百二十二話 帰り道は門番地獄
「この光沢ある体と顔なし――間違いない! これは『門番』です!」
突然、モンスターがいなくなった部屋に輝いた巨大魔法陣。
その中心からズズズ……! と頭から現れたのは、十メートル超えの岩の巨人だった。
何でここに? どうしてこのタイミングで!?
イエロースライムだらけのボーナスエリアは――一瞬にしてハードで危険すぎる空間に変わってしまう。
さらにここで。
飛び退いた時もがっしりと俺の右肩に止まっていたズク坊が――。
「ホ、ホーホゥウ!? ……ウソだろ。何で急に全部埋まってるんだホーホゥ……ッ!?」
「は!? 全部『埋まってる』……!?」
慌てふためくズク坊の声を聞きながら。
とにかく『門番』を中心に散ってしまった皆と合流する。
そうして、唯一の出入り口で硬く閉ざされたであろう扉の前に揃った直後。
ズク坊がファバサァ! と、混乱気味に翼を広げて……俺達に言う。
「全部なんだ全部! ここに現れたコイツ、『ノーフェイス』以外にも! 通ってきた十二部屋全部に――違う『門番』が現れてるぞホーホゥ!」
「「「「なッ!?」」」」
瞬間、俺はあまりの衝撃情報にクラッとしてしまう。
通ってきた全ての部屋に『門番』!?
……バカ言え、そんな鬼畜すぎる状況なんて聞いた事もないぞ!
そもそも『門番』とは、ボス部屋を守るために存在する稀少で強力なモンスターだ。
せいぜいいたとしても、一つの迷宮に一体くらいで……!
だが、残念無念。
ズク坊の進化した【絶対嗅覚】は、その階層のモンスターの種族・数・【スキル】の有無まで嗅ぎとれるのだ。
だからこの受け入れがたい衝撃の報告も……百%事実なのだろう。
――と、俺があまりの事態に背筋をゾッとさせていると。
リーダーの青芝さんが丸眼鏡をクイっと上げて冷静に、けれど初めて見る鋭い雰囲気を醸し出しながら。
「……どうやらただのボーナスエリアではなかったようですね。大量の経験値を得られる分、しっかり法外な支払いを要求される、と」
すでに包丁二本を抜き、戦闘体勢に入っている。
俺も兜を被り直して、不気味に振り向いた『門番』――ノーフェイスと向き合う。
「ど、どうしましょう先輩!?」
「慌てるなすぐる。先の事は考えずに、とにかく目の前のコイツに集中だ!」
「だね。幸い青芝さんもいるから戦力的には……。援護は任せてっ!」
花蓮の声にうなずき、俺と青芝さんは前に出る。
すぐると花蓮達は当然、いつも通り後衛にチェンジ。
相手は暴れ牛やイエロースライムの比じゃないからな。
スラポンはすぐる達の壁になってもらうため、前衛は俺達二人だけだ。
「準備はいいかい友葉君?」
「はい、大丈夫です。あとこうなってしまって……すいません」
「何を言っているんですか。私も含めて皆が同意しましたし、そもそもこんな事になるなんてどの探索者にも予想できませ――」
ズズウゥウン! と、ノーフェイスが踏み出した超重量の一歩で声がかき消される。
――それすなわち、戦闘開始の合図だった。
◆
『門番』。
種族こそ違えど、金沢で初めて戦ったそれは、基本的にボスより危険な存在と見なされている。
デカく、硬く、そして強い。
だからこそ手は抜けず、最初から全力全開で当たらなければならない相手だ。
「【過剰燃焼】!」
二十九から倍の『五十八牛力』に引き上げる。
そうして、今日まで磨いた格闘術をいざ披露! ……なんて悠長な事は言っていられない。
タックルとラリアットの封印を久しぶりに解く。
『闘牛気』と『全身蹄化』を纏い、『牛力調整』からの開幕の一撃を――巨体の足へと叩き込む。
ドゴォオン! と巨大部屋の中に轟音と震度が響く。
だがもう何百何千、いや何万か? 伝う衝撃で敵の頑丈さは判断でき、やはり『門番』は別格だ。
「――ッ……!」
予想通り一発でどうこうできる相手ではない、か。
俺はバックステップですぐに戻り、兜の下からチラッと左を見る。
もう一人の前衛の青芝さんはどうだ?
そう思って見たのは――生意気だったな。
キンキンキィイン!
荒ぶる包丁が対象をぶった切ろうと火花を散らす。
青芝さんは小さな体から凄まじい剣戟を披露して、ノーフェイスに怒涛の攻撃を仕掛けていた。
……正直、軽量級が重量級を相手にしているとは思えない猛攻である。
「スゴイな……。さすがは一人で『門番』を倒しただけあるぞ……」
なんて感心している場合じゃないか。
青芝さんの斬撃でも深めの傷がついているだけ。さすがに一振りで真っ二つとはいかないからな。
俺は再び牛力というエンジンをかける。
反撃の斧をひらりと躱し、抉り取られる地面を横目にノーフェイスの足へと突っ込む。
『クルォオオッ!』
――後方からはガルポンの『小竜巻』の援護だ。
敵の足元で衝突を繰り返す俺の真上。
今は戦闘中で確認できないが、おそらく不気味なパーツなしの顔を狙っているのだろう。
一方、もう一人の後衛のすぐるはと言うと……攻撃に加わっていない。
別に休憩中ではないぞ。
ここは体育館並に広いとはいえ、扉で『密閉された』空間だ。
しかもさっきまで【火魔術】も撃っていたからな。
さすがに酸素がなくなっては困るので、人間モードのまま大人しくしている。
あと表面に光沢があるタイプはそもそも『魔術に強い』のだ。
ガルポンの風(打撃)ならまだしも、火だと効果も低いだろう。
「んで、スラポンは盾だからな。つまり二人と一体で倒すしかないってわけだ!」
また隕石のごとく降ってきた巨大斧を回避。
詰めては離れ、詰めては離れのタックルを繰り返す。
桁外れな震動と轟音はお約束だ。
『門番』との戦いの激しさを物語っている。
というか……くそっ! 手数も多いしあまり隙がないな。
金沢でのダンジョンアスラ戦みたいに、短い間隔で何発も見舞う『狂牛ラッシュ』に入れん……!
まあその分、パワーと耐久力の方は少し落ちるようだけども。
太く光沢もある岩の体は、まるで高級ホテルか何かの柱にも似て……。
――ズズゥウウン――!
と、ここで青芝さんのいる左側から。斧の攻撃や踏み込みとは少し違う震動と轟音が。
何かと思って見てみれば、持ち手が折れた斧が光る草の絨毯に落下していた。
え、エグイなあの包丁! あともちろん青芝さんの剣技も!
岩製の斧も本体ほどではなくとも硬そうなのに……。
涼しい顔でまず斧を無効化、足への攻撃をさらに厳しく行っている。
「……俺も負けてられないな。五十八頭分のパワーを見せつけねば!」
斧の他にも、足上げ回避からの踏み潰しも喰らわないために。
少しジャンプする形で突っ込み、衝突した足を『足場』にして蹴って離れる。
地味でもこれしかないからな。
巨大なモンスターを相手にする時には(特に二本足は)、足元から崩すのがセオリーだ。
そうして――同じ作業の繰り返しで三分が経過。
敵の左足はボロボロでも上手く当て切れなかったのか、一度目の【過剰燃焼】では倒しきれず。
切れて三分の一の体力を消費し、俺はゼェハァと大きな疲労に襲われるも……。
「フェリポン! バタローに『精霊の治癒』だよっ!」
『キュルルゥウ!』
閉ざされた扉の前。
決して安全圏ではないものの、俺と青芝さんが相手取る事により、比較的安全ではある場所から。
フェリポン発の桃色の霧が俺の全身に纏わりつき、一気に疲労が抜けていく。
大量の経験値で強化されたからか、失った体力の三分の一が一発で完全回復となった。
ダンジョンアスラ戦では回復役はいなかったからな。
戦闘中に『ミルク回復薬』をガブ飲みするという、リスクを冒す必要は今回はなし。
「【過剰燃焼】!」
そして再び、二十九牛力から五十八牛力へ。
すでに青芝さんにより右足首も半分ほど切断されたノーフェイスに、『高速猛牛タックル』を見舞う。
「――おッ!」
すると見事に一発目で。
巨体を支える左足、その足首部分が粉砕。大きな岩の破片となって派手に散らばっていく。
直後、バランスを崩して前のめりに倒れるノーフェイス。
結果として四つん這いのような状態となり、不気味なツルツル顔が地上近くまで下りてきた。
さあ、あとは仕上げ――顔面への攻撃といこうか。
ガルポンの竜巻連打で少しのヒビは入っている。
腕や足と比べると……そこまで頑丈ではないらしい。
「はァアアア!」
「ぬおぉおお!」
跳び上がった青芝さんからの斬撃と、俺の豪腕からの『闘牛ラリアット』の連打が顔面に集中する。
こうなれば勝利は確実だ。
さっさと【過剰燃焼】が切れる前に倒しきってしまおう。
最後のラッシュと、極めて鼓膜に優しくない戦闘音が続く。
ツルツルだったノーフェイスの顔面はボロボロとひび割れ、崩れ落ち、見るも無残な酷い肌(?)に。
それでも容赦なく、反撃がある限り斬撃と打撃を積み重ねていけば――。
事故的に起きた突然の『門番』戦は。
頼りになるリーダーの力もあって、開始から六分以内に決着した。