百二十四話 激動の一日
前半が主人公視点、後半が三人称視点になっています。
「いや本当、何とかならんかなこの状況……」
ハードな二戦目を終えて。
きっちり魔石とごく一部の苔の岩を回収した俺達は、また次の通路部分で休憩していた。
――時刻はもう少しで午後五時だ。
入ったのはたしか一時前だったから、大体四時間は経過している。
「ズク坊君。次の『門番』はどういう個体か教えてくれますか?」
「ホーホゥ。いいぞ。次のヤツは――『トリプルアイ』ってのだな」
鼻というか嘴をくんくんさせて、青芝さんの問いに答えるズク坊。
トリプルアイ……? ふむ、とりあえず聞いた事がないぞ。
「……三つ目のアレですか。それなら戦った事はあります。分かりやすく言うなら、巨大化して『脆さを克服した』エビルアイというところですね」
「おおっ、あの目ん玉ちゃんですね。私達のホームにもいますよ!」
「おや、そうだったのですか。目玉の一つから強力なレーザーが出る点も同じです。……これまでの二体よりも、さらに慎重に戦わないといけません」
さすがの青芝さんも……休憩は取っていても二体連続は大変らしい。
ふう、と深く息を吐いて、見るからに全身を脱力。
紙コップに入ったミルクティーを味わうように飲んでいる。
「エビルアイの超強化版、という感じですか。一発貰って耐えられるとしたら、それこそ先輩くらいですね……」
「かもな。レーザービームはロマンがあるけど……危険すぎて現実世界じゃ勘弁だぞ」
閉ざされた空間で酸素の関係上、戦えないすぐるがミルクティーを注いでくれる。
すぐるの【火魔術】があれば戦闘が楽になるのは確実だが……。
まあその分、鍛えたガルポンの存在は大きいからな。
威力も精度も上がった『小竜巻』。
すぐるの代わりとはいかないまでも、十分に相手の隙を作り出してくれている。
……とはいえ、やはりキツイものはキツイ。
正直、イエロースライム軍団で事前に成長できたから良かったものの……。
それがなければ俺は今、涙目になっていただろう。
え? もし青芝さんがいなくて『迷宮サークル』だけだったら?
愚問だな。当然、涙目どころの騒ぎでは済まないぞ。
さらに地獄な鬼ハードモードな状況が――いや、怖いから考えるのはよそう。
「そう言えば友葉君。さっきモスビーストにトドメを刺せましたから、もしかして三十牛力に?」
「あ、はい。上がってますね。二つ上がって『三十一牛力』になりはしましたが……」
「ホーホゥ? なりはしましたが……?」
ポテチを頬張る青芝さんとズク坊。
俺もちょうど頬張りながら、今の【モーモーパワー】の状況について話す。
「どうにも分からないんですよね。『何か』が体の中に芽生えたのは分かるんですが……」
十牛力に到達してから、五牛力ごとに得ていた『新たな能力』。
それを今回も得たのは経験からして分かった一方、肝心の能力についてはさっぱり分かっていなかった。
目に見える変化はなく、『闘牛気』や『全身蹄化』のように分かりやすいものではない。
また『牛力調整』よりも……俺のカンからすると分かりづらい気がする。
まあ、こっちはそのうちにだ。
今は戦力計算には入れず、一、二戦目と同じ戦い方でやっていこう。
――その後、俺達はしっかり二時間ほど休憩を取った。
そこで今後の予定を話し合い、思った以上に肉体・精神共に疲れがあったため、
今日は次のトリプルアイで終わりにする、という結論になった。
四戦目は明日の朝になってから。
あとひと踏ん張りして、しっかり睡眠を取る事にしよう。
「(……にしても、何ちゅう激動の一日だよ本当……)」
俺は目を閉じて、今日一日を思い出す。
食強可能な牛モンスターと相対し、ビビって逃げられ、横穴を発見し、それはボーナスエリアで、帰り道は『門番地獄』――。
うん、心の底から確信を持って言えるな。
今日という一日は、これまでの探索者生活で最も忙しくてスリリングな一日だと。
「では、行きましょうか」
「「「はい」」」
「了解だホーホゥ!」
俺達は扉を開けて、トリプルアイが待つ十番目の部屋に入った。
◆
――午後十時。『郡山の迷宮』担当の仮設の探索者ギルド。
太郎達がトリプルアイを激闘の末に倒し、ゆっくりと夕食を取り、次の通路内で寝る準備に入っていた頃。
探索者ギルドの中は、遅い時間帯だというのに騒然としていた。
五百人以上いた探索者はほとんどいない。
ギルドの職員と、解体待ちで残っていた最後の方の探索者が十数人いるだけだ。
なのになぜ騒然としているのか?
それは一つの合同パーティー、『四人と一羽』が戻ってきていないからだ。
「何でまだ戻ってきていない!?」
「分かりません。さすがに迷宮内で遊んでいるとは思えませんし……」
「他の探索者からも聞いたところ……。五層から上がり、四層で地上に戻っていく姿を見たというのは間違いないようです」
五十過ぎの初老のギルド所長の困惑しきった問いに、同じく困惑した受付嬢二人が答えた。
その近くで、事の一部始終を聞いていた残りの探索者達も、
「え、何であの人達が!?」
「潜ったパーティーで一番楽勝なはずなのに……?」
「いやあり得ないだろ。帰ってきたのに、ギルド側がうっかり見落としただけじゃないのか?」
と、同じように困惑している。
……当然、彼らは太郎達が門番地獄で足止めされている状況を知らない。
というかそもそも、怪しげな横穴の存在すら気づいていない。
「大丈夫だとは思う。何せあの面子だからな。……ただ……」
「一応、『DRT』への救助要請をすると」
「そうだ。彼らがこの迷宮で殺られるとは思えない。となれば、支給したマップをなくして迷った可能性が高いだろう」
ギルド所長は急ぎ各方面へと指示を飛ばす。
それを見ていた他の探索者達も、格上とはいえ同業者のピンチに、
「俺達も手伝います!」「やらせてください!」と、救助(というより捜索?)に加わる事となった。
――だがこの時、ここにいる誰もが本気で心配はしていない。するはずもない。
今日初めて会った他人だから? ……違う。
ギルド所長が言った通り、戻らない面子が面子だからだ。
『単独亜竜撃破者』を除けば最強の男と、若手どころか、全体で見ても上位パーティーになる『迷宮サークル』。
難易度が中の上程度の迷宮において、まさに過剰戦力である。
それぞれが別でも十分すぎるのに、合同パーティーまで組んだ状態で命を落とすなどあり得ない。
戦闘力はもちろん、生き残るという点から見ても……おかしすぎる。
『ミミズクの探索者』は全探索者の中で最も頑丈であり、『子供探索者』などは百八個の命があるのだから。
特に非戦闘員のミミズク。
探索者もギルド関係者も、今や誰もが知るこの可愛らしい白ミミズクは、
速度上昇効果があるスカーフを巻いての『高速無音飛行』と、優秀な【気配遮断】まで持っているのだ。
実際、『全滅』というワードを口にした者に対して、
皆が皆、「いやいやいや……」と口を揃えて言うくらいだ。
……しかし、それも一夜明けて――捜索が空振りに終わった事で現実味を帯びてくる。
日本有数の凄腕探索者達だけが帰ってこない。
迷宮業界は岐阜での『迷宮決壊』以来となる、大きな衝撃を受けるのだった。