百三十四話 最後に待つ者と帰りを待つ者
連続投稿二日目です。
前半が主人公、後半が第三者視点となっています。
「残すはあと一つ。岐阜での『迷宮決壊』と比べても……こっちの方がハードたったな」
ついにたどり着いた。
『高級プリン』なボーナスエリアから一転、門番地獄に顔を変えた横穴の帰り道。
顔なしのノーフェイスから始まり、さっきの白騎士パールナイトで計十一体。
いよいよ残すはあと一体となり、俺達は最後の通路部に座っている。
「さあ皆さん、あと一息です。状況的には『良くはない』ですが、ここまで乗り越えてきたのです。必ず勝利を掴み取りましょう」
リーダーの青芝さんの言葉に、周りにいる俺達『迷宮サークル』はうなずく。
……たしかに状況的には良くはないぞ。
青芝さんのアダマンタイト製の包丁が一本折れて、個人の戦力が半減。まずこの点が一番大きい。
そして次に、ズク坊から聞かされていた最後の『門番』だ。
迷宮に存在する『門番』は全十二体。
すでに判明していた八体と、今回、新たに見つかった未確認の四体である。
「あの未確認の四体を含めても――やっぱり次のが一番なんですか?」
「そうですね友葉君。実際に対峙してみて、そこは間違いないかと思います」
「ホーホゥ。まあ名前からしてアレだからな」
と、そんな感じで次の『門番』について話をしながら。
俺だけがバクバクと、菓子パンやらお菓子類をひたすら胃袋に流し込む。
今はめちゃくちゃ腹が減っているからな……。
パールナイト戦の前に昼食は取ったが、『食い溜めの一撃』を使った反動での空腹だった。
なので他の皆は軽くつまむ程度。
余っていた腹に溜まる菓子パン系は俺の前にかき集められて、
『食い溜めの一撃』をまた使うため、一人エネルギーを蓄えている! というわけだ。
「つまり、これは食事であり一つの作戦でもあるな……もぐもぐ」
「それで先輩。そっちは判明しましたが、四十牛力に達して次の『新能力』の方はどうですか?」
「はいはい! 私も知りたいですモーモー先生っ! トンデモ満腹攻撃の次……どんなものかスゴイ気になるよ!」
菓子パンを頬張る俺に、すぐると花蓮がずずい、と前に出て聞いてきた。
残る強大な敵はあと一体。
もう少しでこの地獄から抜け出せるからか、二人共微妙にテンションが高いぞ。
「おう、バッチリ手に入ったな。どうやら三十牛力からは十牛力ごとになるみたいだ」
最終決戦を控えて、現在の俺は『四十一牛力』に。
それにより『食い溜めの一撃』が判明してから、早くも次の能力を手に入れていた。
「まあ、そっちは簡単に判明したから、戦いの中で披露するとして……。すぐる、そろそろお前も戦うか?」
「え? 僕もですか?」
「ああ。密閉空間で酸素の問題はあるけど、広い十二部屋全部が開通するからな。さすがに多少は暴れても大丈夫じゃないか?」
「な、なるほどです。……青芝さんにズク坊先輩。との事ですがお二人はどう思いますか?」
俺の出した提案に、リーダーの青芝さんとズク坊にお伺いを立てるすぐる。
対して二人は、
「ええ、私も賛成です。包丁一本で戦力は落ちていますしね。十発程度なら大丈夫ではないでしょうか」
「いいぞすぐる。ホーホゥ。俺も許しを出すぞ」
と、特に反対はせずに了承した。
「んじゃ、そういう方向で。……さて、普通なら食後の休憩といきたいけど……開幕の切り札が使えるうちに行きますか」
【モーモーパワー】を一瞬だけ発動し、独特な漲るパワーを確認して。
俺は脇に置いていた兜を被り、全身鎧(傷やへこみでボロボロ)となって立ち上がる。
青芝さんは残る一本の包丁を鞘から抜き、
すぐるはローブを腕まくりして気合いを入れ、
花蓮は顔の近くを飛んでいたフェリポンと拳を合わせて、
ズク坊は左肩の上に乗ったまま、ファバサァ! と扉の先を指し示す。
「さあ行くぞ野郎共! 邪魔するヤツは一体残らずブッ飛ばすんだホーホゥ!」
――こうして最後の扉は開かれ、俺達はラスボスの待つ部屋へと入っていく。
◆
「う、うむッ!? こ、これは……!」
同時刻。
扉一枚を隔てた、手前から数えて横穴最初の部屋の前にて。
白根達が発見した扉の監視を続けていた中の一人――『DRT(迷宮救助部隊)』の隊員は、目を見開いて声を上げた。
現在時刻は一時半過ぎ。
ここが発見されたのは朝に潜ってすぐのため、もう五時間以上は経っている。
……彼らにできる事はこれ以上はない。
扉が開かないと言う事は、まだ『戦闘中』を意味しているのだ。
ボス部屋と思われる向こう側での勝利を、ただ祈って扉の前で待つだけである。
しかし、発見から今に至るまで……何の音沙汰もなし。
尋常ならざる気配はあれど、ボスや『ミミズクの探索者』の足音や震動を一度も感じていなかった。
『おそらくは複数の繋がったボス部屋だろう』。
前代未聞でも、捜索隊の責任者達によりそう予想がつけられて。
本人達が自力で抜けてくるまで、救急セットや飲食物を所持した数名の隊員を残して、捜索隊は地上に戻っていた。
――そして今、初めて動きがあったのだ。
扉を隔てて小さく聞こえる足音。地面から伝わってくる震動。
その発生源はおそらく一つ――足音の短い間隔からして、超重量の『ミミズクの探索者』のものだと思われる。
「おいお前ら! 朗報だ、彼らはまだ生きていたぞ!」
「「「何ッ!?」」」
扉に一番近い位置にいた隊員の声を受けて。
他の隊員達も細い通路の中、順々に扉へと駆け寄っていく。
耳をすませ……なくても、小さいながらもズズゥンという音が聞こえ、
また震動の方も、自分達の足の裏へと伝ってきたのを確認できた。
「どうだ!? これは完全に……!」
「ああ、間違いないな!」
「やはり生きていたか! さすがは『五番目の男』と『迷宮サークル』だ!」
「一番手前、この扉を挟んで目と鼻の先にあるボス部屋に入ったんだ!」
迷彩服の上に軽鎧を纏った、『魔石眼の公務員』こと笹倉の部下A、B、C、Dが声を上げる。
――早急に地上の探索者ギルドに知らせねば。
そこには彼らの直属の上官である、女隊長の笹倉結衣はじめ、『DRT』の顔である柊隊長や、ギルド総長の柳まで駆けつけていた。
だがここは四層で、最短ルートで戻っても……そこそこ時間がかかってしまう。
とはいえ、『DRT』がわざわざ監視&報告役に無能を置くはずもなく――。
「よし、俺の出番だな。ちょっと『飛んで』くる!」
「おう、任せたぞ与一! 俺達はここで引き続き監視を続けている」
笹倉の部下D、改め楠与一が気合い満々に叫ぶ。
瞬間、据え置き型の懐中電灯の光に照らされていた通路部が、さらに『青白く』照らされる。
見れば小さな『魔法陣』が、楠の足元に輝いて浮かんでいた。
そして、その突然現れた魔法陣は徐々にせり上がり――足元から楠の姿を消していく。
【スキル:転移(レベル5)】
『迷宮内外への出入り、および迷宮内での転移ができる。転移先は一度、習得者が行った事がある場所のみ。熟練度により転移回数と人数の上限が増える』
この便利な【スキル】の存在によって。
わざわざ洞窟型の迷宮内を歩かずに、一気に光差す地上へと戻れるというわけだ。
……ちなみに、彼のもう一つの枠は【ジャングルポケット】。
世界最大容量(五十メートルプール一杯分)のマジックバッグを遥かに凌ぐ、『ジャングル級』の凄まじい収納力を誇っている。
戦闘力に関してはあまり高くないが……どこでも飛べて大量に収納できるために。
この若い隊員(二十四歳)は、非常に使い勝手のいい部下なのである。
「ではまた後で! 報告をしたらすぐに戻ってくる!」
そう叫んで、頭のてっぺんまでせり上がった魔法陣に楠の姿は消えていった。
「「「…………、」」」
通路部に残った他の隊員達は、そのいつもの光景を見届けて。
太郎達が生きている状況に頬を緩める一方、少しばかり『気がかり』な事を感じ始めていた。
「ただでさえ最初からヤバそうだったのに……。この扉の向こう側、また一段とヤバイ空気になってないか?」
太郎達の存在に真っ先に気づいた隊員が、いつの間にか額から流れていた汗をぬぐう。
彼らは知らない。
ただの複数あるボス部屋だと思っているが、実際はもっとハードな門番地獄だという事に。
だから気づくはずもない。
扉一枚を挟んだ向こう側には、竜種を除けば『最強のモンスター』がいるという現実に。
最終日最終決戦。
座して待つ隊員達をよそに、過去最大の激闘が始まった。