十四話 五層突入
「んじゃズク坊、元気に迷宮始めといこうか!」
「もちろんだ! こちとら寝正月は飽きたぞホーホゥ!」
特定探索者になってから毎日必ず迷宮に入り、大晦日の夕方をもって迷宮収めとした後。
正月三箇日は実家には帰らず、アパートで食っちゃ寝食っちゃ寝して英気を養った末に。
一月四日で社会が動き出すと同じく、俺とズク坊も今年最初の迷宮に来ていた。
「そろそろ五層に下りてみるか。年末はひたすら四層に籠ってたからな」
「ホーホゥ。いいと思うぞ。ほとんどバタロー専用の狩り場みたいになってたけど、マンネリ気味で刺激がなかったしな」
俺とズク坊はうなずき合う。
たしかに、もはや数えきれないほどのボルトサーペントを狩ったからな。
支援を受けられる特定探索者として、そろそろ次に進まないと所長達にも悪い気がする。
幸い四層での活動で【モーモーパワー】も『六牛力』に上がっているしな。
ただでさえ屈強な体が、また闘牛一頭分増えた事でより重く、より屈強になっていた。
あとはそう、基礎体力の方も中々な状況となっている。
試しに大学の体育館のトレーニング室でベンチプレスをしてみたら、
六十五キロの俺が、若干の余力を残しながら『百キロ』を上げられるようになっていたのだ!
そして、もう一つ忘れちゃいけないのがお金の話。
年末にかけての探索ではマジックバッグのおかげもあり、毎回二十万ちょいの額を稼げていた。
まだ探索者になって一ヶ月も経っていないのに……すでに貯金は『百万』を超えている。
おかげで正月はおせちも食べずに、ズク坊とA5ランクの和牛をたっぷりと堪能した。
「さて、気力も体力もバッチリだ。一丁やってやりますか!」
「いけいけバタロー! 今年も暴れ倒すんだホーホゥ!」
命懸けの探索だというのに、俺とズク坊はアトラクション感覚で迷宮に入っていく。
◆
『横浜の迷宮』五層。
そこは初心者向けの迷宮ながら、一人の初心者も存在しない階層だ。
『力ある複数の先輩探索者』に連れられても三層、もしくは四層まで。
安全面の理由から、絶対に連れてきてもらえないのがこの五層らしい。
「ホーホゥ。こりゃスゴイな……」
【絶対嗅覚】で嗅ぎ分けたズク坊が、天井付近を飛び回りながら困った顔をする。
「どうしたんだ?」と聞いてみれば、どうやらほとんどのモンスターが単体で行動せず、二体以上で固まっているらしい。
「そういえば……日菜子さんがそう言ってたような」
「これはちょっと面倒だけど……。ホーホゥ。まあ任せろバタロー、初戦闘は単体のヤツを狙うから」
頼もしい言葉をズク坊からもらい、今までで一番慎重に迷宮を進む。
自分一人なら絶対に選ばない、いや選べないような複雑なルート取り。
そうして四層と同じく、入り組んだ五層を進んでいくと――。
見事、一体でいる五層の住人と遭遇。
ライオンやトラ並の大きさがある、口から泡をブクブクと吹き出していた――蟹だ。
『ギロチンクラブ』。
その名の通り、巨体から伸びたギロチンを思わせる巨大な鋏は、ガチガチと鳴らす威嚇行動も相まって、思わず寒気を覚えてしまう。
全身真っ赤な体色は、その凶暴性と危険性を表しているかのようだ。
「……コイツか。個人的にはボルトサーペントより恐ろしく感じるな」
「ホーホゥ。他の探索者にとったら、触れもしない電撃よりは鋏の方がマシって事か」
俺とズク坊は目の前のモンスターとボルトサーペントを比べてみる。
強さ自体は五層であるギロチンクラブが上なのは間違いない。
なのに四層を早々に抜けて五層に行くのは、やはり戦いやすいからだろう。
見た目的にも、一般的には巨大蟹より巨大ヘビの方が怖い……が、あの鋏、どう見ても挟まれたら終わりだろ。
牛六頭を宿す俺でも、耐えられるとしたら一番太い胴体くらいか?
見た目と雰囲気から見るに、首、腕、足は普通に切り落とされると思う。
「まあ、とにかくやってみるか。情報通りなら一番苦戦しそうだけど」
色々とパワーアップはしているものの、俺は慎重にジリジリと間合いを詰める。
なぜ突っ込まないんだ? そんなに鋏を警戒しているのか?
俺がギロチンクラブに関する情報を持っていなかったら、今まで通り突っ込んでいただろう。
一方、痺れを切らしたらしい敵の方が、蟹らしく横歩きで距離を詰めてガチン! と鋏で攻撃を仕掛けてくる。
空気を圧縮するかのようなその重く鋭い初撃を避けると、俺はカウンター気味に『闘牛ラリアット』を打ち込む。
ところが、
ズドン! といつもと同じ重低音が生まれるも。
ラリアットを見舞った俺の右腕には、いつもほどの『手応え』はない。
技を受けた敵を見ても、少し後退しただけで硬く赤い甲殻にヒビすら入っていない。
「んなバカな!? これが噂の『衝撃吸収』ってやつかホーホゥ!」
【気配遮断】中のズク坊の声が後方から響く。
そう、『衝撃吸収』。
硬い甲殻で単純に耐えきったのではなく、ラリアットの衝撃を吸収して逃がしたのだ。
四層ボルトサーペントの代名詞が『電撃』ならば。
五層ギロチンクラブのそれは、鋏ではなく身を守る甲殻による『衝撃吸収』だった。
「そりゃそうなるか。四層は俺の【モーモーパワー】向きで、この階層は不向きだと分かってたからな。別に文句を言うつもりはないさ」
このギロチンクラブの攻略法は、衝撃吸収があるので当然ながら打撃以外。
鋭い剣や槍で斬ったり突いたりするか、一番有効なのは【魔術系スキル】でダメージを与える事だ。
当然ながら俺にそんな【スキル】はなく、必然的に剣や槍で戦う事になる。
現在六牛力を誇る【モーモーパワー】をもってすれば、素人剣術でも武器さえあれば倒せるだろう。
「だけど、ここまで来たら――なあズク坊!」
「おう! 己の体一つで倒すのが『牛の流儀』だホーホゥ!」
相棒共々、バカだと笑われてもいい。
それでも俺は、リスクを負ってでも今の戦闘スタイルを貫くつもりだ。
そもそも片手剣はずっとギルドに預けたままだしな。
もし本気でヤバくなったら……恥を捨てて逃げるのみ!
だから俺はいつものように肉体でひたすら叩く。
ガチガチガチィ! と何度も襲い来る鋏を、身体能力上昇に伴い上がった反射神経で避け、前面の甲殻を中心にパンチや蹴りやラリアットを見舞う。
繰り出す全打撃は衝撃吸収されるも、元の威力の高さから確実にダメージは入っている。
徐々に甲殻にヒビが入り出し、このまま一気に押し切れる! と思った矢先。
「ぐおッ!?」
モーションの大きな鋏む攻撃が当たらないと見たのか。
ギロチンクラブは巨大な鋏を閉じて、ハンマーのごとく振るった攻撃を俺の脇腹に当ててきた。
……にゃろう、やるじゃないか。
知恵なのか生存本能がそうさせたのかは知らないが、上等だ!
俺はますます真正面から、互角の殴り合いに発展させた。
桁違いのパワーと打たれ強さによる、見応えのあるだろう『超ヘビー級』の戦いだ。
派手な打ち合う音と足音が響き、濃密な時が経つ事、二分半。
あまりの激しさゆえか、一ラウンドにすら満たない時間の中で――勝敗は決した。
ギロチンクラブの顔面、深くヒビ割れた甲殻に向けて。
俺の切り札の『猛牛タックル』が炸裂し、中身ごと砕け散ったギロチンクラブは地面に崩れ落ちて絶命した。
と、それを見届けて一息ついた数秒後に。
過去最大の激闘で力を振り絞ったからか。はたまた戦闘スタイルを貫いたからか。
迷宮の神(?)は、またも不意に俺達に微笑んだ。
ギロチンクラブの死体の上に、突如現れて浮かぶ青く輝く光の六面体――。
「へ? あれはまさか……【スキルボックス】う!?」