百十九話 恐怖の包丁と牛の王様
「それでは、いきます。皆さんは見ていてください」
二本の中華包丁を持った青芝さんが前に出る。
迫りくる一層モンスター(ザコ&用なしなので説明は省く)に対して――体がブレたと思いきや、たった一歩で十メートル近い間合いを詰めた。
そして、あまりにあっさりと。
どこぞの名刀でも振るったかのように、スパスパッと二本の包丁で斬り捨ててしまった。
【スキル:包丁剣術】
『包丁専用の剣術。刀や剣以上に包丁を上手く扱える。熟練度により包丁の腕前(戦闘)が上がるが、逆に調理は下手になっていく』
【スキル:二刀流】
『二刀流の適正がつく。熟練度が上がるにつれて、ただただ二刀流の技術が上がる』
これが『五番目の男』の【スキル】と実力、そのわずかな片鱗だけ。
ちなみに『レベル9』相当の『九段』に至っているのは【包丁剣術】の方で、【二刀流】は『八段』だ。
斬るというより『切る』。
斬撃の鋭さこそ刀や剣と遜色ない。だが武器が武器だけに『調理感』が残っているぞ。
「お、お見事……!」
首と角(素材)だけがキレイに切り落とされた四足のモンスター(鹿モドキ)を見て。
俺はその異質で凄まじい剣術に、身震いすると共にパチパチと拍手を送った。
同じ『遊撃の騎士団』の団長、草刈さんが『構えが変』な剣士ならば、
副団長の青芝さんは、『武器が変』な剣士というわけである。
いや剣士系の探索者のツートップが両方ともトリッキーかよ! というツッコミは……昔はあったらしい。
そんな凄腕剣士かつ料理人大激怒(?)な青芝さんを前に。
ズク坊達他の皆は、衝撃映像を見たかのように口を開けて呆けているので……。
俺が代表して、まだ見ぬ牛モンスターを思い……再び口を開く。
「まあ、包丁だし切れ味もいいし……? きっと楽に死ねるとは思うぞ、迷宮の牛さんよ」
◆
――さて。
青芝さんの戦いを見せてもらったところで、俺達は迷宮を進み始めた。
後ろからは続々と他の探索者も入ってきているからな。
支給されたマップの最短ルートを通って、邪魔なモンスターをサクッと掃除していこう。
ここ『郡山の迷宮』は六層まで調査済みだ。
そして五百人を超える探索者のお目当て、食べられる牛は『四、五層』にいる。
そう、まさかの『二層にまたがって』の同一モンスターの出現というわけだ。
稀にある事だが……迷宮の神様からのボーナスステージか何かか?
食用可能モンスターがこうなっているとは好都合すぎるぞ。
「まるで自分から狩って腹一杯食べてくれ、って言ってるようなもんだな」
一層一層もそこそこ大きく、モンスターの密集度も平均より少し高め。
五百人超えの探索者が入っても、よほど乱獲しない限りは全パーティーに行き渡るだろう。
「後ろからも来ていますし、どんどん進んでいきましょう」
「ですね。次は俺にお任せください」
前衛は俺と青芝さんで、足を止めずにズシンズシン! と進む。
俺達パーティーの後方には光る草を踏みしめる集団が続き……ちょっとした大名行列みたいになっている。
……少し恥ずかしいな。でもまあ、何事も経験という事で。
背後は気にせず、俺は前だけを見る。
飛び出してくる一層モンスターには、タックルやラリアットはあえて『封印』。
ジムに通い続けたおかげで様になった、超重量級のキレあるワンツーパンチで沈めていく。
「ふむ、さすがですね。このパワーは間違いなく全探索者の中でナンバーワンです」
「フッ、だろう? 殴り合いでバタローに勝てるヤツなんていないぞホーホゥ!」
小走り中の青芝さんの口から漏れた感想に、なぜかズク坊が自慢げに返す。
そのすぐ後ろのパーティーからは、「うおおおお!?」みたいな驚きの声が。
もう上野にいる探索者で俺の足音と震動に驚く者はいないからな……。
久しぶりの新鮮なリアクション、実に気持ちがいいぞ。
そんなこんなで、俺は青芝さんと交代しながら。数が多ければ打撃と斬撃の共闘をしながら。
多くの探索者パーティーを引き連れる形で、『郡山の迷宮』をノンストップで進んでいく――。
◆
「――いや待て! 何でだ!? どこへ行くんだ『暴れ牛』ィイイ!?」
問題なく四層についた。
ここからついに日本初の食用可能モンスターのご登場である。
正式名称はまだ未定。
とりあえず『暴れ牛』と名付けられたその牛は、聞いていた通りの姿を俺達の前に晒してきた。
まんまバッファロー。
大きくて筋肉質で黒い皮膚で、後ろ向きに生えた立派な角が特徴的である。
……のだが、
「だからお前も何で逃げる!? モンスターなら問答無用で襲ってこんかい!」
仮にも暴れ牛と呼ばれるだけあって、鼻息荒い凶暴なモンスターなのに……。
なぜか俺が一定距離(十メートル以内?)に近づいたら、ブモォオオオ! と。
叫んで&逞しい尻を向けて、全力疾走で迷宮奥へと『逃げてしまう』状況だ。
「……あ、あの青芝さん……? これはどういう事なのか、大先輩として助言をいただきたいのですが……」
「いや……私もちょっと分からないですね。どうしてこんなに『友葉君だけ』に逃げるのか……?」
いくつかある四層の大きな広場のうち、一番最初の『第一広場』にて。
青芝さんは周囲を見渡しながら、眉を八の字にした困惑の表情で答えてきた。
なぜ俺だけ? 後ろから続々と来ている多くの探索者の中で、暴れ牛は俺だけから逃げているのだ。
『闘牛の威嚇』は使っていない。ただズシンズシンと近づいただけ。
逆に他の者へは逃げるどころか、牛全開で激しく突進――。
逃げる素振りなどなく、好戦的に自分から仕掛けている。
「ホーホゥ? まさかバタローにビビっているのか……?」
「……みたいですね、ズク坊先輩。他の探索者には普通に敵意むき出しですし……」
「強い探索者を本能的に避けてるのかな? でもそれだと……」
ズク坊達は俺を見た後、視線を動かして青芝さんの方を見る。
そこには包丁二本を持って前に出た剣士と、激しい蹴り足で突進してくる暴れ牛の姿が。
……いやいや何でだよ!
たしかに俺は自分が強いという、上位の探索者の一人だという自負はあるが……。
ちょいと暴れ牛さんや。今、お前らが無謀にも挑もうとしているのは――確実に俺より格上なお方だぞ!?
案の定、ゼロ距離になった一瞬に葬られる暴れ牛。
目にも止まらぬ剣閃で、首なしとなった肉の塊が、勢いのまま滑り込むように光る草の絨毯に落ちた。
一方、青芝さんは包丁に付着した血を振り払ってから。
早速仕留めた牛をナップザック型のマジックバッグに収納。何事もなかったように戻ってくる。
「私には逃げるどころか向かってきましたね。……となると、考えられるのは一つだけのようです」
「え? 何か心当たりが……?」
「ホーホゥ。当り前すぎて頭から抜けてるなバタロー?」
続けざまのズク坊の声に、ますます『?』になる俺。
頭から抜けているって一体何が……。
すぐると花蓮の顔を見ると、『ああ、なるほど』と納得した感じの顔になっているぞ。
「【モーモーパワー】ですよ先輩。闘牛二十九頭を宿した先輩に、同じ牛として恐怖を覚えた可能性が高いかと」
「考えてみれば簡単な話だよね。何せバタローはキング・オブ・モーモーなんだからっ!」
「お、おおう……?」
え、マジで?
牛関係の【スキル】だから牛のモンスターがビビったってのか?
……言われてみれば、理由としては説得力があるな。
そういや多くのモンスターと戦ってきたが、牛系モンスターは暴れ牛が初めて……ではないぞ。
上野の一層にいるミノタウルスはどうなるんだよ。
もしや牛頭人身の二足歩行だから……『人』に分類されているのだろうか?
二十トン超えの体重か、あるいは独特の威圧感か。
相手はブモォオ! としか喋れないので、正確な理由は分からないが……。
ただ一つ、確実に言える事は――。
「せっかく狩りに来たのに! これ俺が動いたら余計に狩りづらくなるだけだろ!」
多くの探索者が来る→あれ? 一層だけで足りるのか?→ええい、二層にまたがっての登場だ!
――ご都合主義、発動ッ!