百三十一話 判明する新能力
「――うん? ……あれッ!?」
門番地獄三日目、最終日の朝。
硬い地面の上に寝たせいで少し痛む背中を擦りつつ、朝食を取り終えた俺は――ある『違和感』を覚えた。
三十九牛力となった【モーモーパワー】。
まだ判明していない三十牛力での『新能力』を中心に、皆でわいわいと食後に話していたところ……。
「全然分からん。ヒントなしで謎解きをしてる気分だぞ」と言って、【モーモーパワー】を何気なく発動してみた瞬間。
今までとは明らかに違う、別の違和感を全身が覚えていたのだ。
「ホーホゥ? 何だいきなり大声を上げて」
「どうしましたか先輩?」
「急に目ん玉をひん剥いて……どうしたのバタロー?」
「友葉君、もしや何かが……?」
俺の突然の反応に、他の皆が怪訝な顔をしている。
……当の本人である俺も同じ顔だろうな。
なぜなら今まで感じた事のない違和感が、より正確に言うと、腹の底から湧き上がる『漲るパワー(?)』みたいなものが急に体に現れたのだ。
……別に何かが変わったわけでもない。
にもかかわらず、隠されていた新能力が半分、急に顔を出してきた感覚があった。
俺は心底困惑しつつも、今の突然の状況|(モーニングショック?)について皆に伝えてみると、
「ホーホゥ。つまり今なら分かりそうだと」
「なるほどです先輩。かなり予想外ですが、ここでヒントが出てきましたか」
「ふむふむ。でも急にどうしたんだろうねー?」
「『漲るパワー』ですか。……となると、それを感じているうちに試してみるべきでしょうね」
本来であれば、食後だから腹を休めたいところだけどな。
特に俺は「太るから」と、すぐるが残した菓子パンもついつい食べて、『腹一杯』だから余計に休憩は必要だろう。
「……けどまあ、この謎の『漲るパワー』は気になるからなあ。新能力が判明するチャンスなら、少し無理して動いてみるか」
膨れた腹と同等、いやそれ以上に全身に満ち満ちた謎のパワー。
その正体を解き明かすべく、いつもの食後のまったり休憩タイムは返上だ。
俺達はササッと装備を整えて、九体目の『門番』が待つ部屋に入っていく。
◆
『マジックイーター』。
それが門番地獄で九体目となる敵の正体である。
サイズは当り前のように十メートル超え。
見た目は……人と言うより宇宙人に近いか?
皆が連想する定番のあの顔に近く、体を構成している灰色の岩は、不気味に湿っている印象を受けた。
――ここにきてまた『未確認』の個体だ。
ただ、ズク坊から事前に聞かされていた名前から推測するに。
その能力は何となくだが分かるような気がするぞ。
「やたら口もデカイしな。口裂け女ならぬ『口裂け宇宙人』って感じですかね青芝さん?」
「ええ、私もまったく同感です。不気味さでは今まででも上位ですね」
相手の威容を確認して、俺と青芝さんの前衛組は前に出る。
さて、やりますか。
『漲るパワー』はまだ収まる気配は見せていないが、いつ消えるとも分からないからな。
三十牛力で得た隠されたままの新能力。
願わくばここで判明してくれ――そう念じながら【過剰燃焼】を発動、『高速猛牛タックル』を見舞う。
その瞬間だった。
ドゴォオオオオン――!!
「ッ!?」
マジックイーターの右足首に衝突した瞬間。
轟音にも衝撃にも慣れているはずなのに、全身が硬直してしまうほどの轟音と衝撃が生まれる。
――と同時。
「ぐぅお……!?」
謎のパワーが漲っていた体に、立て続けにある異変と異音が起きていた。
たった『一発で』右足首が粉砕し、バランスを崩したマジックイーターの派手な転倒音で他の皆は気づかない。
だが本人である俺だけは、結果に驚きつつもハッキリと理解していた。
「んな! 急に腹が……!?」
予想以上、どころでは済まない意味不明すぎる威力を叩きだしたタックルの直後。
俺の体から『漲るパワー』が消え去り、そして凄まじい『空腹感』を覚え、ぐぐー! と盛大に腹の音が鳴ったのだ。
……いやいやいや! いくら何でもおかしいだろ!?
さっきまですぐるの分のパンを食べて腹一杯だったのに、もう空腹とかどうなっているんだよ!
「技の威力の方だって……急にどうしたってんだ?」
衝突した感じでは、マジックイーターは別にヤワな硬度ではない。
仮に『門番』の中で最も耐久力が低いとしても、さすがに一発粉砕はないだろう。
「ゆ、友葉君!?」
理解不能な展開を前に、同じ前衛の青芝さんから声がかかった。
その声と顔を見れば分かる。
九度の戦闘を共にしてなお、今の俺の攻撃は度肝を抜かれたはずだ。
「あ、えっと、これはですね……?」
対して、俺はすぐには答えられない。
そりゃそうである。
長く【モーモーパワー】と付き合っていても、今の現象は理解できていないのだから。
まあ一つだけ言える事は、確実に『新能力のせい』ではあるのだが……。
謎の凄まじい一撃を放ってからの、突然襲ってきた謎の空腹。
まるで食べすぎて胃の中にあった食材を、一斉に放出したみたいな――。
「ん? エネルギーを一斉に放出……??」
脳内に浮かんだそのワードに、俺はピクッと反応する。
この威力。この空腹感。
下手したら『百牛力』くらいはありそうな一撃は――もしかしたら食べた分のエネルギーと関係しているかもしれない。
「今まで普通に食べた後は、別に何ともなかったはずだから……」
原因はおそらく『食べすぎ』か。
少し苦しいくらいに腹が膨れたのは、今日の朝食が初めてだ。
言うなれば……『満腹の一撃』? それとも『食い溜めの一撃』か?
腹何分目で発動するのかは不明。
ただハッキリ言えるのは、一発で『狂牛ラッシュ』以上の威力を叩きだす、『開幕の切り札』だという事だ。
「――っと!」
そんな感じで考えを巡らせていたら。
右足首を粉砕されてバランスを崩していたマジックイーターが、態勢を立て直して豪腕を振るってきた。
体を構成する灰色の岩が湿っている影響だろうか。
あまり砕けた部分が歪な形となっておらず、器用に片方だけ膝立ちのような格好になっている。
「とにかく、良い方に予想外でしたよ友葉君。このまま一気に倒してしまいましょう!」
「了解です、リーダー!」
丸一日何も食べていないような空腹感は辛いが……敵に与えた大ダメージを考えればな。
サクッと倒して、さっさとおやつタイムに突入するとしよう!
◆
――と意気込んだ矢先。
頬まで裂けた大口をガパッと開けて、今度はマジックイーターから仕掛けてきた。
「!?」
無音。
だが確実に『何か』を仕掛けて、大きく息を吸うように腹を膨らませている。
その個体名から察するに、おそらくは――。
「ぬぅううう!?」
その時、後衛のすぐるからうめき声が上がった。
俺はマジックイーターを視界の隅に収めつつ、少し振り返ってすぐるの姿を確認してみれば、
火の魔術師に相応しい、ワインレッド色の『ボルケーノシャークの鱗ローブ』を纏ったすぐるの体から。
ギリギリ視認できるほどの、『淡いオレンジ色』の靄のようなものが出て――マジックイーターの裂けた大口の中へと勢いよく吸い込まれていく。
……そして、ゴクン! と。
体は岩のくせして人間みたいに喉を鳴らして、派手に飲み込んだ直後。
また即座に大口をガパッと開けて、マジックイーターは『それ』を放ってきた。
「「ッ!?」」
一連の動作を見ていた俺と青芝さんはとっさに後方に飛び退く。
ほぼ同時。元いた場所に襲いかかったのは、俺にとって見慣れた光景だった。
ゴゴォオオ! と激しい燃焼音を伴いながら。
紅蓮色の炎の直径二メートルの球体が二つ、着弾した瞬間に激しい爆発を引き起こす。
――『火炎爆撃』。
すぐるが持つ【火魔術】、そのレベル4で習得する魔術だった。
「ぐっ、魔力だけじゃなくて僕の魔術まで……!?」
後方からすぐるの驚きの声が上がる。
回避した俺はまた後ろに視線を向けると、スラポンの背後で片膝をついている仲間の姿が目に入った。
……やはりそうか。
マジックイーターの名の通り、『相手の魔力を食らって』自分の力に変えるらしい。
どうせ自前の魔力もあるだろうが、まず一番に相手の魔力を奪い取って使う……まさに魔術師の『天敵』だ。
「とはいえ、まさかすぐるの魔術まで使うとは予想外だけどな!」
俺達が驚く中、再びマジックイーターは裂けた大口を開けて魔術を発射。
次に襲ってきたのはまたも【火魔術】。
しかもより上のレベル、レベル6で習得する、灼熱の炎で形作られた『火の鳥』だ。
放たれたのは一体だけ。狙いは俺。
見慣れた燃え上がる鳥が翼を広げ、嘴を向けて初めて『自分に向かって』飛んできた。
「――チッ!」
強烈な空腹感で腹の虫を鳴らしつつ、頭上から迫る『火の鳥』を回避する。
それでも、さすがは我らが魔術師の【火魔術】だ。
周囲に散った熱の余波を受けて、兜の下で熱さに顔をしかめてしまう。
やれやれ……コイツはだいぶトリッキーな『門番』だぞ。
魔力を奪った者の魔術まで使うし、きっと他にも『固有魔法』の一つでもあるだろうな。
だがまあ、そこの心配はひとまず置いといて……それよりも、だ。
連発される【火魔術】。熱さが問題なのではない。
その由々しき事態に、俺はマジックイーターにタックル代わりの大声をブチ当てる。
「バカ野郎ッ! こんの口裂け宇宙人――勝手に酸素を大量消費してんじゃねええ!」
というわけで、三十牛力の新能力はこんな感じです(引っ張りすぎてすいません)。
一回限りの強力な一撃で、かつ前準備(多めの食事)が必要という、ちょっとした制約があります。