閑話九 イケメン探索者はゆく
「準備運動はこれでよし、と。今日もいっぺー採集するんだなあ」
太郎達『迷宮サークル』が『土浦の迷宮』で殴り合いをしていた頃。
同じく東京を離れた探索者、種田猿吉は自分の頬をパン! と叩いて気合いを入れた。
革製の『新人セット』を纏った彼は、太郎と同じマンションで、かつ真上の部屋に住むご近所さん。
そして太郎が唯一、心を許した超イケメン&方言丸出しの探索者だ。
「それでは失礼しますんだなあ」
猿吉はソロの探索者でパーティーは組んでいない。
彼の特徴からして必要なければ、むしろ凄腕の誰が組んでも邪魔になってしまう。
【スキル:迷宮の住人】。
そのかなり特殊な能力を披露するように、猿吉は一人迷宮内を進む。
一層のモンスターを幾度となく『完全スル―』。
全く攻撃対象にならず、同じ仲間だと『完全誤認』。
結果、戦闘の『せ』の字もないままに。
他の戦闘中だった探索者パーティーを追い抜き、ずっと丸腰状態でひたすら歩くだけである。
そんな猿吉が東京から北西へと移動して、今潜っているのは長野県の『松本の迷宮』だ。
「本当に楽しみだべ。採集専門の探索者として、オラも一度は訪れてみたかったんだなあ!」
猿吉がこうしてテンションが上がるのも無理はない。
なぜならここ『松本の迷宮』は、『世界採集系迷宮・十二選』に選ばれているのだから。
ミスリルやアダマンタイトなどの希少金属を筆頭に、
医療現場で大活躍の多くの薬草類や、セレブ御用達の珍味(キノコ)なども存在している。
……しかし、何も良質な採集系迷宮は松本だけではない。
『長野』に『諏訪』に『飯山』に。
摩訶不思議な迷宮ゆえに理由は不明だが、長野県には多くの良質な採集系迷宮が集まっているのだ。
「迷宮の神様がオラを呼んだんだべ。――猿吉よ、採集専門なら本場のとこさ来い! と」
『採集するなら信州にいけ』。日本の迷宮業界では有名な格言である。
だから猿吉は力強い足取りで進む。
もう一つの【スキル:無尽蔵体力】の助けもあり、一層、二層、三層と次々と踏破。
第一採集ポイントの四層で、目当ての『月光草』を採集する。
さらに休まず五、六、七層――と下へと潜っていき、ホームの上野にもいるレーザー目玉こと、エビルアイが待つ十層に到達。
やはり一度の戦闘もなく、いくつかの採掘部屋にあった『マジックナイト鉱石』をたんまりといただいた。
『ある意味、モン吉は最強の探索者だぞホーホゥ!』。
かつてズク坊がそう評したように、猿吉はかすり傷一つ負わずに仕事を全うする。
新米探索者と同程度の身体能力しかなくても。
思いきり背中を見せた隙だらけの状態でも。
強力で凶悪なモンスター達は、採集する人間(獲物)に対して見向きもしない。
「よっこいしょと。うんと採れたし、松本はもうこれくらいにしておくんだなあ」
麻袋型のマジックバックに素材を入れた猿吉は、うろつくエビルアイの近くでしばし休憩。
「おめーは本当におっかねー顔をしてるんだなあ」と言いながら、
水筒に入れた手作り野菜ジュース(仕送りの野菜を使用)をゴクゴクと飲む。
行こうと思えば最下層までも余裕で行ける。
だが、あくまでも採集するのはギルドに頼まれていた素材のみ。
猿吉は体力ゲージが満タンのまま、下層には向かわずに地上へと戻っていった。
◆
「――お疲れ様です。さすがは『平和の探索者』、迅速で素晴らしい成果ですね」
「あ、あはは……。まあぼちぼちだべ。あと異名で呼ばれるのはちょこっと恥ずかしいんだなあ」
『松本の迷宮』を出た猿吉は、担当の探索者ギルドで頼まれていた素材を提出。
最近ついた自身の異名に照れつつ、およそ五百万のお金(振り込み)を受け取った。
猿吉の長野への遠征はこれで終わり……ではない。
むしろ始まりである。
長野県は質の高い採集系迷宮の宝庫。今回の遠征はずばり、そのうちのいくつかに潜るためだった。
「今日はとりあえずもうホテルに帰っぺ。しっかり休んで明日からまた潜るんだなあ」
言って、猿吉はつけっぱなしだった『新人セット』を外すと、探索者ギルドが親切で取ってくれていたホテルに戻る。
部屋で一時間ほどのんびりした後、夕食を取るために松本の街へ。
すれ違う女子高生の集団にキャーキャー言われながら、自分を知っていた女子達とは握手をしてあげながら、
心までイケメンな猿吉は、美味しいと評判の地元のお店を何件もハシゴして堪能した。
初日の今日は『松本の迷宮』へ。
翌日は『諏訪の迷宮』へ。
そのまた翌日は『長野の迷宮』へ。
続く四日目は『飯山の迷宮』へ。
どれも個性の違う採集系迷宮に――猿吉は一日一迷宮、無傷で無敵で完全スル―で潜っていく。
「……あ、そうだ。せっかく飯山まできたから野沢温泉に行くべ。オラもよぐ働いたから疲れを取りたいし、ばるたんに野沢菜漬けを買っていってあげるんだなあ」
遠征の目的を達成した猿吉は、一日延長してそのまま北上。
湯に浸かって体を休めて、一人で温泉街の観光を楽しんだ。
そうして全ての予定を終えた猿吉は帰路につく。
ばるたんの野沢菜漬け以外にも、太郎とズク坊に信州和牛も購入。
マジックバックに収納して、新幹線で東京へと戻っていった。
……ちなみに、余談ではあるが。
今回の遠征において、猿吉に見惚れていた、または声をかけた女子の数は『百人超』。
採集専門の探索者としてもモテ男としても。
あの太郎でさえも笑うしかないほどに、彼の右に出る者はいなかった。
次の話から、また○○編みたいな感じになります。
ただ今回はちょっと短めな予定です。
あと基本は第三視点となるので、今までと少し違う感じ? かもしれません。
上手く書けるかはわかりませんが(汗)、キャラも含めてこんな感じに書きたいなあ……と思っています。




