百三十八話 帰還
ゴールデンウィークで早めに書けたので投稿します。
前半が第三者、後半が主人公視点です。
「「「おおおっ!?」」」
ズズズゥ……と扉が開く音が鳴る。
幾何学模様が刻まれた扉は力強く開かれ、奥からは光る草の輝きが差し――そして何より『人の存在』を確認して。
待機していた『DRT』の隊員達は、揃って野太い声を上げた。
――姿を現したのは四人と一羽。
まずは小柄で丸眼鏡をかけた男。
腰には代名詞でもある、アダマンタイトの包丁二本を差して……はいないが、防具や身体的特徴からして間違いない。
次に兜は外した全身鎧の男。
両肩を中心に酷く損傷しているが、その装備とズン! という重すぎる足音、そして左肩の可愛らしい白ミミズクの存在により、他の誰でもないだろう。
さらに彼らの後ろに続く、赤ローブのぽっちゃり体型な男と、葉っぱ製の軽鎧を纏った中三女子な見た目の女も。
忽然と姿を消したメンバー全員が、五体満足な姿で扉の向こうから現れたのだ。
「ご無事でしたか! 凄まじい戦闘音と尋常ならざる空気で心配しましたが……。さすがは皆さん方です!」
『DRT』を代表して、女隊長・笹倉結衣の部下Aが興奮気味に言う。
扉一枚を隔てて、今まで全く状況が分からなかったがために。
彼は太郎達の力を信じてはいても、不安と緊張から手汗でビショビショになっていた。
対して、『ぶった切りの探索者』で『五番目の男』、青芝優太が自身の腕をマッサージしながら、
「おや? その格好は『DRT』の方々ですね。……すみません、ちょっと迷宮の罠にかかってしまいまして……ははは」
圧倒的な強者といえど、扉の奥はよほど厳しい戦いだったらしい。
苦笑いを浮かべたその顔には明らかな疲労の色が。
それは他の三人も同じで、雰囲気も含めてヘトヘトな様子が伝わってきていた。
「いえ、決して青芝さんが謝るような事は。こんなイレギュラーな存在は誰にも読めませんからね。この三日間、中では一体何が――」
「おい、話を聞くのは後だ。さぞお疲れだろうし、まずはこの横穴から出るぞ」
「おっと、たしかにそうだな。……失礼しました。『他の方々』もお待ちになっているので、ひとまずそちらの方へ行きましょう」
と、部下Aが言ったその時だ。
頭を下げながらチラッと扉の奥、ボス部屋と思われる部屋の中を見て――彼は固まってしまう。
理由は単純明快、太郎達の後方に見えたもののせいだ。
倒されたモンスターの死体が存在していたのだが、それは予想されたボスの姿ではなく――。
「げ、『門番』だと!?」
「「「何ッ……!?」」」
彼の口から漏れたまさかのワードに、細い通路部の後ろにいた仲間の隊員達が驚きの声を上げた。
そして、待ちに待ったはずの太郎達の存在も一時的に忘れて。
交代交代で先頭に立ち、彼らが見たのは『門番』は『門番』でも、最強と謳われる恐怖の存在だ。
地面から生えたような、あまりに巨大な濃紺色の上半身。
その残骸を巨大な部屋のあちこちに散乱させて、命を終わらせた巨大モンスターの姿があった。
「ま、まさかボスではなく『門番』とは……」
「しかもダンジョンキングって……。道理で扉の向こう側があんな異様な空気だったってわけか」
「……俺、そもそも『門番』なんか初めて見たぞ……」
「俺もだ。もし転移担当の俺がこんなのと戦ったら……瞬殺されるだろうな」
まさかの相手の威容を見て、呆けたように口を開ける隊員達。
死してなお威圧感溢れるその巨体。
生きていればどれほど恐ろしいかと、見る者全てを震え上がらせるだろう。
そんな当たり前の反応を示した彼らに、合同パーティーのリーダーである青芝は、
「まあ、その辺も含めて全部説明しますので。とにもかくにも、早く横穴から出るとしましょう」
言って、隊員達の肩をポンと叩いて現実に引き戻してから。
門番地獄を突破した探索者達は、およそ二日ぶりに横穴の外へと出ていくのだった。
◆
「いやはや、本当にモーしんどかったな……」
「ホーホゥ。モーあんなのは二度とゴメンだぞ!」
「ですねズク坊先輩。ちょっとモー『門番』はお腹いっぱいです」
「ふぅー。早く帰って熱々シャワーでモー浴びたいね」
十二部屋からなる横穴を抜けた俺達。
腹の底からため息をつきながら(&変なテンションになりながら?)、迷宮内を重い足取りで歩く。
スラポン達従魔組はすでに『従魔帰還』で花蓮の中に。
そうして四人と一羽で、『DRT』の隊員さんに案内されたのは――近くにある広場だ。
本来なら暴れ牛(懐かしい!)が犇めいているその広場。
光る草の絨毯に照らされたそこには……牛ではなく人の群れができていた。
「おーおう! 一人も欠けずに全員無事だったか!」
「ったくお前ら……めちゃくちゃ心配したじゃねェか!」
「ズク坊達! 一時はどうなるかと思ったっチュけど、本当に良かったっチュ!」
「フン、ようやくのご登場か。ずいぶんと待たせてくれたな友葉バタロー!」
「ぬおっ!? 白根さん達がなぜここに……!?」
広場に入った途端。
笑みを浮かべながら駆け寄ってくる見知った顔に、俺達はかなり驚かされる事に。
『DRT』だけかと思いきや、俺達を待っていたのはまさかの面々だ。
兄貴分な白根さんに、相棒ハリネズミのクッキーに。
さらに青芝さんの仲間で『遊撃の騎士団』団長の草刈さんに……なぜにクソ坊主(小杉)まで!?
――おっほん! と、とにかくだ。
なぜここにいるのかと兄さん方(一人を除く)に聞いてみれば、「太郎達を捜索しにきたに決まってるだろ」との答えが。
うむむ……。てっきり動くとしても『DRT』だけだと思っていたぞ。
ズク坊とクッキーが「ホーホゥ!」「チュチュ!」と再会を喜ぶ中、
こうして郡山まで集まって探してくれていた事に、俺は感謝と申し訳なさを感じてしまう。
見ればギルド総長の柳さんや柊隊長の姿もあるし……。
どうやら今回の件、思っていた以上に大事になっていたようだ。
「フン。二日前の夜に消えて、横穴を抜けるまで今日の午後までかかるとは……。僕の『宿命のライバル』としては手こずり過ぎだぞ!」
と、ここで。
鼻を鳴らして、ズビシィ! と俺の顔を指差して言う小杉。
その後のやれやれ、みたいな表情も含めて……腹立つなオイ!
「てめ、クソ坊主こらッ! 俺達がいた場所がどれだけヤバかったかも知らずに……!」
「そうだそうだ! 並の探索者なら、クソ坊主の『へなちょこスプレー』なら一部屋目で死んでたぞホーホゥ!」
「何ッ!? ……おのれミミズク坊め。今の失礼な発言は即時撤回してもらおうか!」
「いや撤回するのはお前だよクソ坊主! 何度『宿命のライバル』じゃないと言わせる気だよ!」
……せっかく厳しい戦いを乗り越えた後なのに。
小杉の発言にカチンときた俺とズク坊は、ワーワーと口ゲンカを始めてしまう。
それを「まあまあ」と止める困り顔のすぐると花蓮。
クッキーは「こら小杉! 失礼なのはお前っチュ!」と、小杉の足にハリネズミタックルをしてお灸を据える。
一方、白根さんに草刈さん、加えてギルド総長に柊隊長はというと。
この三日間限定の我らがリーダー、青芝さんが門番地獄について話したらしい。
周りに集まっていた他大勢の『DRT』の人達も話を聞いたらしく、皆が驚きの顔を浮かべていた。
俺達なんかより経験豊富な先輩方でこの反応だ。
分かってはいたが、やはり横穴にあった門番地獄の異常性は相当なようだな。
「なるほど、理解した。それにしても大変な目にあったようだな。より詳細な話はまた後で……笹倉君」
「はい柊さん。――楠、まずは青芝さんと『迷宮サークル』の皆さんを地上へと送ってあげなさい」
「はッ! 了解です隊長!」
ん? 何だ?
初対面の女隊長さんの指示を受けて、楠と呼ばれた隊員の一人が「どうぞこちらへ」と俺達を一箇所に集め始める。
……あ、なるほどそういう感じか。
意図を理解した俺達は、言われるがまま楠さんを中心に近づく。
そこで円陣みたいに全員が集まった瞬間――。
「「「「おおおっ」」」」
【スキルボックス】と同じで青白く輝く、円形の『魔法陣』が俺達の足元に現れた。
「少し内臓が浮き上がるようなフワッとした感覚はありますが、すぐ終わるので心配はいりません」
そう言われた直後。
足元からゆっくりと、魔法陣が徐々にせり上がっていく。
すでに俺も含めて皆の足は消えている。
感覚的にはまだよく分からないが……おそらく頭まですっぽり消えてから『転移』するのだろう。
「……ふう、やっと地上の世界か。家でばるたんが待ってるし、早く帰ってあげないと悪いけど……。さすがに今日は泊まりにしよう」
「ホーホゥ。疲れているしそれがいいと思うぞ。ばるたんの方はモン吉に連絡してご飯を持っていってもらおう」
なんてズク坊と話していたら。
魔法陣はどんどんと上がっていき、ついに俺達の首から上も消していく。
よし、これで一気に二日ぶりの地上だな。
チラッとすぐると花蓮の方を見てみれば、至極安心しきったようなだらしない顔をしているぞ。
――そうして、俺は顔が魔法陣の中へと消える前に。
一昨日から籠もっていた光る草が茂った幻想的な迷宮に、苦笑いしつつ別れの言葉を残す。
「たしかに大変な目にはあったけどな。探索者として成長させてくれて――感謝しとくぞ『郡山の迷宮』!」