百四十六話 ばるたんに【スキル】を(2)
「……んー、どうしたもんかな……うーむ」
「むむぅ、これは……たしかにです。どうなんですかね先輩?」
ばるたんの【スキル】の一枠目を埋めて、二つ目の候補を探し続けていたら。
新たに出現した【スキルボックス】を見て、俺はすぐるを呼び寄せて、二人してその前で唸っていた。
……いや、中身自体はいいんだぞ?
さっきの【重石】とはまた違ったタイプで、俺自身も欲しくないと言えばウソになるものだ。
そんな感じで俺達を悩ます、出現した【スキル】の中身というのがこちら。
【スキル:透明人間】
『全身を透明化する。透明度は常に百%。持続時間のみ熟練度に依存する』
直接の戦闘力は皆無にしろ、誘拐対策においてその有用性は高いだろう。
そして男子諸君ならば――この【スキル】の『価値の高さ』に一瞬できづくはずだッ!
「オッホン! ……けど、だからこそ『習得禁止』なんだよなあ」
俺とすぐるを悩ませるのは、これが【習得禁止スキル】だからだ。
文字通り取ってはいけない【スキル】の事で、半年に一度開かれるという『探索者ギルド会議』で正式に決定されている。
他にも例を上げるとするなら、
『悪魔の探索者』こと稲垣が持っていた【悪血】とか、あとは【魅了眼】や【百面相】などなど。
犯罪につながったり、使われたら厄介なものが習得禁止になっている。
【スキル】は分かっているものでも八百以上。モンスターよりも種類が多いとされているからな。
これはオーケーなのか? と曖昧な部分もあるのが問題にもなっているが……。
とにかく、もしその【習得禁止スキル】を手にしてしまったら?
行動監視のためにGPSを体に埋められるか、その人物によっては最悪、『迷宮刑務所』行きになる。
「しかし先輩。アレはあくまで人間に関してですし、喋るといってもばるたんはザリガニです」
「……だよな。人間はアウトでも、その他の生物については……どうなんだ?」
果たしてザリガニのばるたんは取っていいのだろうか。
何となく大丈夫な気もするが……ええい、ままよ!
「よし、ハイ。ズク坊とばるたんを呼ぼう」
「ふおっ!? 悩んでたのがウソのような即決ですね先輩。まるでばるたんに【人語スキル】を与えた時のようです!」
と、すぐるは驚いてくるも、特に止めてくる様子はなし。
まあ、もしダメだとしても、ばるたんが『迷宮刑務所』に入れられる事はないだろうしな。
誘拐対策でGPSはもう入っているし、習得しちゃっても大丈夫でしょう!
――ピィーヒョロロォオオーーーン。
透き通るような二度目の『心音の魔笛』の音が響く。
そこからまた三十秒ほどの静寂を待てば、「ホーホゥー!」「うおおおー!」という声が遠くから聞こえてくる。
「ううむ、改めて考えると羨まし……って、いかんいかん! 俺は紳士だ。邪な気持ちなど欠片もないはずだッ!」
「せ、先輩落ちついてください! 口と脚の動きが正反対です!? その超重量で地団駄を踏まれたら震動がエグイですから……!」
……そんな無意識な俺(震源)とすぐるのやりとりの後。
大きな曲がり角の向こうから、柱の松明に照らされたズク坊とばるたんの姿が現れた。
◆
「ほう、面白そうだな。気にする必要は全くない――いってやろうじゃねえか!」
結論から言おう。
ばるたんは俺以上に即決で、一切の迷いなく【透明人間】を取った。
そして間髪入れずに発動。
一体どうなるかと思っていたら、徐々に空間に溶けるように、ススーッと真っ赤な体が消えていく。
「「おおー!」」
「ホーホゥ!」
さすがは【透明人間】、いやこの場合は透明ザリガニか。
俺達がいくら目を細めても見開いても、ばるたんの姿は全く確認できない。
「……本当にバタロー達には見えてねえのか。自分で見ると『半透明』だから、鋏の位置とかもきっちり分かるけどな」
「へえ、習得者本人はそんな感じなのか」
「おうよ。これで【重石】と合わせりゃ、不届きな誘拐犯も大困惑確定だな」
言いながら……ばるたんはしれっと動いたらしい。
姿は見えないまま、カチカチ! と。
聞き慣れた声と鋏の音が、さっきとは違うあたりから聞こえてきた。
……うむ。これならまず捕まらないだろうな。
人間が得る情報は、視覚からの情報量で九十パーセントを占めるらしい。
誘拐するにしても、それが封じられれば相手はどうにもならないはずだ。
「――けど、甘いぞばるたん!」
「な、何ッ!?」
俺は『視覚的には』何もない空間に左手を伸ばす。
しっかり【モーモーパワー】はオフにして、その伸ばした左手はピンポイントでばるたんに当たり――そのままガシッ! と胴体部分を掴んだ。
「バカな!? たしかに発動して……なぜ分かったバタロー!」
「ホーホゥ? 何だ何だ。バタローはばるたんを捕まえたのか!?」
紅白コンビが騒ぎ出す。
右肩の上のズク坊は小首を傾げ、左手に掴まれたばるたんは【透明人間】を解いたらしく、
ススーッと、今度は逆にその真っ赤な体を無から現してきた。
「ふっふっふ。達人の俺にかかれば『心の目』で――ってのは冗談として。多分、探索者として鍛えられた『気配察知』的なものだろうな」
「す、スゴイですね先輩……。僕は本当に何となくしか分からなかったですよ」
「まあ、そこは俺の方が探索者歴も長いしな」
軽く胸を張って答えて、俺はばるたんを二本角の兜の上に乗せる。
……とはいえ、だ。
今はこうして俺があっさり捕まえたものの、まず一般人には無理な芸当だろう。
ズク坊の【気配遮断】があれば、ばるたんの姿隠しは完璧なものになるが……。
【重石】と【透明人間】の二つがあるなら、これはこれで安全性はかなりアップだ。
「さて、んじゃ【スキル】も二枠揃えたから戻るとするか。ばるたんはまた先にズク坊と飛んでいくか?」
「いや、何か【スキル】を持って少しだけ自信がついたぞ。今回だけはバタロー達と一緒にゆっくり帰ろうじゃねえか」
「了解。じゃあそのまま兜に乗っててくれ。……あ、【モーモーパワー】で俺がパワフルだからって、【重石】だけは使っちゃダメだぞ?」
「フッ、当たりめえだ。重石攻撃は誘拐犯にでも取っておくさ!」
こうして任務(?)を終えた俺達は、人工的で【スキルボックス祭り】中の『福岡第二の迷宮』を戻っていく。
全てを一層で完結させたので、いつもと比べれば散歩程度な移動距離だ。
『DRT』の建物(元探索者ギルド)で隊長さんに『心音の魔笛』を返却した後、すぐにギルド総長の柳さんに電話で結果を報告した。
その際、【習得禁止スキル】について怒られるかも? という心配は杞憂に終わる。
ザリガニなら『特例』でオーケー。あと一応、念のためこの件は内緒にするとまで言ってくれた。
……ただ、怒られはしなかったものの、
電話口のギルド総長は、年甲斐もなく悔しそうな声でこう言った。
『まさか【透明人間】とは……! くそっ、それは男の夢――羨ましいぞばるたん!』
というわけで、ばるたんには【重石】と【透明人間】を採用しました。
非戦闘系だからめちゃくちゃ悩んだ……(小声)。