百二十話 横穴
「まあとにかく、予定外はあったけど……無事に肉を確保っと」
暴れ牛にビビられ逃走されるという、まさかの事態を受け止めて。
大人しく『見学』に徹した俺は、青芝さん達仲間の奮闘を少し離れたところから見届けていた。
――現在いるのは五層だ。
ダントツで過剰戦力な俺達合同パーティーが、あのまま四層の浅い場所で狩るのはどうかと思うからな。
四層は他のパーティーに譲って、五層の奥まで戦闘回避で一気に進行。
一番奥の広場でようやく狩りを始めて――最終的に青芝さんが『十体』、俺達『迷宮サークル』は『五体』を狩ってマジックバッグに収納した。
「……ふう、これくらいで十分ですね。あまり多く狩っても解体が大変でしょうし」
「ですね。ギルド本部から【解体師】持ちの方が何人か来ているといっても……。探索者が五百人以上もいますからね。……というか僕、あまり活躍できなかったなあ」
「まあまあ、すぐポン。仕方ないよ。下手に焼いちゃうわけにはいかないからねー」
「そうだぞすぐる。ホーホゥ。スラポンの『生命吸収』で、傷一つない状態で仕入れられたからよしとするんだ」
と、見学の俺抜きで感想を言い合う皆。
うぬぬ……。ちょっとハブられた感はあるが……とにかくもう邪魔にはならないから合流するか。
「お疲れ様です青芝さん。あと皆もな。戦闘はもちろんですが、他の探索者の先導も助かりました」
「いえ、これくらいお安い御用ですよ。それに私がいなくても、実績ある友葉君達だけでも問題なかったはずです」
俺が頭を下げると、青芝さんは低姿勢を崩さずに答えてきた。
……うん、やっぱりこの人は信頼&尊敬できるな。
どんなに強くても決して驕らず、下の者にも丁寧な態度で接してくれるぞ。
どこかの変態スプレークソ坊主、ではなくて。
こういう人こそ『宿命のライバル』だったら……気分良く競い合えるのに。
「ホーホゥ。じゃあ早いところ地上に戻るか。あまり遅いと解体待ちが長くなっちゃうぞ」
「だな。他の探索者も大丈夫そうだし――って、探索は自己責任だったな。甘やかしはお門違いか」
よほど牛肉が得られて嬉しいのだろう。
ホクホク顔で右肩に戻ったズク坊が、ファバサァ、と急かすように俺の頬を兜越しに撫でる。
よし。目的も達成した事だしさっさと戻るか。
リーダーの青芝さんからも「では帰還しましょう」と指示も出たので、俺達は来た道を戻っていく。
迷宮に潜ったものの、俺はかなり、すぐるは少し消化不良ではあるが……。
まあ、たまにはピクニック気分な探索でもいいか。
◆
「――うん……?」
牛肉を調達した帰り道。
多くの探索者がいるため、ちょっとした『安全地帯』と化した四層を歩いていると――俺はふと妙な違和感を覚えた。
何だ?
変わり映えのない、光る草の絨毯が敷かれた洞窟の中で、今何かが……?
「どうしました友葉君? 何か忘れものでもありましたか?」
「あ、いや違うんです青芝さん。ちょっと今、すぐるの炎に照らされた箇所が少し……?」
「ホーホゥ? 別に何もなかったような……気のせいじゃないのかバタロー」
前を歩いていた俺が立ち止ったため、皆の足も一旦、止まる。
「えっと、たしか……」
何となく、本当に何となく気になった俺は、
三歩ほど大きくバックして、違和感を覚えた場所に近づく。
左側の迷宮の壁。
ゴツゴツした岩の壁を、すぐるに照らしてもらいながら観察してみると――。
「あ、やっぱり!」
ベタベタ触って違和感を探ってみたら、見事に的中。
壁の一部に細長くて深い『亀裂』が入っていたのだ。
……え? 洞窟型の迷宮なら亀裂くらいあるだろって?
そりゃ普通の洞窟ならあるだろう。
だがここは迷宮だ。ある一定以上は壁も天井も『絶対に壊れない』仕様になっている。
だから表面だけの、浅い亀裂程度なら十分ありえるが……。
俺が違和感を覚えて、そして見つけたのは。
明らかに何メートルも奥へと続いている『深い亀裂』だったのだ。
「あれ……。たしかに先輩、これはちょっと変ですね」
「あっ本当だ! やたら深くて先が見えないね」
「……ふむ。十年以上も探索者をしていますが……ここまで立派な亀裂は初めて見ますね」
すぐるの炎に照らされた亀裂を見て、皆も納得顔で言う。
遅れて右肩に戻ってきたズク坊も左の壁を確認して、
「ホーホゥ。バタローのカン違いじゃなかったのか」とコクコクうなずいている。
ほれ。だから言ったろうに。
安全すぎて知らず知らずに気を抜いて、前を見ずに壁を見て歩いていたから気づいたのだ(ドヤ顔)!
――って、まあそれはいいとして。
「思った以上に深いな。ちょうど『大人一人』が通れるサイズなのも気になるぞ……」
「ええ、友葉君の言う通りですね。進めそうな気配がありますが……マップには載っていませんか」
俺と青芝さんは揃って考え込む。
……しかし、ここにいるのは全員『探索者』。
探索者とは探索をする者であり、探索とはつまり、こういうものを見つけた時には――。
「青芝さん。……行ってみませんか?」
「奇遇ですね友葉君。私も同じ事を思っていました。調査漏れがあるのなら、我々でやっておいた方がいいかと思います」
大した相談時間もなく、次の行動が即決定。
なるべく早く戻って混まないうちに牛を解体してもらうのは……二の次という事で。
傍から見れば、この判断は軽いと思われるかもしれない。
ただ、普通に考えても『リスクは低い』からな。
中の上レベルの迷宮で、しかも上層に当たる四層部分。
加えて何度も言うが、俺達合同パーティーは、『五番目の男』を筆頭とした過剰戦力なのだ。
これで逆に調べなかったら?
探索者ギルドから怒られはしないまでも、軽めの苦言を呈される可能性は高いぞ。……報告すればだが。
「ならちゃちゃっと調べちゃうか。どうせ行き止まりか、十分とかからずに終わるはずだぞホーホゥ!」
影のリーダー(?)のズク坊もファバサァ! と了承した事だしな。
さくっと調べて、担当の探索者ギルドに報告するとしますか。
サイズ的に厳しいスラポンとガルポンはパーティーを一旦アウト。
『従魔帰還』で花蓮の中に戻して、いざ亀裂の中に入っていく。
◆
――そうして、深い亀裂に入って一分。
光る草の絨毯も途切れている、真っ暗な細長い道の中で。
先頭はヘッドライトを取り出して装着した青芝さん、一番後ろは火ダルマのすぐるという一列で進んでいけば……俺達の認識は改めさせられていた。
もはや亀裂なんて言葉では収まらない、と。
人間四人とズク坊とフェリポン。
皆で一列になって一分も進んでいるのを見ても、これは立派な『横穴』だ。
さらに、右肩のズク坊より、
「ホーホゥ? やっぱりだ。亀裂の外では分からなかったのに……。中に入ってから先にモンスターが確認できるぞ」
との報告が『困惑しきった声』で入ってきたのだ。
……たしかに、ズク坊が困惑するのも当然だな。
【絶対嗅覚】は同じ階層なら、隅々までモンスターの状況(種族・数・スキルの有無まで)が分かるから……少しおかしい。
しかも、詳しく聞いてみれば――。
「えっ? モンスターは暴れ牛じゃないのか!?」
「間違いないぞ。ホーホゥ。この迷宮とは全然関係ない、『高級プリン』がわんさかいるぞ」
……これは……少しどころか相当おかしい。
一層につき一種族のモンスター。それが迷宮のルールである。
『呉の迷宮』のスコットフェアリーみたいに、他の種族に混じって出現する例外もあるにはあるが……。
ズク坊の【絶対嗅覚】ではまるで『別の階層』みたいな扱いで、
亀裂だと思ったらやたら深くて長い『横穴』で、
先には暴れ牛ではなく『高級プリン』がわんさかいる。
「「「まさか……」」」
一度立ち止まり、ズク坊の報告を聞いた俺と青芝さんとすぐるの声が重なる。
花蓮はよく分かっていないのか、フンフンフー♪ と鼻歌を歌っているだけ。
多分、いやこれは絶対か?
俺達男衆はうなずき合い、再び歩みを進めていくと――。
ヘッドライトと炎に照らされた横穴の先に『扉』を発見。
洞窟の中にドン! と現れた人工的なそれは、今まで何度も見たボス部屋みたいな、幾何学模様が刻まれた精巧な造りの岩の扉だ。
「わざわざ扉で仕切られているとは……。早速開けようと思いますが、皆さん準備はいいですか?」
「はい。大丈夫です」
「やってやるぞホーホゥ!」
「いつでもオーケーです!」
「あれ? 何か皆やる気満々だね」
一人、絶対にこの『美味しい状況』を理解していない者もいるが……さあ行こう。
青芝さんが両開きの扉をゴゴゴ……と押し開けると、そこに広がるのは圧巻の光景。
淡くも艶やかな黄色。
丸っこくてポヨンポヨンした集団が、復活(?)した光る草の絨毯が敷かれる空間の中、これでもかと犇めいていた。
『イエロースライム』。別名、『高級プリン』。
見た目的にはスライムというか、ぷ○ぷよに近いか?
ボーリング球サイズな黄色いコイツらは、その貧弱さに比べて『膨大な経験値』を与えてくれる。
迷宮界のメ○ルスライム。そう言えば分かりやすいだろう。
逃げ足は別に早くないが稀少な存在。
出現する迷宮の階層があっても、『ここは空の階層ですか?』と疑うほどに遭遇率が低い。
……だから正直、こういうものがあるとは聞いた事も見た事もない。
だが、確実に。目の前の異様な状況をしっかりと己の肉眼で確認して。
合同パーティーを代表して――俺は心から歓喜の声で叫ぶ。
「やっぱりだ! ここはどう見ても『ボーナスエリア』じゃないか!」