十六話 新生活の始まり
「――ふう、俺もついに社会人……か」
約三か月の月日が経った。
年が明けてからは、新たな【スキル】を得るなどさらに軌道に乗った探索者生活。
お金稼ぎや自分のレベルアップはもちろん、一層でズク坊を鍛えたり、負傷していた『まさかの人物』を助けたりと色々な事を経験していった。
大学の方はきちんと卒論を発表・提出し、研究室の仲間全員が無事に卒業する事ができた。
結局、俺一人だけ内定を取れずじまいだったが……就活自体を諦めていたからな。
だから全く気にしていない。
普通にハイテンションで皆と沖縄へ卒業旅行に行き(ズク坊はお留守番)、気分をリフレッシュできた。
で、その次に取りかかったのが、何よりも重要であろう親の説得だ。
内定を取らずに卒業したので、俺が進むのは危険な探索者の道。
実家がある群馬に帰り、居間で緊張の親子面談をして説得を開始。
これまでの稼ぎや特定探索者に認められた現状を伝える事から始まり、
今まで通りリスクを冒さない探索をする事(これは口約束かも)、
安全のために信頼できる仲間を探してパーティーを組む事、
大ケガを負ったら辞めて普通に就職する事(これは口約束だ)で納得してもらえた。
……まあ、俺の説得力と誠意で納得させたみたいに聞こえるが、ほぼズク坊のおかげだけどな。
最初こそ喋るズク坊を見て驚いていたものの……。
そのミミズクらしからぬしっかりさと、ミミズクらしい可愛さを前に、すっかり骨抜きにされて満面の笑みになっていたのだ。
まるで初孫でも見るみたいに、二人して夢中でお喋りしながら撫で回していた。
たださあ父ちゃん母ちゃんよ……。
せっかく息子が帰省したのに、無視して溺愛するのはどうかと思うぞ?
そんなこんながあって、四年続いたアホ大学生生活も終わり。
これからは『正式な職業』として、本格的に探索者をやっていこう。
◆
が、その前に。
俺は四月を迎える前に、とある場所に足を運んでいた。
「四年ぶりか。一人暮らしだから荷物が少なくて助かるな」
まだ少し寒い風が吹く春空の下、俺はマジックバッグを背負い右肩にズク坊を乗せてドアの前に立つ。
そうして真新しい鍵でガチャリと、ドアを開けて中へと入った。
――ここは俺とズク坊の新たな住居、探索者生活を再スタートさせる場所だ。
四年間お世話になった横浜のアパートを引き払い、俺の名義で借りたマンションである。
場所は上野にある、普通の新卒からしたら少しお高めな十階建ての三階の角部屋。
オートロックで玄関も広く、バストイレ別(追い焚き機能とウォシュレット付き!)の1LDKのキレイな部屋だ。
そして当然、何よりも重要な『ペット可』である。
「ホーホゥ。これでやっと俺も堂々と出入りできるのか」
「そういう事。まあ、変わらず外ではお口チャックだけどな」
「もちろんさ。ホーホゥ。俺も誘拐されたくはないからな」
右肩から飛び立ち、まだ家具が置かれていない部屋の中をくるくると飛び回るズク坊。
そんな相棒を微笑ましく見ながら、俺はマジックバッグから次々と荷物を取り出した。
別に素材でなくともマジックバッグは有用だからな。
容量三百Lを誇るマジックバッグを使い、二回も往復すれば一人暮らしの荷物を運ぶのに業者は必要なかった。
テレビにゲームにマンガに服に。
ベッドなど入らない大きな家具類は、全て買い替えてこの後に届く予定である。
「稼ぎも貯金もたくさんあるのに引っ越しは自力……。バタローはドケチ隊隊員だぞホーホゥ!」
「そこはやりくり上手と言いなさいズク坊君。あと昼の情報番組の見すぎです」
たしかに、こうして良い部屋を借りて分かる通り、資金面には余裕がある。
『横浜の迷宮』では六層に下りて、より稼げる『ワイルドタイガー』を狩って一度の探索で三十万は稼ぐ。
百万以上あった貯金の方もさらに増えて……まあ、そこら辺はご想像にお任せします。
とはいえ、だ。それも家を移した今日で終わりだけどな。
「『上野の迷宮』――か」
窓の外に咲く控えめな桜を眺めつつ、俺は呟く。
俺が上野のマンションに越してきた理由、それは『上野の迷宮』に挑むためだ。
初心者向けの慣れ親しんだ『横浜の迷宮』は卒業、最下層の八層までは下りずに次の迷宮へ。
一時は攻略を目標にしていたが軌道修正。
これは逃げではなく、ごく一般的な『ステップアップ』なのだ。
あ、そうそう。
『横浜の迷宮』の探索者ギルドから支援を受けているのに浮気していいのか? という疑問なら問題ない。
探索者ギルドは国の運営。別会社というわけでもなく、横のつながりがあるからな。
なので、迷宮に潜って素材を持って帰りさえすれば大丈夫。
マジックバッグも返却しなくてよく、回復薬が減れば上野の探索者ギルドで補充してもらえる。
「ホーホゥ。まあお楽しみは明日からだな」
「おう。今日は家の仕事が色々あるしな」
「の……前に? ホーホゥ。『例のアレ』で軽く昼食にするぞバタロー!」
「はいはい。ちょい待ってろ」
ズク坊がまだ何もないキッチンに乗り、急かして言うので俺はマジックバッグからあるものを取り出す。
二人分のイチゴ大福に手作りバナナシェイク。
数々の人間の料理を食べて舌が肥えた、我が相棒ズク坊の大好物である。
それを床の上で食べて食後の休憩を取った後、家具が届いたので作業開始。
ズク坊とあーだこーだ言いながら配置にこだわって設置し、簡単に掃除も行っていく。
そうして、何やかんや夕方まで作業をしたところで。
迷宮での身体能力上昇のおかげで疲れ知らずな俺は、ズク坊を留守番させて近所の大型スーパーに向かう。
「とりあえず、今日は引っ越し祝いですき焼きにするか!」