百四十四話 人が造りし迷宮?
「んじゃ、出発しますかね」
パーティー会議&ギルド総長からの電話の翌日。
弟や妹がいる花蓮を除いて、俺、ズク坊、ばるたん、すぐるの四人は、目的の福岡を目指すべく、東京駅のホームに立っていた。
……え? 何で東京から福岡なのに飛行機を使わないんだって?
そりゃもちろん、ズク坊からの猛抗議があったからだ。
ただでさえ鳥かごに入るのは嫌なのに、飛行機だと貨物室行きになるからな。
本当に嫌そうだったので、移動は新幹線になったというわけだ。
「大人しくしてるんだぞ。長旅だからってペラペラ喋ったら、興味本位で人が寄ってくるかもしれないし」
「ホーホゥ。大丈夫だって。バナナシェイクとイチゴ大福があるから我慢はするぞ……なあ、すぐる?」
「はいズク坊先輩。きちんと買ってきてありますので」
すでに鳥かごの中でスタンバイしているズク坊の声に。
すぐるが買ってきていたイチゴ大福(有名行列店のやつ)の袋を掲げる。
ちなみにもう一つのバナナシェイクは、家を出る前に俺が作ったいつもの手作りのものである。
「そのセットはズク坊の大好物だからな。俺はまあ、本でも読んでゆったり過ごすか」
一方、今回の主役のばるたんはと言うと。
俺が肩から提げた大きめの鞄の中に、真っ赤な四十センチ超の体をすっぽりと収めている。
「ばるたんは見られないように気をつけないとな。新幹線にザリガニを連れ込んでるのがバレたら、どっかのオジさんに怒られるかもしれないし」
「だな。まあそこら辺は仕方ねえさ。うっかり鋏と触角が出ねえように気をつけるか」
言って、ばるたんはひょい、と完全に鞄の中に隠れる。
というわけで、ズク坊は大人しく、ばるたんは隠れたまま。
掃除などの準備が終わってドアが開いたところで、いざ新幹線の中へ。
幸い平日だからかそんなに混んでおらず……スムーズにすぐると共にグリーン車へと乗車。
即座に荷物やら何やらで『ばるたん隠し』の工作を行い、通路側からの視線を遮った。
……よしよし、これでほぼ心配はなさそうだな。
俺達はゆっくりまったりと、『自宅警備員強化』のために一路福岡を目指す。
◆
長い列車旅を終えて、俺達『迷宮サークル』は初の九州上陸、福岡の地に立った。
そして、博多駅構内の美味しそうなお土産店の誘惑にも負けずに。
真っすぐ向かってやってきたのは――もちろん『福岡第二の迷宮』だ。
「ふむ、なるほどな。『第一』の方が空港近くで、『第二』の方が駅の近くってか。……たしかに距離はあまり離れてないな」
「ホーホゥ。んで第一がメインで、第二は本当に『DRT』の訓練にしか使われてないんだな」
長時間の鳥かごから解放されたズク坊が、肩の上でファバサァと翼を広げる。
博多駅から約二キロ。
運動がてら徒歩で移動した俺達が今いるのは、迷宮の目と鼻の先にある『DRT』の建物だ。
といっても、受付カウンターとかが普通にあるからな。
いわゆる探索者ギルドと全く同じ造りなのは、元は探索者達のために建てられたからだろう。
使うのは本当に『DRT』の隊員だけ。
こうなった理由はいくつかあるらしいが……やはり一番は『稼げない』からだ。
ギルド総長の柳さんに教えてもらったところ、
ここ『福岡第二の迷宮』は、モンスターの強さ(危険度)の割に得られる素材が安すぎるとの事だった。
「遠いところご苦労様です友葉さん。今日も【スキルボックス】はザクザク出て――というか、むしろ出現率は上がっているくらいです。厳選するにはベストな環境かと」
「おお、そうなんですか。こりゃ楽しみですね」
ギルド総長から連絡があったのか、建物に入ると隊員の一人が握手と共に迎えてくれる。
これでも一応、迷宮業界ではかなり有名だからな。
俺を見た他の迷宮帰りと思われる、自衛隊服の隊員達(むさい野郎共とも言う)にも、次から次へと握手を求められた。
その際、『門番地獄』の件についてのお褒めの言葉の数々まで。
彼らもプライドはあるだろうが、年下の俺を認めてくれている感じが伝わってきた。
「ほほう、人気も知名度もあるじゃねえかバタロー。自宅警備員として俺も鼻が高いぞ」
と、頭の上でその光景を見ていたばるたんが、鋏をカチカチ! させて誇らしそうに言う。
たしかにそうだが……ばるたんよ。
ぶっちゃけ男からの支持や人気よりも、俺は女性人気の方が喉から手が出るほど欲しいのですよ……ッ!
「どうしたんです先輩? 震えてないで早くいきましょう。『福岡第二の迷宮』――【スキルボックス祭り】へ!」
「お、おう。……ただすぐる、ちょっとその前に」
やる気満々のすぐるを制し、俺は再び『DRT』の隊員達の方へ。
相手はここの部隊の隊長さんだ。
戦う男の雰囲気はあっても、優しげな顔で話かけやすそうな三十代半ばくらいの人である。
「あの隊長さん。ちょっとよろしいですか?」
「うん? 何だい友葉君?」
「えっとですね。これから早速、潜ろうと思うのですが実は――」
俺はダメ元で『あるもの』のレンタルを頼んだ。
対して隊長は快くオーケーしてくれる。
部下に奥の部屋へと取りにいかせて、その『あるもの』を貸し出してくれた。
とりあえず前準備はこれでよし。
俺達はその場で装備に着替えて、いざ『福岡第二の迷宮』に挑む。
◆
「……うおお。これは逆に不気味な印象を受けるな……」
「ですね先輩。こういうタイプの迷宮を実物で見るのは初めてです」
『福岡第二の迷宮』に足を踏み入れた。
いつも通りに地上からの階段を下りていくと、目の前に広がっていたのは驚きの光景だ。
あ、その前に一つだけ。
実際に迷宮に足を踏み入れたのは、俺とすぐるの人間組だけだ。
ばるたんは迷宮嫌いだからな。
なるべく迷宮での滞在時間が少ない方法、俺の考えた『秘策』のため、ズク坊と一緒に地上の出入り口で待機している。
――で、迷宮の方の説明に戻ると、
ここ『福岡第二の迷宮』は、一言で表すと『人工的』だった。
足元はまさかの石畳で、これまでのように剥き出しの地面や雑草の絨毯ではない。
壁と天井もキレイに石が積まれている事で、アーチを描いたトンネルみたいな感じになっている。
それに加えて、立派な石柱。
壁際両サイドに五メートルほどの等間隔で立っていて、かつ柱の途中に、揺ら揺らと燃える松明までセットされていた。
……迷宮の神様って人間なのか?
もはや自然の迷宮というよりも、神殿か何かの『地下通路』の様相だぞ。
「何だか変にそわそわするな……。出入り口は『道路脇の巨岩』とスタンダードだったのに……中はだいぶ個性的だぞ」
とはいえ、そのうち慣れるだろうな。
俺達は人工的な造りに面食らったものの、すぐに気持ちを集中し直す。
新しい鎧の『無顔番の鎧』を纏い、ズシンズシン! と四十四牛力(推定体重『三十五・二トン』)で石畳を踏み砕いていけば――。
「いました先輩。『サンドモンキー』です」
柱に松明があって明るいので、火ダルマではない通常のすぐるが前方を指差す。
見ればちょうど緩やかな曲がり角の始まりあたりに、一層のモンスターが二体、待ち構えていた。
「おっ、出たな初対戦モンスターめ。たしかアレだろ? 倒したそばから砂になって『全く金にならない』やつか」
現れたのは、モンキーと呼ぶには少し大きい一メートル半の猿型のモンスターだ。
黄土色の毛並みで一見、砂には見えない。
だが死ぬと同時、体が砂になって崩れるという、素材価値ゼロの衝撃モンスターだ。
にもかかわらず、一層のモンスターとしては結構、強い。
おまけに一層からいきなり二体と複数行動だ。
『福岡第二の迷宮』が上の下クラスに分類されているのもうなずける。
「だから『DRT』の訓練場になってるのか。探索者に不人気ならモンスターの取り合いも起こらないし――おりゃッ!」
ベラベラと喋ったまま、『牛力調整』からの『高速闘牛ラリアット』をかます俺。
強いと言っても所詮は一層モンスター。
『門番』を撃破した俺達の敵ではなく、当たった瞬間に爆散して砂となって周囲に飛び散る。
うむ。予想していた通り瞬殺だな。
せっかくだからズク坊と特訓して完成させたという、すぐるのレベル7の【火魔術】の『獄炎柱』を見ようと思ったが……オーバーキルすぎてもったいないか。
「『三本の火矢』!」
と思っていたら、すぐるが残りの一体を同じく瞬殺。
ジャブ程度の最速の魔術を放ち、猿から砂の塊へと変えた。
「「――あ!」」
普通ならここで終わりだっただろう。
ところがどっこい、わざわざ福岡まで足を運んだ理由が――早くも俺達の前に顔を出す。
もはや説明不要。
お馴染みの青白い光の六面体の【スキルボックス】が、すぐるが倒した個体から宙に現れたのだ。
信じてはいたが、どうやら大量出現の件は偽りない真実だったらしい。
貴重でレアドロップな【スキルボックス】が、わずか二体目で出現してしまった。
……が、しかし。
サクッと現れたのはいいとして、だ。
敵を瞬殺した俺達二人は、石畳の上を歩いて近づき、肝心の中身を確認すると……。
「ぐっ、何だ【腕力強化】かよ! やっぱり最初から当たりは引けないかちくしょうめ!」




