百十一話 巨大すぎるよ十三層
「遠い……。とてもじゃないけどサクッと踏破とはいかないな……」
メルトスネイルがいる十二層のボス部屋の先、『上野の迷宮』十三層。
探索者ギルドでもらったマップを見て、俺はそのやたらめったらな巨大さに肩を落としていた。
……他の階層も十分、広くて大きくはある。
だがこの十三層を含め、踏破済みの十五層までは本当に巨大なのだ。
東京ドームにして『二十個分』。
しかも変わらず樹海なのだから、マップもなしに突き進もうものなら、戦っているうちに迷う危険が大である。
「別名『上野ヶ原樹海』――か。調査した『DRT』の人がそう呼ぶだけあるな」
「ですね先輩。おまけに最短ルートも全然、最短じゃなくて遠回りですし……」
「嫌になっちゃうなあ。壁をズドーン! ってブチ抜けたら楽なのにー……」
俺の覇気のない声に、すぐると花蓮も同調する。
……まあ、この巨大さと距離だもんなあ……。足元も木の根っこでデコボコだし。
正直、まだ大型モンスターを解体する方が楽な気がするぞ。
「ホーホゥ。そうは言ってもモンスターが『来ない』のは楽だと思うぞ」
そんなテンション低い俺達人間組に、ズク坊が右肩の上で言う。
たしかに、ズク坊の言う通りではある。
十三層~十五層は巨大すぎるからか、迷宮の神様(?)が楽にしてくれた部分もあった。
それがモンスターが『来ない』事。
とはいえ空の階層というわけではない。出現モンスターが移動をしない、珍しい『常駐型』なのだ。
「ああ、だな。ここから三層、一番の敵は迷宮の巨大さってわけだ」
出そうになるため息を堪えつつ、目の前に広がる見慣れた樹海を見渡す。
ここまで気が進まないのは初めてだが……まあゆっくりと進んでいこう。
俺は一度、兜を脱いで『闘牛気』を纏う&『全身蹄化』で硬くなった頬を叩く。
少しばかり気合いを入れてから、スラポンと共に前進を開始した。
ここまで来ると、いよいよ出現する通常モンスターも、全種族が『指名首』となるが……。
この一週間での個人遠征で、単体の強さも連携も高まっているからな。
【過剰燃焼】には頼らずに、俺とスラポンだけでも楽に進めるだろう。
――そうして、大樹の根や枝葉に四苦八苦しながらも、ズシンズシン! と体重のままに踏み潰して最短ルートを進んでいけば――。
俺の足音と震動に対抗するかのように。
鬱蒼と茂る木々の中、それはどの大樹よりもズドンと存在していた。
「「でっか!」いなホーホゥ!」
俺と右肩に乗ったままのズク坊の声が被る。
続いて後ろのすぐると花蓮からも驚きの声が聞こえて、二人もそのサイズに驚いているようだ。
現れたのは、一言で言えば『チンアナゴ』だ。
……え? 何だよチンアナゴって! だって?
ほらアレだよ。穴の中から出たり引っ込んだりする、水族館とかにもいたはずのヤツだぞ。
その迷宮仕様の巨大バージョンである。
ほぼヘビみたいな、穴から出ている体の一部だけでも十メートル近く。
体長だけならダンジョンアスラすらも凌駕しているはずだ。
アナゴだけあって、表面は見るからにツルツルしているし……土色の肌は不気味な艶があるな。
その巨体と穴の周囲は、地面がグズグズになって沼のようになっている。
木々はなく枝や葉が落ちているだけで、樹海の中にポツンと沼地が存在している感じだ。
『グランドイール』。
見た目の造形だけなら、鬼や蜂や目ん玉とかの方が遥かに強そうだが……。
下位は下位でも、正真正銘『指名首』。
シンプルに『デカければ強い』という、自然の摂理を体現しているモンスターである。
そんな姿を見て、ズク坊はブルル……と白い体を震わせて言う。
「テレビで見たヤツは可愛いと思ったのに……。ホーホゥ。ここまでデカニョロだとまるで可愛くないぞ」
◆
「さて、やるか」
ズク坊が後ろに下がったのを確認して、いざ俺は敵へ突撃――しない。
敵の直接攻撃が届かないギリギリの距離に立ち、すぐ後ろにすぐるを配置するという態勢を取った。
「んじゃ、すぐる。任せた」
「はい先輩」
俺はすぐるに攻撃をブン投げて、スラポンと並んで仁王立ちとなる。
……いや別にやる気がないわけではないぞ?
さっきも言ったが、俺とスラポンだけでも楽に進めるのは間違いない。
ただ、我らが魔術師、すぐる一人に任せた方が効率的だからな。
敵は常駐型だけあってその場から動けない。
その手のモンスターに対する時は、離れて遠距離攻撃をブチ込むのが定石だ。
一応、グランドイールも『泥爆弾』という、子供の遊びみたいな名前でも、殺傷能力の高い遠距離攻撃を持ってはいる。
――そこで俺とスラポンの出番だ。
すぐるの近くで二枚の盾となり、守備に徹するという作戦を取った。
わざわざぬかるんだ沼モドキに入るのは面倒だからな。
何より、パーティーとしてはすぐるに経験値を集めて、【火魔術】を早めに『レベル7』に上げたいところだ。
あとついでに言うと、素材の面でも問題なし。
値段がつくのは内臓だけなので、わざわざ開いて蒲焼にでもしない限り大丈夫である。
「けど、一番辛いのは多分、すぐるの火ダルマの熱さ何だよな……。俺、全身鎧だし」
早くも兜と鎧の下で汗をかきながら。
俺の背後から『火ダルマずる剥け』――上半身の炎を乗せたであろう『火炎爆撃』が放たれた。
直径は優に二メートルを超えた球体が、着弾と同時に爆発すべく放物線を描いて飛んでいく。
対して、グランドイールは特徴的な長い体をバイブのように震動させて攻撃動作に入った。
ガバッ! と閉じていた大口を開けて『泥爆弾』を発射。
防御に自信があるのか、『火炎爆撃』を迎え撃つのではなく、術者のすぐる本体を狙ってきた。
「させるかい!」
漫画とかに出てきそうな鉄球サイズの泥の塊。
普通なら当たれば即死なその『泥爆弾』を、俺は正面から受け止めにかかる。
ドグシャァアッ! と、硬いんだか何だかよく分からない音が響く。
だが衝撃はかなりのものだ。土と水、に加えて魔力も混ざって造られたそれを受けて、鎧越しに凄まじい威力が伝わってきた。
……まあ、まったく問題はないがな。
基本の二十八牛力のタフネス+『全身蹄化』により、体の前に回したガードの腕も痛みはなし。
そもそも殺傷能力が高いとはいえ、グランドイールは『指名首』の中では下位だ。
エビルアイみたいな攻撃力特化でもないからな。
気になるとしたら、泥が飛び散って鎧が汚れたくらいである。
なのであっさり耐え切って、敵の方を兜の間から見てみれば――。
「お、そっちは効いてるか。うちの魔術師の火力を見誤ったみたいだな」
『泥爆弾』と『火炎爆撃』。
二つはほぼ同時に直撃したため、今どうなっているか確認したところ。
穴から出たヘビ……ではなくアナゴの土色の巨体。その先端の顔付近には、肉が抉れて大火傷の痕が。
そして、まだ完全に消えてはいない炎の断片をつけたまま――何とグランドイールは穴に引っ込んでしまう。
「おいおい、それは『悪手』だぞ? ……なあ、すぐる」
「はい先輩。壺焼きならぬ穴焼き確定ですね」
俺の言葉に、真後ろのすぐるが返してくる。
すでにその表情は見えない。
『火ダルマずる剥け』から『火ダルマモード』に戻っていて、次の魔術の準備は万端のようだ。
「やってしまえすぐる! 『指名首』のくせに隠れる小心者はご退場願おうかホーホゥ!」
「はいズク坊先輩! ――『火の鳥』ッ!」
後方からのズク坊の声に押し出されるように、すぐるの右手から大量の炎が放たれた。
それは一瞬で翼を広げた鳥の形となり、グランドイールが隠れた穴へ。
穴の真上まで到達すると、一気に進路を変えて急降下する軌道を取った。
直後、穴へと消えて燃え上がる炎。
図体だけの的に成り下がったグランドイールは、急いで穴から飛び出してくるも――時すでに遅し。
当てずっぽうに『泥爆弾』を放つも、ほとんどは見当はずれな場所へ。
正確に放火犯に向かってきた数発は、全て俺とスラポンの盾で防ぎきった。
そこからのすぐるの三発目は必要なかった。
『火ダルマずる剥け』の威力は思いのほか絶大だったらしい。
二発の炎に沈んだグランドイールは、鞭のように体をしならせながら。
地面にその長い巨体を叩きつけ、地響きみたいな震動と沼モドキの土を飛び散らせた。
……ふう。無事に終わってくれたな。
戦闘についてはすぐる一人でも倒せると確信していたが……いざ近くで盾になると、予想より熱くてだいぶ焦ったぞ。
「よし、じゃあ引き続きこの感じでいこう。十三層はすぐるに任せて経験値を――」
「あっ! いたな! ついに追いついたぞ友葉バタロー!」
「……え?」
と、その時だった。
兜を脱いで、マジックバッグからタオルを取り出して一旦、汗を拭こうとした瞬間。
後ろの、それも遠くの方から、樹海な世界に誰かの大声が響いてきたのだ。
その突然の声を聞いて、俺達は一斉に後ろを振り向いた。
すると、声の主らしき者の足音が徐々に近づいてきて……。
「うげっ!」
緑に支配された中、現れたのは一人の男。
青みがかった全身鎧を纏い、頭部上半分を覆う兜を被り、その下は野球小僧みたいな坊主頭で、身長と体格は平均的な――俺とは『ちょっとした因縁』がある男。
なぜここに……!?
そいつは鼻息荒くズンズン歩いてくると、絶命したグランドイールをチラッと見てから。
驚く俺の顔をビシィ! と指差して、至近距離だというのにまた叫ぶ。
「僕の先を歩む事は許さん! 我が『宿命のライバル』――『ミミズクの探索者』友葉バタローめ!」
出現モンスターをどうするか、迷ったあげくにチンアナゴ。……批判ツッコミ受け止めます(汗)。
……あと次回、ちょっとウザイの出ます。




