百四十話 億超え装備を注文しよう
装備強化回です。
ちょっと長くなりそうだったので二回に分けました。
「こんにちわー。桜さん、お邪魔しますよー!」
『郡山の迷宮』の件から三日経った。
東京に戻った俺はお土産片手に、プンプンカチカチ! していたばるたんを宥めて、その日に野々介さんの店で『生存を祝う会』を開き――『休養期間』に入っていた。
期間は一週間ほどを予定している。
ゴールデンウィークが明けて、まだ一週間も経っていないが……。
正直、あんな鬼ハードな戦いがあったからな。
しばらくは悠々自適、のんびり地上だけで生活しようと思う。
「おお! ここがバタローの鎧の製作現場ってやつか!」
「……ホーホゥ。俺は別にきたくはなかったぞ……」
と、俺の頭と右肩の上の紅白コンビから対象的な声が。
ズク坊は翼を折りたたみ、ばるたんは逆に鋏をガバッと広げている。
今日、ばるたんも連れて足を運んだのは福井県の越前市だ。
そこに工房(?)を構えている、防具職人の古館桜さんに会うためにきていた。
【鍛冶師(防具専門)】。
稀少な【生産系スキル】を持つ、一つ年上の男前なお姉さんだ。
「どうせヤツはまた派手にモフるぞ! バタロー、俺は外で待ってるぞホーホゥ!」
「まあまあズク坊。桜さんもズク坊に会うのを楽しみにしてるんだしさ。少しだけ我慢してくれよ」
「ほお、そんなに桜って職人はズク坊をモフるのか。……とはいえ、バタローの鎧を作ってくれるからな。そう邪険にもできねえだろう?」
嫌がるズク坊を肩から腕の中に強制抱っこして、俺達は桜さんの工房の中へ。
……うん、相変わらず散らかっている倉庫みたいだな。
失敗作も含めて多くの鎧や兜が積まれている中、崩さないように慎重に進んでいくと――。
――チッ、――チッ、――チィッ……!
桜さんが集中している証明でもある、舌打ちのリズムが聞こえてきた。
「桜さん、きましたよー。昨日、電話した友葉です」
「うん? その声は……『モーモーの探索者』だな!」
「いや『ミミズクの探索者』です。【モーモーパワー】とごっちゃになってます」
座布団に座り、製作中の防具と向き合っていた桜さんがくるっと回る。
見た目は金髪キツネ目の気が強そうな顔立ちだ。
そんな桜さんは俺達の姿を確認すると、いつものオーバーオール&頭に白タオル姿で――手をわきわきしながら立ち上がってきた。
……なるほど。了解です。
よほど好きなのか、ズク坊の高級シルクっぽい体をモフりたいらしい。
まあ、ばるたんの言う通り、命を守ってくれる鎧を忙しい中で作ってもらうわけだし……ねえ?
――俺のターン、ズク坊を生贄に捧げて桜さんの機嫌を召喚(?)するッ!
「ホーホゥ!? こらバタロー! 何のためらいもなく俺を差し出すんじゃないぞホーホゥ!」
という声が聞こえた気もするが、俺の耳は華麗にスル―。
我が相棒の真っ白い体は、俺の手から桜さんの腕の中に収まっていく。
「ふっふっふ! うんうん、遥々ここまでよくきたなズク坊!」
瞬間、優しくも激しいモフモフ攻撃が開始。
対してズク坊は腕の中で暴れるも、やはりお世話になる職人が相手という事もあり、鉤爪を使っての激しい抵抗はできない。
――それから約三分後。
たっぷりとズク坊をモフった桜さんは、そのズク坊を抱いたまま、満足そうな顔で俺の方を見る。
「うん、さてと。たしか今回は前の鎧がダメになったから、また新しいのを作るんだったな。素材は例の『門番』か?」
「はい。持ってきた素材で作っていただければと。……あと、そろそろズク坊の解放をお願いします」
「むっ……うん、まあ仕方ないな。モフらせてもらったし、すぐに鎧に取りかか――って、おお! こっちはこっちでカッコイイな!」
少しぐったりしているズク坊を受け取ると、桜さんが今度は俺の頭の上を見た。
そこには当然、もう一人の相棒のばるたんが。
もしやばるたんも生贄に!? と思ったのも束の間、
桜さんは鋏や背中を軽く撫でて、じっくりと体のあちこちを見るだけだった。
「あれ? ばるたんはいいんですか桜さん?」
「うん? そりゃそうさ。モフるのは文字通り、毛でモフモフしてるのだけだ。鱗や外殻のカッコイイやつは見るに限る」
「な、なるほどです」
どうやらばるたんの方は助かったようだ。
まあそれはいいとして……早速、本題に入るとしよう。
俺は地獄と引き換えに手に入れた貴重な素材を、リュック型のマジックバックから出していく。
◆
「えーと、これがダンジョンレックスで、こっちの冷たいのがフロストテイル。……んで、こいつがダンジョンキングですね」
俺の新しい鎧づくりが始まった。
まずはその第一段階だ。
持参したどの素材を使うか選ぶため、桜さんの前に全十二種類の素材を提出した。
桜さんは俺が出した『門番』の素材をキラキラした目で見ている。
前に『亜竜の素材を持ってきたらすぐにでも作ってやる』と言われたが……。
さすがはボス以上で竜種に次ぐ『門番』か。
素材としてはかなり高級・高品質で、桜さんはもう職人モードに入っているぞ。
「うんうん、実に素晴らしい。未確認だった四体のも含めて、十二種類もあるとは選り取り見取りだな」
桜さんは鼻息荒く、一つ一つの素材を手にとって見ていく。
何度も言うが、持ってきた素材は全部で十二種類。
桜さんに電話で言われた通りに、それぞれ鎧一つを作るために必要な量は揃えている。
「やはり使うのはダンジョンキングですか? 実際に戦ってみて一番硬かったですし」
「うーん、アレはあまりオススメできないな。前の『プラチナ合金アーマー』よりは頑丈な鎧になるけど――」
桜さんの説明によると、ダンジョンキングは『狂化状態』を使うせいか、どうも防具としては『不安定』らしい。
より硬くて頑丈なものこそが最もいい素材。
そう思っていたが、どうやら職人の目と知識によると違ったようだ。
というわけで。
桜さんはダンジョンキングの素材を脇にどけて、どれを使うか見極めていく。
次に候補から外されたのはラバータンクだ。
……これは素人の俺でも分かる。柔らかいゴム製の鎧では、防御面ではいいとしても、攻撃面で衝撃を吸収してしまうからな。
――――――…………。
そうして五分が経過した頃。
素材を吟味した桜さんが改めて手に取ったのは、最も『ツルツル』な素材だった。
「うん。これに決めたぞ!」
「おお、ノーフェイスですか。これは少し予想外でした」
選ばれたのは、まさかの一体目の『門番』だ。
材質は岩で色は光沢のある茶色。
ツルツル肌の顔なしで、十二種の中でも不気味さは上位にくる個体である。
「コイツは魔法にも強いからな。うん。『プラチナ合金アーマー』は表面に特殊な加工が必要だったけど、これなら特に必要ないしな」
桜さんは何度もうなずき、素材を持ったまま力強く言う。
さらに「じゃあコイツのを全部出してくれ」と言われたので、マジックバックから残りのノーフェイスの素材をゴロゴロと出していく。
これで使う素材は決定だ。
ギルド総長の柳さんにも頼まれているし、残りの貴重な十一種は、もしものためのストックはせずに換金コースとなる。
「ほう、これで全部か。桜と言ったな。バタローの新たな鎧はいつ頃できそうなんだ?」
と、ここで。
俺、ではなく頭の上のばるたんが、鋏を広げて興味深そうに聞く。
その問いを受けて、桜さんは顎に手を当てて考えると、
「うーん、素材が素材だからな。きっちり細部までこだわって作りたいぞ。【スキル】での製作はイメージも大切だしな……」
もう完全に職人の顔になっている桜さんは、ノーフェイスの素材を凝視する。
このゴツくてツルツルした岩から生み出される鎧。
素材は持参したからそこまでお金はかからないが……。
性能面では間違いなく、俺にとっては初めてとなる『億超え装備』となるだろう。
「明日の夜……いや、明後日の昼にしよう。その頃に渡せるようにしておくぞ」
言って、桜さんは頭の白タオルを巻き直す。
キツネ目な目をさらにキリッとさせると、くるっと座布団の上で回って作業台に向き合う。
こうなったら職人モード、作業の邪魔をするのは悪いからな。
俺は「はい」とだけ返して、ズク坊とばるたんと共に工房から出ようとして――。
明後日の完成を楽しみに、一歩踏み出した瞬間。
俺の背中に、桜さんからテンション高い自信満々な声がかかる。
「『門番』製の『億超え装備』か。楽しみに待っとけよモー太郎ッ!」