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百五十四話 運命再び

更新再開します。

「……行こうか」


 もうすぐ日が沈もうかという夕暮れ時、男はまた一歩踏み出した。

 面接のためのスーツ姿ではなく、人生三度目となる『新人セット』を纏った姿で。


 そんな男が向かうのは、公園内にドンとある巨岩――初心者向けの『横浜の迷宮』ではない。


『上野の迷宮』。


 担当ギルドで装備に着替えて、目指すは住宅街にある二十メートル級の大木の洞。

 初心者など一人もいない、パワー型のモンスターで溢れる上の下レベルの迷宮だった。


 ……だが、男を止める者はいない。いるはずがない。


 探索者として有名ではないために。

 周りの探索者達は、『ある程度の力をつけた、今日が上野デビューの新顔の探索者』としか思わないだろう。


「はは、まさか僕がここにくるなんて……。けど、どうしても『最後は』ここがよかったんだ」


 男の口から無意識に言葉が漏れる。

 ふと見れば足元には、リュックから装備を取り出した時、一緒に出てしまっていた一枚の紙があった。


 履歴書だ。

 つい先日まで送るはずだった、まだ中身は書かれていないが、すでに顔写真だけは貼られていたそれを。


 男はひょいと拾い上げると、一切の躊躇なくグシャグシャにしてしまう。


 そして近くのゴミ箱へ。

 捨てた後も後悔の色は微塵もなく、男の顔はなぎのような穏やかな表情だった。


「――お、見ない顔だな。しかもソロか? だったら気をつけていくんだぞ!」

「ムキになって真っ向勝負にこだわるのはダメだぞー。ウチの迷宮の『ナンバー1』じゃあるまいし、まともにり合ったら危険だからな」

「はい。……ご忠告ありがとうございます」


 と、ふいに話しかけられた二人組に、男はきちんと礼を言う。


 よくある先輩探索者から後輩探索者への助言である。

 それを受け取った男は歩き出し、つい最近、自動開閉式になったばかりのドアを通って探索者ギルドの外へ。


 ……話しかけはしても、やはり男を止める者はいない。

 もし相手の心を読める【読心術】持ちの者がいれば、未然に止められたかもしれないが……。


 こうして誰にも止められなかった一人の新米探索者は。


 晴れやかでもどこか寂しげな表情で、夕日に照らされながら高難度の迷宮へと向かっていった――。


 ◆


「……あれ?」


 男が探索者ギルドを出た、その十数秒ほど前。


 時同じくしてギルド内にいた、自他共に認める上野のナンバー1探索者――迷宮帰りの太郎は不意にそんな声を上げた。


「ホーホゥ? どうしたバタロー」

「もしかして迷宮に忘れ物ですか先輩?」


 急に立ち上がり、出入り口(自動ドア)の一点を見つめて動かない太郎に対して。

 二階の休憩スペース、そこにあるふかふかソファに座っていたズク坊とすぐるが反応した。


 ちなみに残るメンバーの花蓮はというと、日替わり担当で一階の受付カウンターに素材を提出しにいっている。


「あ、いやな。前に俺の大ファンと言ってくれたヤツがここにいてだな……?」


 言って、太郎は腕組みをしながら頭の中が『?』になってしまう。


 自分の大ファンというのがウソ、と疑っているのではない。

 あの時のあの熱量は、太郎がそう感じたように本物だった。


 疑問はなぜ彼がここにいるのか? という点だ。


 詳しい事は知らないが、あの時に少し話をしただけで、

 雰囲気と体つきから、『一般人』だと太郎の第六感は判断していた。


(探索者になるのは別に分かるけど……何でここに? いくら何でも早くないか?)


 太郎はどうにも男が気になってしまう。

 相手は緑子や日菜子のような美女なわけではない。……それでも、初めて面と向かって大ファンだと言ってくれた者だ。


 しかもチラッと見えたその顔が、どことなく『昔の自分』と少し重なったような錯覚を覚えて……。


「……悪い皆。ちょっと先に戻っててくれるか?」


 素材の換金を終えた花蓮が合流したのを待ってから。

 太郎はそう言うと、また急ぎマジックバックから『無顔むがん番の鎧』を取りだした。


「ホーホゥ?」

「せ、先輩?」

「どしたのバタロー。さっき潜ったばかりでしょー?」


 そんな仲間達の疑問の声に、太郎はさっきの男について簡単に話す。


 ちょっと何か気になって心配だと。

 杞憂で終わると思うけど、ファンにもしもの事があったら寝覚めが悪いから確認だけしてくる、と。


「分かりました。そういうわけなら行ってきてください先輩」

「オーケーだよ。じゃあ『クリスマス会』の準備は私達が先にやっておくね!」


 ――そう、クリスマス。

 今日という日は、実は太郎が一年で最も憎む(?)聖夜だった。


 ただ、今年に限ってはそこまで憎んではいない。

 この後に猿吉や花蓮の兄弟達も集まり、パーティーの行きつけである『居酒屋ののすけ』にて、皆でワイワイとクリスマス会をする予定なのだ。


「ホーホゥ。よりによってクリスマスに男のケツを追うとは……。まあ仕方ないか。それなら俺も付き合うぞ」

「サンキューなズク坊。んじゃ、すぐるに花蓮。ウチにいるばるたんを回収して、先に会場に向かっててくれ」

「了解です先輩」

「はいはいー」


 楽しいクリスマス会の準備は二人に任せて、太郎とズク坊はまた『上野の迷宮』に戻る事に。


 もしファンの男が、【モーモーパワー】のような強い【スキル】を得ていても。

 さすがに上野ここは早すぎる上に、ソロではかなり危険が伴うはずだ。


(やれやれ。俺もお節介な先輩探索者になったもんだな)


 一人と一羽はファンの男を追うため、Uターンして迷宮へと戻っていく――。


 ◆


「…………、」


 ただただ静かな時が流れる中、男は一人立っていた。


『上野の迷宮』一層。

 足元には草の絨毯が敷き詰められ、一度に大型トラックが何台も通れそうな巨大な通路を進み、


 男は一層のほぼ中間地点。行き止まりにある最も広大な広場の一つ、探索者達から『巨大ホール』と呼ばれる場所にたどり着いていた。


「ミノタウルスは……結局、一体も遭遇しなかったな」


 力なき新米探索者が出会えば即、られていただろう。

 だから出会わなかったのは『幸運』。普通ならばそう思うはずなのだが……。


「この力を使おうと思っていたのに……。場違いな弱者には興味ないって事なのか?」


 男は自嘲気味に笑う。


 今回が『本当の意味』で最後。

 そう決意していたからこそ、男は『上野の迷宮』に潜ったのだ。


 ここは憧れの探索者のホームの迷宮。

 そんな場所でパンクリザードなどではなく、もっと強いモンスターを倒せたら――と。


「……手前の丁字路まで戻ろうか。なるべく、いや絶対に他の人がいないところで……」


 言って、男が巨大ホールの出入り口に体ごと振り返った瞬間だった。


 ドクン! と男の心臓が跳ね上がる。

 ヘッドライトに照らされた視線の先。巨大ホールから続く巨大通路部に――ズシンズシン! と。


 ミノタウルスとは比べものにならない、『強者』の足音と姿があったからだ。


「あ、いた! おい俺のファン! こんな場所にきたら危ないだろ!?」

「まったく、勇気と無謀を履き違えるんじゃないぞホーホゥ!」


 まるで公園前の歩道で出会ったあの日のように。

 けれど今回は逆で、相手の方から声をかけてきた。


(ど、どうしてここに友葉さんが……!?)


 驚きのあまり、声にならぬ声が男の頭に響き渡る。

 だがその姿は、憧れているからこそ見間違えるはずがなかった。


 ――こうして、恋人達が燃え上がるクリスマスの夜に。


 二人の男の運命は今、迷宮という舞台で再び交差した。

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