百十四話 二羽の鳥
少し遅いですが明けましておめでとうございます。
今回はちょっと長めです。
「いよーし! ついにきたぞ新たな出会いの場所へ!」
新幹線と在来線を乗り継ぎ、俺達は西に足を伸ばした。
神奈川、静岡、愛知と越えて――やってきたのは三重県の『四日市』である。
ここにある迷宮が今回の目的地。
選びに選んだ三体目の従魔を加えるべく、もちろんパーティーメンバー勢揃いだ。
「電車ってのは初めて乗ったぞ。……ありゃいいもんだな。旅をしてるって感じがたまらねえぞ」
とは頭の上のばるたんの声だ。
金沢、盛岡、宇和島に散らばった時はお留守番だったからな。
自宅警備員とはいえ、今回はせっかくの『従魔ゲットだぜ! の旅』だからと、ばるたんも同行させていた。
……まあ、迷宮は危険(あと本人が嫌い)だから、すぐに担当の探索者ギルドに預けるのだが。
「んじゃ、まずはそのギルドにいきますかい!」
「はい、あとマップも貰いましょう。調べたら攻略済みの迷宮なので、最下層まで完璧なものがあるようです!」
「なら最下層まで潜っちゃう? 目当ての従魔ちゃんは下層にいるしねー♪」
新たな仲間を得る旅だからだろうな。
すぐるも花蓮も、あと俺も、いつもとは比較にならないノリノリ気分だった。
ただ、こういう時一番ハイテンションなズク坊のみ……かなり眠そうである。
なぜか? 実は昨日の夜、新たな仲間が加わるのが楽しみすぎて、全然眠れなかったのだ。
「ダメだ。目が冴えちゃったぞホーホゥ」と、ベッドから起きてリビングへ。
いつもは録画したのを見る深夜アニメを、一人オンタイムで見てしまっていた。
移動の際に入る鳥かごは嫌いだしな。ここでも落ちついて眠れなかったらしい。
今にも琥珀色の目が閉じそうな感じで、右肩から落っこちそうになっている。
そんなズク坊を俺の右手とばるたんの右鋏で支えながら。
俺達『迷宮サークル』は、駅から徒歩圏内の探索者ギルドまで歩いて目指していく。
……ちなみにこの時、俺は日常な事すぎてつい忘れていたが。
『ミミズクとロブスターを体に乗せた変な男』――。
SNSでそう拡散されていたのは、全てが終わった後で判明しましたとさ。
◆
『四日市の迷宮』。
未来の従魔が待つこの迷宮は、俺達のホームと同じく、『住宅街のド真ん中』というクソ迷惑な立地にある。
出入り口は一軒家と一軒家の間。
その隙間に挟まる形で、潰れたような細長い岩が存在していた。
元いた住人は『怖すぎて無理!』と引っ越したらしい。
そうして空き家となった二軒に挟まれて、『四日市の迷宮』は我がもの顔で居座っている。
迷宮内部に関しては……特筆すべき点はなし。
少し壁が発光して明るいくらいで、オーソドックスな洞窟型の迷宮だ。
「――どけどけぇ! 邪魔だァアア!」
そんな迷惑な出入り口から潜り、俺は猪突猛進、爆進中だ。……猪ではなく牛だけど。
探索者ギルドでマップを貰い、ばるたんを預けた後。
ちょっと本当にズク坊の眠気が限界だったので――二時間ほど睡眠を取らせてから。
いざ迷宮に潜って、一番足が遅いスラポンを除くメンバーで進んでいた。
戦闘は『一度も』していない。
現れたモンスターには速度を落とさないまま正面衝突。追突事故みたいに吹き飛ばしているだけ。
とはいえ、これもモンスター側から見たら立派な攻撃だろう。
圧倒的重量による天地ほどの階級差で、軽い方は死ぬか重傷かの二択しかない。
「軽い軽いッ! もっとメシを食うんだなお前らァア!」
【モーモーパワー】は現在、さらに一牛力上がって『二十九牛力』。
推定体重二十三・二トンの全身鎧の男を、今のところ止められるヤツは出現していなかった。
――で、だ。
何でそんな感じで、ランナーズハイみたいに爆走しているかと言うと……。
ここ『四日市の迷宮』の難易度と階層、目当てのモンスターを考えれば至極当然である。
迷宮の難易度は中の下レベル。階層は全二十五階層からなっている。
そして狙うモンスターは、非『指名首』でも、なかなか強い種族であるわけで。
目指すは最下層の一つ上の二十四層。
となるとそこまでの長い道中、いくら相手が弱くても、一々立ち止って戦っていたら日が暮れてしまうからな。
「何て爽快だ! モンスターが邪魔な小石扱いだぞホーホゥ!」
「本当に先輩はパワフルですね……。着地の震動がもう地震と同じです!」
「ふぉおお!? これはまさにボーリングでストライクなパーフェクトゲームのごとしっ!」
と、後ろからついてきている皆の声が。
だが、すぐにズシンズッシィン! という俺の足音(というか衝突音?)で、どこかの彼方にかき消される。
――そんなこんなで、爆走しつつも他の探索者には十分注意を払いながら。
戦いらしい戦いはせずに、片っ端から吹き飛ばしていけば――。
長い長い二十三層を最短ルートで走破。
無傷でも息を切らした状態で、俺達は目的の二十四層に到達した。
◆
――クルォオオオ――!
「くっコイツか! ……おのれ、図鑑で見るよりも『空の王者感』がヤバイぞホーホゥ!?」
二十四層に着いて、少しのおやつ休憩を挟んだ後。
進み始めてすぐに出会ったそいつを見て、ズク坊が悔しそうな声を上げた。
次いでスラポンとフェリポンの従魔組も何かを感じたのだろうか。
『ポニョーン』『キュルルゥウ!』と鳴き声を上げて、二十四層の出現モンスターをガン見している。
見た目は大きな『ワシ』だ。
体長は二メートル超え。鋭い嘴に鋭い眼光、首から上はズク坊みたいに真っ白で、それ以外は茶色の毛で覆われている。
……見た目で気になるとしたら脚の部分か。
先には鋭利な爪こそあれど、ワシなのか人間なのか? 判断がつかないどっちつかずな形をしていた。
『ガルーダ』。
神話に出てくる鳥の名前をつけられたコイツが、選びに選んだ三体目の従魔である。
非『指名首』の中では強く、トロールよりも少し格上。
鍛えられて種族の限界に達した、今のスラポンと同じくらいの力関係だ。
「というわけで早速、花蓮にシンクロ……は危ないな。ちょっと頼むわスラポン」
『ポニョーン』
主人ではないが同じ前衛、信頼関係がある仲間だからな。
俺の声に反応したスラポンは、ススッとガルーダの正面に陣取った。
まずやるべきは『弱らせる』事。
ピンピンした状態で花蓮に触れさせたら……普通に反撃されるからな。
【煩悩の命】で百八個の命があっても、無駄に減らす必要はない。
弱らせて危険を減らしてから、確実にシンクロを行うべきだ。
あ、ちなみにフェリポンの時だけは例外だぞ?
弱らせずに真っ先にシンクロを試みたのは、戦闘力が低くて、俺の『闘牛の威嚇』がばっちり効いたからだ。
普通はポ○モンみたいにある程度弱らせてから。
一応、俺も『ブルルゥウウ!』と『闘牛の威嚇』を使ったが……大きくビクッ! とはしても行動を縛るほどではなかった。
――クルォオオオ!
……というか、逆に怒らせちゃったなこれ。
ガルーダは怒りの咆哮と同時。数多くの候補の中から従魔に選ばれた、その理由の力で牙を剥く。
ズザン! とスラポンの青い体に何かが衝突。スライム状の柔らかな巨体が揺れる。
五メートル離れた位置の中空から、ガルーダは片方の翼を平手打ちのように振ってきた。
「ふむ、やるな。現時点でも強烈だぞ」
俺はスラポンを襲った衝撃の正体――一メートル半ほどの小さな『竜巻』を確認して呟く。
さすがは風属性の魔術系攻撃だ。速度に特化したものが多いだけはあるな。
探索者として動体視力が上がっていないと、何か風の塊が当たったとしか分からないだろう。
これがガルーダを選んだ理由である。
飛行系モンスターで頭上をカバー&ズク坊への救援ができ、大型ゆえに打たれ強く、
『小竜巻』という、ハイスピードな遠距離攻撃を持つ。
……うむ、こうして実物を見ても素晴らしい。
焦りは禁物だが、早く仲間にして『迷宮サークル』二羽目の鳥にしたいところだ。
だから小細工抜きの真っ向勝負! ……スラポンが。
ほぼ同じ実力同士、空飛ぶワシと巨大なスライム(約三メートル)が一対一でやり合っていく。
スラポンは体を変形させて、何とか捕まえて『生命吸収』を試みる。
かたやガルーダは距離を取り、『小竜巻』を連打する。
ダメージはスラポンだけに溜まっていくが、そこはフェリポンがすぐさま回復。
徐々に相手の動きを把握してきたスラポンが迫り、あと少しの捕まえ損ねがある事、六回目――。
グニョン! と。
ついにガルーダの半鳥半人な右脚を捉えて、空から引きずり下ろして『生命吸収』に入った。
もちろん、スラポンは理解しているので最後まではやらない。
体内で暴れ回る敵をいい感じで弱らせたところでペッと吐き出し、主人である花蓮の前に転がした。
「ありがとうねスラポン。ではでは参るっ!」
そして、花蓮が右手を伸ばしてガルーダの翼に触れて――。
瞬間、聞いた事のない大きな『炸裂音』が迷宮内に響いた。
従魔にした『成功の証』、心の同調による閃光は……ない。
その逆の失敗時に起こる、心の反発による炸裂音が発生したのだ。
花蓮は成長しているので格上、ガルーダとの能力差はないはず。
……となれば、残る要因は一つだけ。
「うぬぬ、性格が合わなかったかあ……」
残念そうに言って、持っているダガ―で留めを刺す花蓮。
肩は落としているものの、従魔ではなくモンスターなら危険な存在のままだからな。
「まあ仕方ないさ。スラポンの時も最初はダメだったんだろ?」
「ホーホゥ。確率的には失敗の方が多いしな」
「これからだよ花蓮。フェリポンの時はたまたま上手くいっただけさ」
俺を含めた男衆が慰めの言葉をかける。
花蓮自身も「うん、そうだね。次の子に行こうっ!」と、早くも気持ちを切り替えていた。
さあ次だ次!
俺達は気を取り直して、ズク坊の案内で他の個体に当たっていく。
……が、しかし。
弱らせて花蓮が触れども触れども、発生するのはうるさい炸裂音。
皆が見たい成功の閃光は、薄暗い迷宮を照らす事はなかった。
そして、とうとう『十五体目』――十五回連続となる炸裂音が響いた直後。
さすがの花蓮もついに爆発。
ちゃぶ台があったらひっくり返しそうなテンションで叫ぶ。
「う……うまくいっかーん! 性格の不一致が深刻だよぉおお!?」




