百十七話 新迷宮と牛
「おおー。こりゃ一気に人気が出るのは間違いないな」
ゴールデンウィークが終わり、また世間が動き出した頃。
時同じくして迷宮業界は、ある『大きな情報』で持ち切りとなっていた。
新迷宮。
東北の福島県内で約二か月前に発見された、国内『百二十三カ所目』となる迷宮だ。
そこがついに『DRT(迷宮救助部隊)』による調査が終了。
いよいよ明日から一般開放される事になったのだ。
「さあ行くぞ! 俺達も出陣だホーホゥ!」
「ですねズク坊先輩! 上野の未踏破区域は――また一旦延期という事で!」
「だねー。私も楽しみだよ朝イチで行っちゃおうっ!」
「んじゃ、俺は自宅警備員らしく留守を預かってるか。『迷宮の土産』は忘れねえで頼んだぞお前ら!」
迷宮帰りの自宅リビングにて、皆の興奮気味な声が響く。
……普通、ただ新たな迷宮が開放されるだけなら、こうはならない。
迷宮業界の話題をかっさらい、皆にこの反応をさせるのを見ても――新迷宮は一味違う。
難易度がズバ抜けて高い?
アトラクションみたいな楽しい場所?
貴重な素材がザクザク取れる採集系の迷宮?
前者二つは違うが、後者の方はあながち間違いではないかもしれない。
「迷宮が生まれて十二年……。日本でもついに『食べられる』モンスターが現れるとはなあ」
俺は無意識のうちに腹をさすりながら呟く。
――そう、食べられるモンスター。正式には『食用可能モンスター』。
この新迷宮が大きな話題になったのは、この食用可能モンスターが現れたからだ。
一応、新種のモンスターは食べられるかどうか、必ず調べられるからな。
そこで『毒もなければ味も良し!』と判断されて、食用可能と認定されたらしい。
って、前置きが少し長くなったか。
その新種のモンスターの、気になる姿形についてだが……。
「『牛』だ『牛』! 食える牛モンスターが現れて、バタローが行かないわけにはいかないぞホーホゥ!」
右肩にいたズク坊がテンションのあまり飛び上がる。
メゾネットタイプの高い天井付近をぐるぐると回って――また右肩にファバサァ、と着地してきた。
まあ、ノリノリなズク坊の気持ちは分からんでもない。
モンスターが当たり前になった世界で、そのモンスターを食べてみたいというのは一種の夢だからな。
今まで存在する数百種のモンスターは……クソマズイらしい。
どうも魔力的な何かが関係しているのか、硬くてパサパサで食べられるものではなかった。
世界に目を向ければ、現在、四種類ほど食用可能モンスターはいる。
だが日本では史上初。しかも牛、牛肉なのだから話題にならない方がおかしいだろう。
あと『必須な追加情報』として、肉質は絶妙な脂身と赤身のバランス。
霜降りすぎず霜降りなさすぎず、万人受けする牛肉らしい。
「まあ、そうだな。絶対混むだろうけど……行ってみるか」
あれから新加入のガルポンとの連携もさらに高まっている。
迷宮の難易度的にも中の上程度と聞いているし、特に問題はないはずだ。
「じゃあ決まりだね! キング・オブ・モーモー率いる『迷宮サークル』と、うまうま牛肉軍団の激突だよっ!」
花蓮のエネルギッシュな声がリビングに響き渡る。
――こうして俺達パーティーは、一つの反対意見もなく。
新迷宮への参戦が、まるで既定路線のようにあっさりと決定した。
◆
さあさあ、やってきました福島県!
車では少し遠いので、新幹線でやってきた俺達は――意気揚々と郡山の駅に降り立ち。
さらなる電車移動での鳥かごを嫌がったズク坊により、タクシー移動でたどり着いたのは……建設中の探索者ギルドの『お隣』。
巨大プレハブみたいな、仮設の探索者ギルドに遥々やってきた。
……のだが、
「うおお……。ドえらい事になってるな」
「ホーホゥ。まるで角砂糖に群がる蟻んこのようだぞ……」
「何せ食べられるモンスター、しかも牛肉ですからね……。中の上レベルという点も大きいかと」
「これだけの数は『八王子の迷宮』(日本最大級)でもなかなか見なかったねー」
人、人、人……いや、探索者、探索者、探索者……。
軽く『五百人』はいそうな同業者を見て、俺達は少し圧倒されてしまう。
ある程度予想はしていたが本当にスゴイな。
一般開放初日という事で、様子見するパーティーも多いと踏んでいたのに……。
やはりすぐるの言う通り、牛肉は大人気――――ん?
ただでさえ混んでいる仮設の探索者ギルドの中。
なぜかマップを配っている受付カウンター以上に、人が密集している場所があるぞ。
「何だあそこ? ……緑子さん並の超絶美人でもいるのか?」
「あるいはズク坊先輩みたいなマスコット的存在ですかね? 例えばクッキーとか」
「ホーホゥ? 何だすぐる、俺を呼んだか?」
多くの探索者でごった返す中、俺達はちょっと興味があったので、野次馬根性丸出しでそっちの方へ。
今回の件で『北欧の戦乙女』や白根さんにラインをしたが、来るとは言っていなかったからな。
一体どこの人気者だろう?
そう思って壁際に向かい、人をかき分けて進んでいくと――。
人の群れの隙間から、その原因というか中心人物が見えてきた。
「あ。あの人はたしか……!」
すぐにピンときた俺の脳内で、探索者大図鑑(?)が開かれる。
中心にいた人物は、その図鑑の最初の方に載っていて……一瞬で名前と顔が一致した。
……さすがは『超一流』。内側から溢れ出る存在感が他とは違う。
この人、探索者をやりながら『作家活動』もしているからな。
いつか有名な賞も受賞しただけあって、抜群の人気と知名度である。
まさに本当の意味で文武両道! 何つって。
「おや? あなた達はたしか……」
と、俺達が五メートルほどの距離まで近づいていった時。
こちらに気づき、まさかの向こうの方から声をかけてきた。
そして「すみません。ちょっとまた後でいいですか」と言ってから。
モーゼの十戒みたいに人垣は割れて――進み出てきたのは男性だ。
大人の男性にしては小さめな百六十センチ前半の身長。
清潔感ある七三分けの黒髪に、探索者ではなく作家寄りな印象を受ける丸眼鏡をかけている。
さらには、どんな相手でも決して崩さない敬語での丁寧な話し方。
まさに見た目も中身も文系なインテリだ。
しかし、戦闘力に関しては、当然のごとく文系などではなくて――。
彼は青芝優太さん。
前に盛岡ですぐるがお世話になった、『黄昏の魔術団』と双璧。
日本を代表するパーティー、『遊撃の騎士団』の副団長を務める人だ。
年齢はたしか三十九歳で――って、よく見ればその青芝さん一人だけだぞ。
団長の草刈さんも他の団員らしき人達の姿も、どこにも確認できないが……?
……なんて不思議に思っていたら。
今この場において、唯一やっと気づいたのだろう。
目の前の凄腕探索者に対して――俺の背後から、ウチの天然不思議ちゃんが声高に叫ぶ。
「あっ、あなたは! かの有名な『ミスター料理上手さん』ですねっ!」