百二十五話 門番地獄・二日目
「悪いな。こっちは寝て休んだばっかだし――。お前は『二度目』で、俺も前の俺より強いんだよ!」
二頭分上がって三十一牛力、そこから【過剰燃焼】で倍の『六十二牛力』に引き上げて。
推定『四十九・六トン』の超重量を武器に、俺は右肩から『高速猛牛タックル』を見舞った。
衝突した右足首から響く、毎度おなじみの轟音と衝撃。
そこから離れて視線を上げれば、俺の前には見覚えのある威容が立ちはだかっている。
三つの修羅の顔に六つの腕。
相変わらず職人が彫ったかのような精巧な造りのコイツは、見ての通りダンジョンアスラだ。
金沢で初めて会った『門番』。
最初に一定以上の大ダメージを与えてヒビを入れない限り、どんな攻撃も効かないというアレである。
――地獄の続きとなる二日目。
その幕開けとなった四体目は、過去の強敵というわけだな。
ガキィイン! ――ズズウゥン! ――ボッフゥン!
アダマンタイトの包丁、プラチナ合金の鎧、風魔術の竜巻が、魔力が通って凄まじい硬度を有する岩の体に衝突する。
すでに俺の一撃で足首にヒビが入ったダンジョンアスラに、各々が部位破壊のために顔と両足に集中攻撃を仕掛けていた。
ちなみに、昨日のトリプルアイ戦でのトドメの一撃。
大量の経験値を手に入れたのは……まさかのガルポンだった。
花蓮と他二体と経験値を分けあうとはいえ、さらにパワーアップ。
【従魔秘術】こそまだ上がらなかったものの(どんだけ大器晩成だよ!?)、
『小竜巻』の大きさ、速度、風の回転数など。
それら全てが底上げされて、叩き出す威力は相当上がっている。
「……とはいえ、だ。じゃあ楽かと聞かれれば……全力で否だぞ!」
担当の右足へのタックルを執拗に繰り返しつつ、ついつい俺は叫ぶ。
三つの顔に監視されて、降ってくる腕は六つ。
過去に対戦経験があるから少しはマシだが、『門番』の中でもやりづらい相手なのは間違いない。
あと、前回は『北欧の戦乙女』がいたからな。
何より女神な緑子さんが、【影舞闘】の影で短時間でも動きを止めてくれたのが大きかった。
青芝さんはその緑子さんや葵さんよりも強い。
俺も前の俺より牛力が上がって確実に強くなっている。
そして新顔のガルポンと、攻撃を担う戦力は立派ではあるが……。
さすがにどう計算しても、前の俺+『北欧の戦乙女』(七人)の方が総合的には上なのだ。
「まあとにかく! 今回も【過剰燃焼】三回以内で倒したいところだッ!」
六十二牛力。さらに重く強くなって多少の無茶はできるからな。
足元をズン! と踏み沈めながら、『狂牛ラッシュ』によるひたすらの前後運動で大激突。
回避の意識をいつもより薄めて、攻撃的にダンジョンアスラと向かい合う。
絶対に避けるとしたら振り下ろしのチョップのみ。
さすがに硬い地面と挟まれて押し潰されるのは……だいぶキツイぞ。
逆に言えばそれだけだ。
横や前からくる叩き攻撃に対しては自信があるから、耐えて少しでも早く攻撃に転じようと思う。
……なので、四度目のタックルを見舞ったところで。
俺の左前方から、右腕でのメガサイズな掌底が飛んできた。
大質量vs大質量。
五度目のタックルに入ろうとした瞬間に直撃を受けるも――予想通り、いや予想以上に耐えられた。
わずか『二メートル弱』。
鎧の上からでも普通に痛いが、基本のタフさと『全身蹄化』も効いて大丈夫だったのだ。
――ニヤリ。
俺は少しズレた兜を直しながら、その下でつい笑ってしまう。
だって相手はボスよりも強いとされる『門番』だぞ?
注意を払うのが頭上からの振り下ろし系だけでいいなら、かなり戦いやすくて余裕も出てくる。
まあ、逆に強敵との連戦によって……体よりも鎧の方が心配だが。
「こればっかりはな。この勝ち抜き戦を無事に抜けられるなら、鎧の一つくらいくれてやるよ……!」
気合いを入れるため、ここで一発『闘牛の威嚇』を。
唸っても微塵も効かないのは当たり前、別に期待もしていないしな。
ブルルゥウウ! からのズズゥウン!
もう耳もバカになり、普通に感じる衝突音を響かせる。
愚直に、単調に繰り返していけば、六十二牛力のパワーを受け止めきれずに――右足首がガラガラと崩壊していく。
第一段階はまずクリア。次は足の代わりに支える腕の一本をもらおうか。
一回目の【過剰燃焼】が切れて、フェリポンに即座に回復してもらうと同時。
青芝さんも左足首を破壊、ではなく切断し、ダンジョンアスラは六つある腕のうち、二つで巨体を支える状態に。
……うむ、やはり頼りになる仲間達だぞ。
高い回復力を誇る【精霊の治癒】。
魔力が通う頑丈な岩を削れる斬撃。
わずかでもヒビを入れられる竜巻。
そこに俺自身の粉砕できる打撃が加われば、勝てない道理はないだろう。
――そうして、三回目の【過剰燃焼】タイムに突入して。
強者しか存在しない戦場で戦闘を始めてから、破壊と轟音を繰り返す事、きっかり九分。
崩壊音という名の断末魔を上げながら。
真ん中顔面への『狂牛ラッシュ』の一撃により、機能停止したダンジョンアスラの巨体が草の絨毯に沈む。
結果、俺はまた新たに闘牛二頭分の力を宿して。
さらに自信を深めると共に、三十三牛力になったのだった。
◆
「あと八体ですか。……やっと三分の一まで進みましたね」
もうお約束となった、撃破後の通路内での休憩中。
青芝さんは眼鏡をクイっと直し、首筋の汗をタオルで拭ってから、武器の包丁二本にヘッドライトの光を当てて眺めていた。
「ですね。戦力的には何とかなりそうですが……包丁の方は大丈夫ですか?」
「ええ、問題なさそうです。ミスリルよりも硬いアダマンタイト製でも、さすがに相手が相手なので……。連続だとどうかなと思いまして」
青芝さんに聞いてみると、普通はここまで硬い相手だと何戦も連続では使わないらしい。
俺は『牛の流儀』で武器は持たないからな。
武器というのは繊細らしく、『門番』相手だと、二戦もやれば整備をするとの事だった。
……もちろん、ここにそんな設備的なものはないので……少し心配していたようだ。
「ホーホゥ。さすがはアダマンタイト、そして『億越え装備』だな。逆にバタローの鎧の方は……」
「ああ、戦闘中は廃車ならぬ廃鎧上等! で思いきりやったけど……。いざ損傷があるとやっぱり嫌だな」
『左肩』に乗るズク坊の声に、俺は兜だけ脱いだ状態で鎧を見る。
『プラチナ合金アーマー』。
青芝さんの包丁と防具には劣るものの、特殊加工でアダマンタイトを含んだ、プラチナベースで造られた鎧だ。
表面はモンスターの特殊な唾液で薄くコーティングされて魔法にも強い。
そんな光沢ある明るい銀色の騎士風の全身鎧は、『八千九百万円』と上等な代物である。
有名な防具専門の鍛冶師、古館桜さんが製作したものだが……。
やはり『門番』相手、それも連戦は厳しいようだ。
タックルで当たる右肩部分。
そこだけ金属疲労(?)みたいな感じでへこみ始めていた。
「まあ、少しやりづらいけど左肩で当たればいいか。牛力も上がったし、ラリアットでもダメージは入るしな」
「……あ、牛力といえば先輩。今は三十三牛力との事ですが、三十牛力で得た『新能力』は判明しましたか?」
「いやまだだな。前にも言った通り、かなり分かりにくい能力みたいだ。……多分、それよりも早く三十五牛力に上がって次の能力を手に入れるかも……?」
新能力が判明すれば、確実に力になってくれるだろう。
だが現状は本当に『新能力に目覚めた』という感覚だけ。
まったくもってピンときていない状況だぞ。
「まあそれは追々だねー。今のままでもバタローは強いし、万が一何かあってもフェリポンの回復があるしね。ダメージ上等、ドンと来いやだよっ!」
『キュルルゥウ!』
「おう、また頼んだぞ。花蓮とフェリポンがいなかったら、とっくに『ミルク回復薬』を使い切ってただろうな」
正直、新能力が使えなくても今までに得た力、そして頼もしい仲間がいるからな。
フェリポンはすぐに何度も回復してくれるし、
スラポンが後ろで非戦闘組の盾になっているから安心して戦えるし、
ガルポンがいるから敵に隙が生まれるし、
それら全ては従魔師の花蓮がいるからこそだ。
ズク坊は戦闘前に敵の正体を見破り、青芝さんは言わずもがな、切断系の大ダメージを与えてくれる。
……え? すぐる?
いやすぐるはほら、閉ざされた空間で燃えずに酸素を節約するという大事な仕事が……ねえ?
「新能力については判明したら儲けもの、と言った感じですね。――ズク坊君、この後の相手を教えてもらえますか?」
「いいぞ。ホーホゥ。次のヤツは――『アローウィング』。んでその次が――『フロストテイル』だな」
ズク坊の口から、何やら特殊そうな『門番』の名前が。
どうやら青芝さんも初めて聞く個体だったらしく……こりゃ慎重にいかないと。
俺達はまだまだたくさんある食料(お菓子多め)をつまみながら。
次の戦いに備えてエネルギーをチャージしていると……。
安くて美味い三本入りパックのみたらし団子を持ち、それを食べずにまじまじと見ていたすぐるが――ぽつりと呟く。
「ぼ、僕動いてないからなあ……。た、食べたら余計に太るよなあ……」
活動報告にも書いたのですが、本日から『今日の一冊』で紹介していただける事になりました。
嬉しさ半分、恥ずかしさ半分な気持ちです。
より多くの人にチラッとでも見に来ていただけたら幸いです。




