百三十七話 報酬
地上への帰還までだと長くなりそうだったので、二つに分けました。
「うおっ! 何だ何だ……!?」
最後に待ち受けていた一番の強敵、ダンジョンキングが沈んだ。
その結果を見届けて、激戦ゆえに乱れた息のまま、俺も含めて皆がほっと胸をなで下ろしていた時――。
間髪入れずに、予想だにしない『新たな展開』が起こった。
……いや、といっても『良い意味で』だぞ?
新手のモンスターが出たとか、そういう地獄の続きみたいな嫌な話ではなくて。
探索者にとってはお馴染みの青白く輝く光の六面体。
通称【スキルボックス】が、仰向けに倒れたダンジョンキングの胸の上に現れて輝いていたのだ。
「ただこれは一体……?」
その状況を見て、折れた包丁片手に肩で息をしていた青芝さんが呟く。
ただ単に【スキルボックス】が出ただけなら驚きなどしない。
今まで何十回と見てきたし、探索者デビューしたばかりの新人ではないのだから。
俺も青芝さんも、そしてすぐる達後衛組も口を開けて呆けている理由は……。
「何てデカさだ! 【スキルボックス】も『門番』サイズなのかホーホゥ!?」
ファバサァ、と頬を撫でて俺の左肩に止まってきたズク坊が叫ぶ。
――そう、デカイ。
門番の王であるダンジョンキングを倒した事で現れた【スキルボックス】は、未だかつて見た事がないほどに大きかったのだ。
サイズにして大型の冷蔵庫くらいか。
それがダンジョンキングの濃紺色の死体を照らすように、その大きさもあって眩いばかりに輝いていた。
「普通はサッカーボール程度の大きさなのに……何じゃこりゃ?」
「ですね先輩。こんな【スキルボックス】は初めて見ましたよ」
「うむぅ、私も初めて見たなぁ。もうこんなに大きいと別物に見えるねー」
すぐると花蓮も気になるのか、駆け足でダンジョンキングの死体に近づいてきた。
【スキルボックス】の大きさは全世界共通だからな。
なのにその何十倍もあるサイズで現れるとか……さすがは門番地獄仕様ってところか?
「「「「「…………、」」」」」
俺達は勝利の喜びを爆発させるのも忘れて巨大【スキルボックス】に見入る。
こうして都合良く最後に出たのを見るに、おそらくこれが門番地獄を突破した『報酬』か何かなのだろうが……。
残念ながら、これは俺達にとっては報酬にはならないぞ。
なぜか? そりゃ貴重なスキル枠は『二つ』しかないからな。
そして俺達『迷宮サークル』もリーダーの青芝さんも、スキル枠は当の昔に埋まっている。
「せっかく出たものだけど……これはスル―ですね」
「まあ、仕方ありませんよ友葉君。報酬がないに等しいのは残念ですが、これほどの凶悪な罠を生きて抜けられただけでも儲けものです」
がっくりと肩を落とす俺に、青芝さんがポンと肩を叩いてくる。
光る草の絨毯が茂った、巨大な部屋に現れた巨大【スキルボックス】。
残念だがこっちはこのまま放置して、ダンジョンキングの体(素材)だけ頂いて帰るとしよう。
……ただ、一応は確認を。
俺達の胸にあるのは好奇心。たとえ習得はできなくても、ダンジョンキングが報酬として吐き出した【スキル】は一体どんなものだろうか?
――そう思って皆で一歩近づいた時だった。
「へ?」
「え?」
「ホーホゥ?」
「うん?」
「うえぇっ?」
従魔を除く人間組とズク坊の口から揃って声が漏れる。
その原因は何を隠そう巨大【スキルボックス】だ。
中身を見ようと近づいた瞬間、大きな冷蔵庫サイズなそれがバシュン! と粒子となって飛び散ったのだ。
まるで【スキルボックス】に触れて『中身を習得した』時のように。
しかも飛び散ったその粒子は――あろう事か『俺達の体へ』と向かってきていた。
「ちょ!? ちょい待て、何がどうな……!?」
まさに理解不能、まったくもって意味不明。
指一本触れていないのに。それどころか中身を見られるまで近づいていなかったのに。
巨大【スキルボックス】は勝手に自分で霧散。
完全に気を抜いて反応できなかった俺達の体に――すでに『スキル枠が埋まっている体』に吸い込まれていく。
「ば、バカな!? 勝手に粒子になるのもそうですが、本来なら体から弾かれるはずで……!?」
あまりの予想外な出来事を前にして。
いつも冷静な青芝さんが、包丁が折れた時以上にうろたえる。
同じく俺もズク坊もすぐるも花蓮も、唖然として自分の体をベタベタと触り始めた。
『ポニョーン』
『キュルルゥ?』
『クルォオオ……』
そんな人間達の反応を見て、従魔のスラポン達がどこか心配そうに鳴く。
従魔には【スキルボックス】は適用されないからな。
この三体を除いた四人と一羽の体に、なぜか新たな【スキル】が入ってしまったのだ。
「ホーホゥ? ……ちょい待て皆。これはどうやら『例外』な【スキル】みたいだぞ」
と、ここで。
一番に冷静さを取り戻した左肩のズク坊が、ファバサァ! と翼を広げて言う。
うん? 例外??
……一体どういう事だ。そう思って自分の中の【スキル】を脳内表示させてみると……。
いつもの【モーモーパワー】と【過剰燃焼】に続いて。
本来はあり得ない三つめの【スキル】が、銀色の文字で浮かび上がってくる。
【天敵スキル(門番)】
『『門番』に与えるダメージが『倍』に、受けるダメージが『半分』となる。また魔術を発動した際の消費魔力が『半分』となる』
うおお……! 何ともシンプルかつ強力な【スキル】だな。
十二体も屠って門番地獄を突破したせいか、対『門番』でかなり有利に働くものらしい。
「……なるほど、そういう感じか。普通に三つ目として習得しているのを見るに……【人語スキル】みたいな扱いなのか」
「ホーホゥ。その通りだバタロー」
実際に目で確認して、俺は突然の事態に納得する。
俺とズク坊の言葉を聞いていた青芝さん達も、
ああなるほど! 的な顔で納得、頭の中の混乱は消え去ったようだ。
――つまり、どういう事かというと。
通常、スキル枠は二つまでだが、【人語スキル】と同じく『枠を消費しない』らしい。
ズク坊は【気配遮断】と【絶対嗅覚】、そして【人語スキル】を持っている。
三つあるのは【人語スキル】がなぜか他と違って『例外扱い』だから。
そして今回の【天敵スキル(門番)】なるものも、これと同じく『例外扱い』となっているようだ。
「スキル枠を消費しない【天敵スキル(門番)】ですか……。かなり驚きですが、今後の『門番』戦ではとても役立ちそうですね」
【スキル】を確認した青芝さんは、驚きでズレた眼鏡をクイっと直しながら言う。
さらに続けて、「とはいえ、しばらくは勘弁したいですけどね……」と、頭をかいて苦笑していた。
……うむ、俺も完全に同感だな。
いくら楽に戦えるようになったとしても、だ。
この三日間での強制的な十二連戦――あんなデカイ強敵どもの顔は一年は見たくないぞ。
「とにもかくにも、貰えたのだからありがたく頂戴するか」
これで俺とすぐる、花蓮と青芝さんは三つ目で、ズク坊に関して言えば、何と四つ目となる【スキル】となった。
あ、そうだ忘れないうちに一つだけ報告を。
【天敵スキル(門番)】を見た時に一緒に確認したところ、
『四十四牛力』。
我が【モーモーパワー】はダンジョンキングにトドメを刺した事で、何と『三牛力』も上がっていましたとさ。
――さてと。
んじゃ牛力も上がってキッチリと報酬も頂いたし、この閉ざされた空間から出るとしよう。
俺は無事でいる皆の顔を、一人一人(&一体一体)確認してから。
達成感により高ぶるテンションを押さえきれずに、ルンルン気分の大ボリュームな声で言う。
「ではでは、合同パーティーの皆さん! ササッとキングの素材を回収して、この地獄から出るとしますかッ!」
『郡山の迷宮』の四層にある横穴。
その先に存在したボーナスエリアから一転、門番地獄に顔を変えた困難な帰り道。
だがそれももう終わり、阻むものは何もない。
こうして俺達は、素材を集めて最後の扉を開き――一人の犠牲もなく門番地獄を後にした。
というわけで、門番地獄からの報酬はこんな感じになりました。