百四十九話 拳で語れ
「よっしゃ、もっと打ち込んでこいやッ!」
『土浦の迷宮』二十二層にて、ボックスチャンプフロッグとの戦いが始まった。
花蓮がモンスターと心を同調させるため、まず弱らせるべく俺とスラポンの前衛二枚が立ち塞がる。
そして激突。
名前でもう分かっていると思うが、コイツの武器はボクサー顔負けのパンチだ。
やたら発達して黒く変色した拳を握り、腰の入った威力抜群の右ストレートを放ってきていた。
ドドドドン――ッ!
しかも『連打』である。
一発一発が重い必殺の一撃を、まるでジャブのように使ってきている。
「ッ、さすがは『指名首』か! なかなか良いもの持ってるじゃねえの!」
一方、俺はガードを上げての防御態勢だ。
別に避けられなくはない。
ただリーチとハンドスピードを考えれば、下手に避けるよりガードしてしまった方が楽だからな。
ちなみに、俺は通常の四十四牛力のままで、【過剰燃焼】は使っていない。
常時発動している『全身蹄化』と、頼れる億超え装備の『無顔番の鎧』。
この防御セットがあるから、衝撃こそ普通にあるものの、ダメージはほぼないに等しかった。
『ポニョーン』
と、ここで右隣にいたスラポンが仕掛けた。
『生命吸収』のために青い巨体をぐにゅん! と伸ばして、ボックスチャンプフロッグの体を捕まえようとする。
ゲコォオッ!
しかし、やはりそこは『指名首』でバリバリの前衛アタッカー、いや『名チャンピオン』か。
瞬間移動みたいな、擦り足の華麗なバックステップで回避。
その動作中にもお返しにと、左フックのカウンターが炸裂。
直撃を受けたスラポンの体は、伸びた部分が薄くなっていた事もあり、バチン! と大きく弾かれてしまう。
「ホーホゥ。良い攻撃だ! 硬すぎるバタローはまあ例外としても……。成長限界に達したスラポンがあんなになるとは驚きだぞホーホゥ!」
「ですねズク坊先輩! 何というパンチ力でしょうか!」
「さすがは従魔候補ちゃんだね! でも、私のスラポンはあの程度の打撃なら余裕余裕っ!」
後方で観戦している皆の興奮気味な声が耳に届く。
……うん、まあその気持ちは分かるぞ。
実際、俺もテンションが上がったから、こうして前衛だけの戦いを提案したわけだしな。
男同士の殴り合い。
相手のファイトスタイルゆえに、俺もついつい良くも悪くも熱くなっている。
「ぬおおッ!」
十発ほど受けてパンチ力は分かった。
だから今度はこっちから、気合いを入れて打ち返させてもらおう。
タックルとラリアットは封印。『闘牛気(赤)』も『牛力調整』も使わない。
ジムで地道に磨き続けた打撃のみ。
ハンドスピードもキレも相手には負けるが、破壊力の一点だけなら勝っている。
「ぬおおッ!?」
――が、これが思った以上に『当たらない』。
繰り出すパンチ全てが、スウェーやダッキングで避けられて空を切り――腕を戻す前に二、三発ほど被弾してしまう。
「ぐッ!? やっぱり実力差はあるか。酷いくらいの階級差があっても、そりゃ当たらなきゃ意味ないよな!」
ただ、だからといって止めはしないが。
打たれ強さを前面に、パンチをもらいながらも前進。
相手のリーチを潰すべく距離を詰め、ロープの代わりに上手く壁際まで追い込んでいく。
上がダメなら下だ。的も大きくなるからな。
今までよりも深く踏み込み、上体を倒しながら右の拳を突き出す。
ドウン!
重いボディストレートがボックスチャンプフロッグの腹へ。
少し避けられたので急所ではない。それでも威力のままにダメージを与えて、相手はたまらず膝を折ってダウンする。
「フッ、どうだ! 俺の華麗な上下の打ち分け!」
……おそらく、いや絶対か。
格闘技の師匠である葵さんが聞いたら、その程度で調子に乗るな! と怒られるだろうが……まあいいだろう。
とにかく一発入った。
俺は一旦、スラポンを下げて自分も距離を取り、ダウンから立ち直る時間を与える。
この最初の一戦は倒すのが目的ではない。
シンクロのほかに、ボックスチャンプフロッグの能力を直に把握する意味もあるからな。
ゲコォオオ……ッ!
「お、早くも立ち上がってきたか。……なるほど、打たれ強さもあるみたいだな」
しっかりとガードを上げて、攻撃的なカエルの目で一睨み。
俺が一度あけた距離を、あっちの方からじりじりと距離を詰めてくる。
ダウンを奪われた直後でも強気。
さすがは魔物か、一流ボクサーにも負けないメンタル面(闘争心?)の強さだ。
「さあこい! お前の本気を――【スキル】を使ってこんかい!」
『指名首』=【スキル持ち】。
持っている手札を全て晒しやがれ! と、人の言葉が分からない魔物に魂の声を叩きつけた。
そんな俺の思いが通じたのか、ボックスチャンプフロッグの構えと雰囲気がガラリと変わる。
ボクサー特有の半身の構えから、空手の正拳突きみたいな正対する構えに。
醸し出す雰囲気は重々しさを増して、二つ三つ階級でも上がったのかと錯覚するほどだ。
そしてズンズンと、俺を射程に入れた瞬間。
ズドドドド――ッ!
ボックスチャンプフロッグの真骨頂、爆発的なラッシュが襲う。
さらにそこへ【閃光連打】が発動した事で回転力が大幅アップ。
重戦士で牛な俺の体が、サンドバッグみたいに一方的に叩き込まれる。
「ぐ! 何ちゅうラッシュだ反応できん……!?」
……さすがにコレは蓄積ダメージがありそうだからな。
密かに【過剰燃焼】を発動していた俺は、倍の八十八牛力の体で耐える。
これならば鎧の防御力もあって問題なし。
無事に耐え切った後はすかさず懐に潜り込み、飛び上がりながらのカエルパンチ(アッパー)を叩き込む。
ただ、思いきり当てると一撃KOが濃厚なので、
拳は握らずブラブラさせたまま、手打ちな感じでアゴを打ち抜いた。
ゲ、コォ……!
結果は予想通りだ。
八十八牛力(推定体重七十・六トン)で階級差がさらに広がり、今度は急所であるアゴだったために。
ボックスチャンプフロッグはたまらず二度目のダウン。
フラフラになった足で二メートル半の巨体を支えきれず、ゆっくり後方へと倒れていった。
「よし花蓮。これならシンクロに入れるんじゃないか?」
「待ってましたっ! サンキューだよバタロー!」
興奮気味な花蓮が叫び、俺を追い越してボックスチャンプフロッグの方へ。
さて、果たしてどうなる事やら。
せっかく拳を交えた相手だから、我らが従魔師と性格が合えばいいのだが……。
と、そう思った直後。
花蓮が深緑色の体に触れた瞬間、パァアアアン! と迷宮内に響く大きな炸裂音が。
つまりはシンクロ失敗の合図。
残念ながら、一体目で都合良くシンクロ成功とはならなかった。
「どっひゃー!? 何と! あの熱い戦いをした子が……私と性格が合わないなんてっ!?」
そのすぐ後、花蓮の心からの悲鳴が響き渡りましたとさ。
◆◇ ◆
一体目に失敗したので、しっかり倒して経験値に変えた俺。
種族としての力は大体把握できた。
あとは花蓮のシンクロを成功させるべく、どんどん他の個体にアタックしていくだけ。
「焦らず地道にやっていきますか。何せ相手は『指名首』だからな」
ガルポン(ガルーダ)でもシンクロ成功まで『十九回』もかかったのだ。
それより格上のモンスターなら、まずそのくらいかかるだろう。
「ホーホゥ。よし、次はあっちだ。二体で固まってるのがいるぞ」
索敵担当のズク坊により、再び従魔ゲット作戦を開始。
索敵からの遭遇、からの体力削り、からのシンクロを試みるといったループを、成功するまで続けていく。
――そうして、合計二十三体、二十三ラウンド(?)。
休憩を挟みながら二十三回、ボックスチャンプフロッグを迷宮というマットに沈めた後。
迎えた『二十四体目』。
俺とスラポンは壁役に徹し、中衛&後衛組で遠くから攻撃を仕掛けた個体に。
すぐるの『火炎爆撃』とガルポンの『小竜巻』が同時直撃し、ダウンしたところに花蓮がタッチ。
ゴツくて黒い拳に、コツンと拳をぶつける形が良かったのだろうか。
炸裂音は鳴らずに、代わりに成功の証である『眩い光』がボックスチャンプフロッグの体から発された。
「おおっ、成功だ!」
「やったぞホーホゥ!」
「つ、ついに『指名首』が仲間に……!」
『ポニョーン』
『キュルルゥ!』
『クルォオオ!』
その光景を固唾を飲んで見守っていた、花蓮を除く俺達パーティーメンバーが一斉に声を上げる。
対して花蓮は、中三女子な見た目に似合わぬ、某世紀末漫画のラスボスみたいな感じで。
俺達には背中を向けたまま右腕一本を突き上げて、
「やったよー! 記念すべき花蓮モンスター図鑑の四体目っ!」
と叫び、ダウンから起き上がったばかりの手負いのボックスチャンプフロッグに抱きついた。
まさに喜び爆発だ。
抱きつかれたボックスチャンプフロッグも、ダメージがある状態でもどことなく嬉しそうな顔をしている。
……とういか、いい加減ボックスチャンプフロッグって呼ぶの長いよな。
ボックスチャンプフロッグだから……フロポンか? いやチャンポンという線もあり得なくはないな。
……なんて勝手に推測していたら。
花蓮は鼻息荒く、新たな仲間のおでこをよしよしと撫でながら。
おっほん! とせき払いを一つ、満面の笑みでこう言った。
「ようこそ『迷宮サークル』へ! 私の可愛い四体目の従魔――『ケロポン』っ!」
モンスターの使うスキル名にめちゃくちゃ悩んで投稿。……〇〇ポンは二秒で決まったのに。