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十二話 とある噂

主人公視点ではありません。

「――では、今年最後の定例会議を始めよう」


 冬の朝日が差し込む部屋の中、静寂を破ってスーツ姿の男の声が響く。


 ここは『横浜の迷宮』を担当する、公共迷宮攻略兼探索支援所――通称『探索者ギルド』。

 その最上階、三階にある最も大きな会議室には、多くの職員が立ち並んでいた。


「まずは今月の犠牲となった探索者の数から。先月の反省を活かして探索者および職員一同取り組んだ結果、犠牲者を一人に抑える事ができた」


 職員達の前に一人立つ、スーツ姿の五十代男性。

 もとい立派なヒゲを蓄えた『所長』は言うと、表情を崩さずにさらに一言。


「来年こそは犠牲者ゼロを目指そう」


 所長の声に、深くうなずく職員一同。


 他の迷宮と比べれば格段に少ない犠牲者数なのだが……。

 探索者が死と隣り合わせの職業だからといって、ゼロでなければ笑いもしなければ拍手も起きない。


 それこそが探索者ギルドの職員、である。


「では次に、素材やアイテムの供給についてだが――」


 所長は手元の資料を見つつ、毎回の流れに沿って報告していく。

 そうして会議が進んでいくと……所長はため息一つ、声のトーンを落として言う。


「で――最後に『いつものアレ』だが。どうだ皆、誰か見出せたか?」


 資料から目を離し、自身の前に立っている職員達を見る所長。


 彼の言う『いつものアレ』とは、ずばり将来有望な探索者を見つけられたかどうか? という件だ。


 迷宮深く潜れ、手強いモンスターから素材を得て帰ってくる探索者は貴重な存在。

 今はそうでなくても、いずれそうなりうる新人・中堅の探索者はギルドの宝となるのだ。


 迷宮が生まれて早十年。まだまだモンスターの素材の需要と供給は釣り合っていない。

 特に階層が深くなればなるほど、貴重で有用な素材が取れるため、安定して潜れて倒せる探索者の存在は重要だった。


 どのモンスターからも取れる魔石は単純なエネルギー源として。

 例えば『不死族の血』、『竜系の鱗』、『オリハルコン』などは、その凄まじいまでの有用性から尋常ならざる価値となっている。


 で、話を戻すと、なぜ所長が声のトーンを落としてため息までついたのかと言えば。

 ここ半年は一人もそれに値する者が出てきていないからだ。


 もしいればギルドから特別支援も受けられ、互いにとってより良い関係となれるのだが……、


「(ねえ、アンタ一番捌いてるんだから誰かいないの?)」

「(いないって。皆どんぐりの背比べってやつ)」

「(私も特にね……。そう簡単に未来の凄腕探索者は出てこないでしょ)」


 所長の問いに、ヒソヒソと話し合う受付嬢達。

 他の探索者からの情報という場合もあるが、基本は直に素材のやりとりをする彼女達から報告が上がるのだ。


「……ねえ、そういえば日菜子の言っていた子は?」


 と、一人小声ではない、明るい茶髪で巻き髪のキャバ嬢みたいな受付嬢が、ヒソヒソ話をしている受付嬢達に問いかけた。


「あ、そういえば……!」

「えっとたしか――そう『ミミズクの探索者』!」

「ソロで三層ボスを倒して四層を探索し始めたって子? ……ていうか、今気づいたけどその日菜子はどこよ?」

「何だ何だ!? もしや君達ついに原石を見つけた――」


 受付嬢達の盛り上がりを見せる会話に、所長が即反応したその時。


「し、失礼しました! 遅れてすみません……ッ!」


 会議室のドアがガチャッ! と開き、話題に上がった人物――遅刻に焦って汗ダラダラの、吉村日菜子が入ってきた。


「「「あ、噂をすれば!」」」


 その声と指で指されて、日菜子はキョトンとして同じ受付嬢達を見る。

 そして、所長にきちんと謝罪してから、受付嬢達にかくかくしかじかと状況を聞かされて……、


「はい、仰る通りです。私も今日、推薦しようと思っていました」


 日菜子は所長を始め職員一同の視線を浴びつつも、その品のある美しい顔に自信を乗せて言い切った。


 彼女の顔を見れば、自分の目に狂いはない! と誰が見ても書かれている。


 そう自信満々に言い切る理由は二つ。

 自身の受付嬢としての経験とカン。

 そして、何人かの探索者が、ズンズンと大地を揺らして歩くその威風堂々な姿を見て、


 口を揃えて、「戦闘は見てないけど、絶対に強いと思う」と言っていたからだ。


――『ミミズクの探索者』。

 彼の情報が日菜子の口から出てくるにつれ、会議室の空気が明るくなっていく。


 それも当然の事だ。

 半年ぶりの将来有望な探索者。国とギルドに貢献できる宝の人材。

 初心者が集まる迷宮であるのに、全然出てこなかったので久しぶりの朗報だった。


 あとは本人と面談・確認をして、どういう支援が最善か相談すれば……。


 所長は立派なヒゲを撫でながら、窓の外の澄んだ冬空を見てご機嫌に一言。


「よし、ならばウチとしては全力でバックアップさせてもらうか!」

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