百二十九話 剣聖とハリネズミと農薬王
前半が主人公、後半が三人称視点です。
「どうしますかね……。進むか止まるか、悩みどころです」
俺の天敵、ラバーゴーレムを撃破しての休憩時。
青芝さんはストレッチで体をほぐしながら、丸眼鏡をクイっと上げて考え込んでいた。
理由は『一日最大四体まで』と決めたルールについて。
無理をしないようにと、一日に倒す『門番』の数を最初に決めはしたが……。
今さっき倒したラバーゴーレムは『七体目』。
初日は疲れもあって三体までしか倒しておらず、このままの計算だと出られるのは明後日の朝になる予定だ。
「うーん、たしかに悩みますね。疲れはありますが、二日目で慣れたのか昨日よりも余裕はありますし……」
俺は切り取ったゴムの残骸(ランドセルサイズ)を持ち、ブニブニと手遊びしながら答える。
――あの後、花蓮からダガ―を借りて戦ったら、打撃とは打って変わってダメージを与えられた。
やはりゴムに『切断系』は相性がいいらしい。
青芝さんなんて今まで以上に猛烈な強さを発揮して、勢い余ってトドメも刺したからな。
踊るように二本の包丁を手繰る姿は圧巻の一言。
ゴムの巨大な球体が解体されていくのは見ていて爽快だったぞ。
「ホーホゥ。前衛二人は余裕ありか。ガルポンとフェリポンの魔力はどうだ花蓮?」
「大丈夫だよー。さっき回復薬も飲ませたしね。私の持ってた分はなくなっちゃったけど、まだすぐポンが持ってる分もあるから無問題だよっ!」
「そうでしたか。となれば戦力が落ちる心配はなさそうですね」
胸を叩く花蓮の言葉を聞いて、青芝さんが深くうなずく。
他に心配があるとすれば……青芝さんの包丁と俺の鎧か。
だが、これは休んだところで別に回復したりしないからな。
……さて、ならどうするか。
俺達はリーダーの青芝さんを中心に改めて話し合い、多数決も取ってみた結果――。
もう一体くらい進んじゃえ! 今日も含めてあと二回、こんなところで寝て過ごすなんて嫌じゃい!
という感じの意見で完全一致。
本日五体目との戦闘に突入して、コイツを終えてから寝る事に決まった。
個人的には、一人留守番中のばるたんの食事の問題もあるからな。
多分お菓子を食べているだろうが、うちで一番グルメだから早く帰ってやらないと。
「ところでズク坊先輩。次はどんな個体が相手ですか?」
「……うむ、よく聞いたぞすぐる。……次の相手は何と……あの『ダンジョンレックス』だぞホーホゥ!」
すぐるの問いに溜めに溜めて、ズク坊は答えるとファバサァ! と翼を広げる。
ダンジョンレックス。
それは名前の通り恐竜型、より正確に言うとティラノサウルスみたいなヤツだ。
前にズク坊が『モンスター大図鑑』を見て、「一番カッコイイぞホーホゥ!」と叫んでいたな。
たしかに見た目はカッコイイが、見るのはよくても実際に戦うのは嫌だぞ。
まあもう八体目……何の気負いも恐怖もないから、問答無用で叩き潰すけど。
「……というか、ここまで魔石と体の一部を少しずつ回収してるけど……。これ総額いくらになるんだ?」
『門番』の素材は例外なく高い。
現時点でも相当いきそうで(数千万?)、暴れ牛でマジックバッグの中が圧迫されていても、十分に新たな鎧を買う資金になりそうだ。
なんて思いながら、持ったままだったゴムの残骸を収納して。
俺達は次の扉を開け放ち、奥から数えて八番目の部屋に足を踏み入れた。
◆
一方、横穴がある四層から地上に上がっていき――一層地点。
そこにはモンスターを塵のように振り払う二人と一匹……ともう一人がいた。
「さっさと進んでいーのかどうか……。何度も探してここにはいねーと思うが、見落としの可能性は捨てきれねーぜ」
「あァ。足元の草が光るといっても、そうバッチリ視界が確保されてはいねェからな」
共に進むは草刈と白根。
互いに愛剣の『精竜刀』と『オリハルコンのレイピア』を握り、圧倒的な力を見せつけるも、捜索のため進む速度は出ていない。
「何せズク坊達が掛かったっチュからね。罠があるなら慎重に進むっチュよ」
「たしかにな。いくら『草白杉同盟』といえど、迷宮に絶対はないのだから!」
「「「…………、」」」
草刈に白根にクッキーに。
二人と一匹を黙らせたのは、他でもない小杉である。
……何でここにいるのか?
それは当然の疑問ではあるが……簡単に言うとこんな感じだ。
「僕も捜索に加わるぞ!」と言って聞かない小杉。
いくら太郎の『宿命のライバルだ』と連呼しても、未知の危険があると判断された迷宮に、ギルド側は入れるつもりはなかった。
そこで白根がピンと気づく。
あれ? コイツって太郎から前に聞いた『クソ坊主』じゃないか? と。
だから少し可哀そうだと思い、止める職員達に口を挟んで情けをかけたところ、
自分と草刈との合同捜索チームと一緒なら、という条件で共に潜る運びとなっていた。
……が、しかし。
ぶっちゃけ、すでに白根は後悔し始めている。
対植物系においては圧倒的な強さを誇るものの、ここに植物系モンスターはおらず、
何より、思った以上に小杉が変人だと、その言動で分かったからだ。
あれ? コイツ何かヤバくないか?
逆にクラスにいてもイジメられずに放置されるタイプじゃね? ……と。
「ま、まァ慎重にいくか。五層までは太郎達が通った最短ルートをいこう」
とにもかくにも、このメンバーで捜索を続ける。
出現してくるモンスターは仕留めようと襲いかかってくるも、周囲の観察をしながら片手間で戦う強者に次々と屍に変えられていく。
草刈の【斬れ味】で底上げされた【無気力剣術】で一刀両断。
白根の【スタンガン】と【万毒ノ牙】で一撃死。
少し多い場合はクッキーの【トルネード砲】で一掃。
……たまに小杉の、プシュー! とあまり意味のない【除草剤】。
一、二、三、四、五層とゆっくり進んでいくが――手がかりは一つも見つけられない。
当然の結果だ。
横穴がある四層を通過してしまえば、あとは『普通』の迷宮なのだから。
それを知らない彼らは進み、目的の六層に到達。
調査済みで、先行して『DRT(迷宮救助部隊)』が入っているとはいえ、今までと同じく慎重に周囲を観察しながら最短ルートを歩いていくと――。
「おっ、白根。ありゃーもしかして……?」
「間違いねェな。――おい、『お嬢』ッ!」
ルート上にあった、階段から約百メートル地点の六層の開けた場所に。
目的の太郎達とは違う、見知った顔がいるのを二人は発見した。
光る草の絨毯に照らされていたのは、部下を率いたまま『指一つ動かさず』に。
六層モンスターを死に至らしめた、迷彩服の上に防具を纏った女性の姿である。
◆
「うん? 今の声は……って、ソウさんにシロさん! それにクッキーも!」
手を振りながら近づいてくる白根達に気づいて。
その女性は開けた周囲にモンスターがいない事を確認すると、同じく白根達の方に『滑って』近づいてくる。
「久しぶりだぜ、お嬢!」
「元気にしてたかァ? お嬢!」
「誰かと思えばお嬢っチュね!」
「ええ、何とかケガもなくやっていますよ。……というか、もう三十四なんでお嬢はやめてくださいって。部下もいますし恥ずかしいですよ」
白根達の言葉に、ぽりぽりと頬をかく女性。
軽鎧の下の迷彩服姿に、部下という発言から分かる通り――彼女は『DRT』の隊長の一人だ。
笹倉結衣。白根達とは昔からの知り合いである。
平均的な成人女性の体格で、黒髪ショートの柔らかい雰囲気。
顔も含めてモブキャラみたいな印象だ。
だが、あの柊斗馬に次ぐ、『DRT』全体で二、三番手を争うほどの実力者である。
装備は腰に提げた牙製のダガ―一本と、金属製の葉が折り重なったような鎧を纏っているが……。
どちらもほぼ出番はなし。
なぜなら所有スキルが【魔石眼】、そして【大地滑走】だからだ。
【魔石眼】とは、バジリスクの【石化眼】と似たようなもの。
その眼に捉えた対象を石化、ではなく『魔石化』して、命を奪うと同時に価値ある塊に変えてしまう。
熟練度は『レベル8』。
よほど大型モンスターでない限り、対象の全てを魔石化する、強力かつ資源を生み出す特殊な【スキル】だ。
ついた異名の『魔石眼の公務員』はここからきている。
一方の【大地滑走】の方は、読んで字のごとく『地面を滑って移動』できるものだ。
熟練度は『八倍速』。
凄まじい速度と滑らかさを両立した機動力を誇り、直線的でパワフルな太郎とは真逆の、敵を動きで翻弄するタイプである。
これら二つの【スキル】の効果によって。
彼女は指一本動かさずにモンスターを倒し、スケートのように地面を滑ってやってきたというわけだ。
「……ところでお二人共、そっちの彼はどなたですか?」
「うむ、よくぞ聞いてくれた。俺は急遽組まれた『草白杉同盟』の一人――『農薬王の探索者』こと小杉達郎だ!」
「は、はあ……?」
胸を張って答える小杉に、戸惑いの顔をする笹倉。
だがそこは『DRT』の隊長。一瞬でただの変わり者だと見抜いて納得する。
「まーそういう事だ。お嬢も俺達が来るのは聞いてただろ?」
「ええ、ギルド総長から聞きました。お二人とクッキー……と小杉君? がいるなら助かります」
「おう。んじゃァ、お互い頑張るとするか。下に潜った形跡がねェと言っても、転移や落とし穴で強制的に下層に送られた可能性があるからなァ」
「だっチュね。何としてもズク坊達を見つけるっチュよ!」
時間的に猶予があるかは全くの不明。
だから気合いを入れ直して、軽く挨拶を済ませた白根達は、笹倉率いる『DRT』とは別に進む。
消えた現場は『四層』のため、他の層を探したところで意味はない。
しかし、真実を知らない捜索隊は、見落としに注意して必死に太郎達を探していく。
――結局、見つけられずに帰り道に四層を通った時、横穴を発見できるかどうか。
全てはその一回きりのチャンスをものにできるかどうかである。




