっていうのは対等だからな。
とにもかくにも、上手く纏まったのなら早速、先に進むとしよう。
「行くぞ。今日はたっぷりミノタウルス狩りだ!」