百九話 パーティーの懐事情
「……ううむ。我ながらエグイ数字だなこれは……」
『迷宮サークル』が再集合して、それぞれの成長を確認してから初めての休日。
いつも通りの日常に戻った俺は、リビングのソファに座って『通帳』と睨めっこしていた。
見ているのはもちろん預金残高だ。
稼ぎだす額が額なので、一月に一回、まとめて銀行に振り込まれるのだが……。
久しぶりに引き出しから出して開いてみたところ、その積み重ねが結構な事になっていた。
「ホーホゥ。『0』がいっぱいあるぞ」
「まだ数字と計算は得意じゃねえが……。これポテチ何袋分買えるんだよ?」
右肩と頭の上より、ベストポジションにいる紅白コンビが俺の通帳を見て言う。
あんまり見せるようなものでもないし……どれくらい理解しているんだろうな?
とりあえず額が多くて、食いっぱぐれる心配はなし! とは分かっているはずだ。
一応、ぼかして言うと、今の俺の貯金額は――『九桁(億)』に届く。
……うむ、自分でもドン引きな数字である。
『ミスリル合金の鎧』と今の『プラチナ合金アーマー』。二つの大きな数千万級の買いものをしてなお、借金どころか余裕で黒字な収支だ。
つまり、それだけの収入があるというわけで……。
「同い年の超一流大卒でもこの額はあり得ないよな。……まあ、『本当の意味で』命懸けだからこそなんだけども」
危険な一方、発見当初からずっとバブリーな迷宮関係。
探索者の数も徐々に増えてきているようで、もはや一発逆転の『夢の職業』と認識されている。
そんな夢の職業での成功者の一人である、俺がリーダーを務める『迷宮サークル』の懐事情について……少し整理しておこう。
探索を行うのは、結成当初から変わらずに週五日。
すぐるが前にいた職場みたいにブラックではなく、土日はしっかりお休みだ。
肝心の探索は『経験値目当て』か『攻略目当て』か、目的次第でだいぶ違いはあるが……。
平均すると一回の探索で、一人あたりの稼ぎは『五百万』ほど。
六層の『目玉の狩り場』(エビルアイ)にずっと籠れば、余裕で倍以上は稼ぐ事はできる。
ただ、もう俺達はお金には困っていないからな。
あくまでメインは攻略と経験値稼ぎ。ここのところは大体、五百万くらいで落ちついているというわけだ。
――んで、ここで俺が苦手な計算(バカ大学生だったから……ねえ?)をしてみよう。
一回五百万の稼ぎが週五日。月に二十回の出勤(?)として、月給にしたら一人『一億』。
掛ける十二で『十二億』。……もうアホみたいな稼ぎである。
まあ、実際は盆に正月、ゴールデンウィークも休むし、
何より、高額所得者の避けて通れぬ道――税金でかなり持っていかれるからな。
それでも、ジャンボな宝くじの『一等』に当たったような収入が、俺とすぐると花蓮の懐に入ってくるという状況だ。
……だから、だからきっと大丈夫だ……俺。
収入と貯金額は立派な『アピールポイント』。今ならペットっぽい一羽と一匹もついてくる特典つきで……!
必ずや、必ずや俺にも運命の女性が見つかるはずなのだ……ッ!
「ホーホゥ? ちょいバタロー。ブルブル小刻みに震えるなって乗りづらいぞ!」
「右に同じ。つうかバタロー。ちょいちょい起きやがるこの現象は何だってんだよ!?」
と、紅白コンビによるお小言は……いつも通り華麗にスル―して。
そっちの心配はともかく、誰もが抱く『こっち』の心配に関してはないだろう。
「俺、まだ二十三だけど……。早くも老後の心配は無用だな」
「ホーホゥ。アニメグッズとかいっぱい買って余生を過ごしても、とても使いきれないぞ」
「たしかにな。……だがバタロー、探索者は危険な職業だ。いつ大ケガをして潜れなくなるか分からねえぞ」
「ん、分かってるって。別にもう金に執着する段階じゃないからな。そこまで無理はしないつもりだ」
頭の上のばるたんの忠告に、俺は軽くうなずいて答える。
その辺については親にも口酸っぱく言われているからな。
もっと探索者として成長したいし、上野の攻略も進める一方、安全マージンはきちんと取らねば。
探索者の『死亡率』および、四肢の欠損など大ケガによる『引退率』。
これはそこまで差がないとはいえ、力をつけてきた二~三年が一番高かった。
常に上層の弱い敵を相手にするならまだしも、普通はより強くて素材の価値が高いモンスターを相手にしていくからな。
――油断は禁物、初心忘れるべからずってやつだ。
俺は通帳を見ながら、自分も仲間も誰一人失わないぞ! と改めて心に誓った。
◆
「バタロー、これもいいと思うぞホーホゥ!」
「おっ、いいじゃねえかズク坊。俺はあとこっちも気になるぞ!」
……ちょっとカッコイイ感じ(自分評)で心に誓ってから三分後。
俺は右肩と頭の上から、翼と鋏でパシパシと頬とおでこを叩かれていた。
一体、何をしているのかと言うと……。
「はいはい、全部やるから。だからそんなに興奮するなっての」
俺達の前にはノートパソコンの画面が。
そこに映っているのは、お気に入りのエロサ……ではなく『ふるさと納税』のサイトである。
肉や野菜や海産物やその他諸々。
豪華なお礼品が並ぶそれを見て、グルメなズク坊とばるたんが興奮している、というわけだ。
うむ。つまりは地方に元気を応援を! ってやつだな。
大都会東京は別に迷宮があろうとなかろうと潤っているから、俺が稼いだ金が少しでも役立てばいいと思ったのだ。
……だから別に、『税の優遇とかよく分からんけど美味そうだからやってみるか!』という浅はかな考えは二の次だぞ? ……多分。
「と、とにかく。貢献できるなら貢献してみるか」
俺はズク坊とばるたんが二つづつ選んだもの(ズク坊が『大粒イチゴ』と『ブランド米』。ばるたんが『うなぎの炭火焼』と『旬野菜詰め合わせ』)に加えて、
自分で選んだ『黒毛和牛ステーキセット』の、計五つで初めてのふるさと納税とさせてもらった。
『――ピンポーン』
……お、あーだこーだと色々やってたらもうこんな時間か。
俺は十一時を回った時計を見てから、鳴った玄関のドアホンに出るべくソファから立ち上がる。
そして、訪問者の呼び出しに出る前に。
ファバサァ! と翼を広げたズク坊と、鋏をカチカチ鳴らしたばるたんが。
お礼品を選んでいる時以上に興奮した様子で――まだ映っていないのに『見慣れた顔』を予想して、ドアホンの画面を見て大声で言う。
「ご当地の食材も楽しみだけど……! 今日のお昼は、久々の『すぐるの激うまビーフカツ』だぞホーホゥ!」
「俺は初めてだが、噂には聞いている……! こりゃ楽しみで仕方ねえぞおいっ!」