百三十六話 決着
約4500字……過去最大に長くなりました(汗)。
「バキバキの体に異常な血管とか――お前はドーピングしたアスリートか何かかよ!」
時間はかかっても確実に体力を削っていたら。
下半身が埋もれた格好のダンジョンキングの体に、角や牙を除く全ての部分で、太くて赤い血管が浮き出るという変化が起きた。
ドクンドクンと、微かだが鼓動のような脈打つ音が巨体から鳴る。
『狂化状態』。
最強と謳われる『門番』は、体力が残り三分の二を切るとこの状態になるらしい。
その効果は、耐久力が通常時よりも落ちる一方、
一発一発の攻撃力と手数が増えるという、俺で言う【過剰燃焼】? みたいな切り札だ。
「ホーホゥ! 王様が狂化するとは……ついに本性を現したか『門番の暴君』め!」
ダンジョンキングが姿を変えた直後、ズク坊の叫びが耳に入ってきた。
今まで数々の強敵を目にしてきたからか?
『門番の威圧』は効いているはずなのに、我が相棒の声は少しも気圧されていない。
――などと意識を一瞬、後ろに向けていたら。
ドゴォオオン! と頭上から降ってくる巨大な拳。
しかも器用に両腕の同時攻撃だ。
前衛の俺と青芝さんへ、ハンドスピードも増した圧倒的な迫力と威力の一撃が襲ってきた。
「友葉君気をつけてください! この状態になると非常に危険ですので!」
「了解です! リーダー!」
そう言葉のやりとりをしている間も、絶え間なく打ち出される剛腕の連打。
さすがは『狂化状態』か。
戦うと言うよりも、力任せに暴れている感がスゴイぞ。
まるでウザったい羽虫を躍起になって潰すように。
憤怒の顔で睨み下ろしながら、大振りのパンチで俺達前衛を狙ってきている。
……ほぼケンカだな。
一つ前のパールナイトが騎士風で決闘っぽかったから、余計にこの最終決戦は『派手な大ゲンカ』染みている。
「ッ! こりゃ八十二牛力でも――まともに食らったら相当痛そうだ!」
そんな派手でノンストップな殴り合いの大ゲンカ。
前の俺なら接近しないとならないため、かなりリスクは高かっただろうが……。
今ならば問題なし。
俺は五メートル以内には距離を詰めず、十メートル地点から五メートル地点へと高速で前進する。
つまりは飛ぶ『高速猛牛タックル』だ。
超重量の体の代わりに、分離した赤い湯気の塊だけが直進、そして脇腹へと直撃した。
押し潰すような威圧で威力は減少している。
それでも、ほぼ普通に衝突するような激しい轟音と震動が生みだされた。
パンチなどの打撃と違い、タックルを飛ばすのは違和感がスゴイが……これは命懸けの戦いだからな。
ラリアットも含め、使えるものは全て使う。
四十牛力で得た新能力、『闘牛気(赤)』をフルに活用させてもらおう。
――さあ、第二ラウンドの始まりだ。
◆
腹に響く重くて低い轟音と震動が繰り返される。
その中にすぐるやガルポンの魔術系攻撃も混ざり合い、最後の戦場は激化の一途をたどっていく。
ちなみに、下半身が埋まっているからと背後を取っても厳しい。
ぐるん! と巨体を回してなぜか一回転。
最もマークされている俺がいる方を、常に正面にして戦ってくるのだ。
そうなると青芝さんが背後を取れて、一方的に攻撃はできるのだが……。
「ぐッ……!」
俺一人で正面を受け持つと攻撃が『激しすぎる』のだ。
青芝さんが背中を攻めて削っている最中、あまりの猛攻を前に俺は連続で被弾していた。
加えて一対一になった途端、巨体に似合わずフェイントも織り交ぜてくる始末。
押されている俺に気づき、青芝さんがダンジョンキングの背中側から戻ってきたと同時、
俺はタックル終わりの低い体勢のまま――まともに掌底を受けてしまう。
「ッぐう!」
超硬度な大質量とぶつかり合って弾け飛ぶ兜。
意識が飛ぶ事はなかったが、全身に受けたその衝撃により、五十トン超えの体がふわりと浮いて二メートルほど飛ばされた。
「――くっ、痛えな! いくらタフでもやっぱり効くな……!」
全身に走る鈍い痛み。
闘牛八十二頭分のタフさを超えるダメージが、鎧の上から肉体の方に届いてきた。
……とはいえ、やられっぱなしではない。
空中で何とか体勢を整えた俺は、タラリと鼻血を垂れ流しながら。
着地と同時、ズドドド! と飛ぶ打撃の連打を見舞う。
さらに続けて、振りかぶった赤い右拳が振ってくる前に。
『高速猛牛タックル』を飛ばして、追撃をかけてから攻撃を回避した。
『キュルルゥウ!』
直後、痛んだ全身を包む桃色の霧。
フェリポンの『精霊の治癒』が俺のダメージをすぐに癒してくれる。
くそっ、ありがたいけどやっちまったな。
【過剰燃焼】が切れての体力消費以外でも使わせてしまったか。
「まあ、それほどの激しい戦いってわけだ!」
ここまでの攻防は互角、いや『狂化状態』にさせた分、多少はこっちが優勢ではある。
青芝さんが【二刀流】を使えたなら余裕だっただろう。
もしくは残りの包丁一本が、『不安のない状態』ならもっと楽になっていたはずだ。
だが現状は? 今日まで繰り返された壮絶な十一連戦によって。
どう転んでもおかしくない、前衛のどちらか一枚でも落ちればヤバイ綱渡り的な展開だ。
「武器が悲鳴を上げても、この人数でかかってるのに……さすがは『門番の王』ってか。……つうか、コレより強い竜種を一人で倒すとか、あの四人は本当にバケモノじゃねえか!」
上には上がいる。俺もまだまだ、ってわけだ。
そう痛感しながら、出ていた鼻血もフェリポンの回復で止まったのを確認して。
接近を避けた飛ぶ打撃で、引き続き脇腹への一点集中攻撃で崩しにかかる。
右の脇腹にはすでに蜘蛛の巣みたいな大きなヒビが。
そこからボロボロと、表面から岩の塊が崩れている最中だ。
青芝さんが担当する左腕の方も同じ。
『狂化状態』となった事で、耐久力が落ちて血管ごと削れている。
「――『火の鳥』!」
そしてここで。
『火ダルマずる剥け』も使った、計十発目となる火の鳥が放たれる。
ダンジョンキングの憤怒の顔に、ボゴォオン! と宙を羽ばたく生きた炎が直撃した。
着実にダメージが蓄積しているからだろう。
『門番の威圧』も最初と比べて落ちているから、果たして今の一発でどうなるか……。
「おおっ! でかしたぞすぐる! 今ので角と牙が折れたぞホーホゥ!」
というズク坊の声を聞きながら。
見上げてみれば、たしかに数本の白濁色の角と、立派な下顎の牙の一本が折れていた。
酸素の問題でとりあえず最後の一撃となる【火魔術】。
その結果、求めていた通りのダメージを与えてくれたようだ。
「よくやった、すぐる!」
ドゴォオン!
すぐるの一撃(あとガルポンの追撃も)により、ダンジョンキングの顎がわずかに上がった瞬間。
ここぞとばかりに『狂牛ラッシュ』を飛ばし――特に太い血管が走る右脇腹を粉砕する。
やはり飛ばしてもタックルの威力が一番だ。
ただ、飛ばす&ラッシュをかけたため、少し狙いはズレるも……そこは威力でカバーできている。
……鎧もかなり限界だしな。
特に右肩と左肩部分はズタボロ。もうヘコむというか『変形』しているので、直接当たるよりも飛ばす方が衝撃をロスなく伝えられるだろう。
『ブルルゥウウッ!』
叫びの代わりに気合いの『闘牛の威嚇』で一咆え。
相変わらず予断を許さない状況だが、確実に終わりは見えてきている。
だから俺は必死に、息継ぎも忘れがちに全力で攻撃を飛ばす。
タックルを中心に、今日まで鍛え上げたラリアットやパンチを、赤い湯気の塊としてひたすら叩き込む。
もう一枚の前衛、凄腕剣士なリーダーも怒涛のラッシュに入っている。
最後の包丁一本も使い潰す覚悟らしい。
かなり深く踏み込み、血管が浮き出た濃紺の体を斬りつけていた。
お役御免のすぐるは待機。ガルポンは牽制として『小竜巻』を連発だ。
そして、戦闘のカギを握っているフェリポンはというと、
ダメージおよび激しい動きで疲労が溜まった俺達前衛組に、過去にないほど『精霊の治癒』を連発している。
「サンキューなフェリポン! ――よっしゃもう一丁ッ!」
まさに最終決戦に相応しい総力戦だ。
武器も魔力も惜しみなく、ただ目の前の強敵を倒すために全力で当たっていく。
ズズン! と震動が起きるたび、どちらかの体力が削られる。
回避するにしろ受けるにしろ、誰もが激しい消耗で動きは鈍くなっていた。
俺に関しては、門番地獄に入って初めて肋骨にヒビが入ってしまう。
すぐにフェリポンに回復(重ねがけ)してもらって難を逃れたが、普通に八十二牛力でも、ノーガードで食らうとダメージがある威力だ。
――そうして、ダメージを受けても即行の回復を受けながら。
五度目の【過剰燃焼】が切れる頃、
ダンジョンキングのはち切れんばかりの屈強な体に、また変化が起きた。
血管が浮き出た『赤』から元の『濃紺』一色へ。
暴君から通常の王に、脅威だった『狂化状態』は切れたようだ。
戦闘の合間に微かに聞こえていた鼓動も、今は全く聞こえていない。
それすなわち、残りの体力が『十分の一』を下回った証明でもある。
「友葉君! こうなれば、あと、一押しです!」
「了解です、リーダー……!」
息が上がりながらも言葉を交わす俺達。
すでに相手はズタボロ、脇腹を中心に腕も砕けている。
あまり根性論は好きではないが……こうなったらもうあとは気合いだ!
後衛組の魔力が尽きて、魔力回復薬を飲むため援護が止まった時。
俺は青芝さんと並ぶように、久しぶりに距離を詰めていつもの間合い(五メートル以内)に戻す。
タックルやラリアットを直接打ち込み、衝撃を感じながらさらに濃紺の岩の体を破壊。
『狂化状態』が切れたのを契機に、弱って手が止まりつつあるダンジョンキングを強引に攻める。
――ズドォン! ――ドゴォオン! ――ゴゴオオン!
あまりに連打しすぎて、肘や肩を少々痛めてもお構いなし。
もう原形もない右脇腹を執拗に狙い、ダメージで上半身がくの字に折れて、憤怒の顔が下がったところで。
共に戦い続けた、青芝さんとあうんの呼吸で狙いを顔に定める。
剛腕と包丁。スタイルは違っても高まった連携で、容赦なく最強の門番を攻め立てて――。
キィン! と。
青芝さんの残ったアダマンタイトの包丁が一本、また役目を終えたとばかりに根元から折れると同時。
そして俺の『高速猛牛タックル』が、憤怒の顔面に決まったと同時。
地面から柱のように出ていたダンジョンキングの上体が、ゆっくりと後ろへと倒れていく。
つまりは、決着。
最後に待っていた最も手強い『門番』は、王冠の角も下顎の牙も、一本残らず折られて息絶えた。
凄まじい転倒音が最後に響く中、きっとこれで閉ざされていた残る一枚の扉も開いたはずだ。
……ただ、正直かなり疲れているので。
達成感と同じくらいの疲労感を受けて、俺は地面に大の字になって叫ぶ。
「終わった、終わったぞ! 悪質極まりない門番地獄――これでついに終わりだッ!」
その俺の叫びに続いて、皆の喜びの咆哮が部屋中に響き渡った。