百八話 スーパー迷宮サークル
「さてさて。二人はどんな感じに仕上がったかね?」
金沢に来てから一週間が経った。
すぐると花蓮の二人から『特訓が終わった』との連絡を受けた俺とズク坊は、お世話になった緑子さん達とのお別れ会を開催。
仲を深めた、酒に酔った美女達とのご褒美ハプニング……は特になかったその翌日。
しっかり大量のお土産を爆買いし、皆に駅のホームで見送られて――久しぶりの東京へと帰ってきた。
……そして、当然のように帰ってきた日の夜に。
野々介さんの居酒屋に集まり、無事の再会を祝うドンチャン騒ぎな飲み会(幹事はばるたん)を開いて――。
正午を過ぎた、今日現在。
飲みすぎたすぐるの回復を待ってから、久々となる我らがホームの『上野の迷宮』に潜っていた。
「ホーホゥ。じゃあまずはすぐるからだな」
「はい、ズク坊先輩。僕の一週間の成果をとくとご覧ください!」
ズク坊の声に、『火ダルマモード』のすぐるは自信気に答える。
そんなすぐるが一人先頭に立って進むのは、四つ腕のゴリラこと、アームドコングがいるジャングルな七層だ。
位置的には六層『目玉の狩り場』の一つ下。
あまり相手が弱いと成果が分かりづらいので、この階層でお披露目する事となった。
俺達はズク坊の案内通りに進んでいき、波打つような巨大な根の上にいたアームドコングを発見。
早速、すぐるが【火魔術】を放とうとして――おっ? 何か構えが前と違うぞ。
発射口である右手をパーにして突き出すのは同じ。
変わっていたのは左手の方で、右腕の肘あたりをガッシリと掴んでいたのだ。
「――『火の鳥』ッ!」
瞬間、すぐるが惜しげもなく最大火力の魔術を生み出す。
いつものように炎の翼を激しく打ち、右手から離れてアームドコングに迫るのだが――。
「デカイなおう!?」
「前よりも熱いぞホーホゥ!?」
「あれっ? すぐポンの火ダルマが解けてる!?」
と、三者三様のリアクションをする俺達。
放たれた火の鳥は、殴り飛ばそうとしたアームドコングの四つの拳と激突して――その断末魔ごと、燃え上がる業火で四メートルの巨体を全て包み込んでしまう。
「「「…………、」」」
それを見届けて、今度は一転、黙り込む俺達。
火の鳥の形が崩れた大火力の炎の塊は、倒れて動かない敵を容赦なく燃やし続けている。
……す、スゴイなオイ……。こりゃ予想以上だぞ。
俺は驚きをもってすぐるの方に視線を移すと、すでに完全な火ダルマ姿に戻っていた。
あれ? たしか花蓮は、『火ダルマモード』が解けたとか言っていたが……?
その俺の心の疑問に、燃え盛る炎のガッツポーズをしたすぐるが口を開く。
「これが僕の新しい魔術の形です。【火魔術】と【魔術武装】の一体化による『全火力消費』。まだ完璧ではないですが、この一週間で『上半身の炎』までは乗せられるようになりました」
「おお、そうだったのか。そういや前は右腕の炎だけだったから……見た目通り、だいぶ威力が上がってるな!」
「はい。最初はかなり手こずりましたし、ちょっと漏らし――じゃなくて。と、とにかく、何とか半分までものにできました」
アームドコングを一撃で葬って、すぐるは火ダルマなまま胸を張る。
まあ、それに見合うだけの力だよな、これは。
昨日の飲み会で聞いた話では、【火魔術】は熟練度がまだ『レベル6』のまま。
だから二つの【スキル】の一体化というのは、かなり強力かつ凶悪な技のようだ。
そんなすぐるの努力の成果(火ダルマずる剥け?)を見て、俺が感心していたら。
右肩のズク坊がうんうんとうなずき、翼をファバサァ! と広げて言う。
「ホーホゥ。すぐるはちゃんと成長できたみたいだな。俺も先輩として鼻が高いぞ。――じゃあ次は我らが従魔師、花蓮の番だぞホーホゥ!」
と、いうわけで。
ズク坊が待ちきれないようなので、早速、花蓮に成果を披露してもらおう。
◆
「――それじゃバタロー。そんな感じでお願いね」
「おう。了解した」
同じくジャングルな七層にて。
出番がきた花蓮は、いつものようにスラポンを前に出して、俺に一つ指示みたいなものを出してきた。
それは、スラポンと並ぶ前衛の俺が、敵の攻撃が猛烈なために、
『受けるのは避けたいという体』で動いてほしい、とのことだった。
つまり、俺は防御ではなく回避が基本。
敵の攻撃は盾役のスラポンに全て任せるという感じだ。
「んじゃ、行きますか」
俺は花蓮の指示に従うのを約束して、スラポンと共にジャングルを踏み潰しながら進む。
そうして、ドドンドン! と胸を叩いて絶賛威嚇中のアームドコングに遭遇すると、
すぐにスラポンがスススッと、わずかに並んでいた俺よりも前に出た。
……ん? 今までとは少し立ち位置が違うな。
花蓮の指示と関係があるとは思うが、いつもは横一列に並んでいたはずで……。
『ポニョーン』。
直後、スラポンのエコーがかった鳴き声が響く。
対して、先に仕掛けてきたのはアームドコングだ。
四つある腕のうち二本の腕を振り上げて、全身鎧が気に入らないのか、迷いなく俺の方に襲いかかってきた。
「おおっ!?」
その剛腕からの一撃を盾役のスラポンが受けた。
スライム特有の地面を這うような動きは、今までと変わらず同じだったが……。
受けた時の『形』と、その後の『変形』が明らかに違っていたのだ。
――まず受けた時の形だ。
今までは打撃に強いという特性があるため、ただ受け止めるだけだった。
それがアームドコングの打撃を受け入れるように、でっぷりとした青い巨体を『わざと薄くして』ガードしている。
実際、俺に拳こそ届かなかったものの、そのせいで拳はほんの数センチ、スライム状の体から飛び出ていた。
手抜きの盾役――ではない。どう見ても防御と同時に腕二本を『捕まえた』のだ。
それによってアームドコングの動きを数秒止めて、反撃の時間が生み出されている。
さらに、もう一つの攻撃を受けた後の『変形』。
こっちは腕を捕まえた部分はそのままに、グニュン! と逆『く』の字になっていた。
左側に立っていた俺のちょうど正面。
スラポンの青い壁があったそこには、アームドコングのガラ空きの脇腹だけが見えている。
「なるほど――なッ!」
まさに至れり尽くせりな状況だ。
俺はスラポンの動きに答えるように、葵さんに鍛えられた体術の一つ、渾身の右ストレートを見舞う。
ズドォン! と、『全身蹄化』の効果もあって、硬い拳が右脇腹に深くメリ込む。
人間とは比較にならないアームドコングの厚い肉の壁。それをものともせずに、その奥にある骨が砕ける手応えが返ってきた。
……とはいえ、タックルやラリアットよりは威力が落ちるからな。
さすがに一撃とはいかなったが……見事に膝をつかせてダウンさせる事には成功した。
――そして、反撃の機を与えるひまもなく。
回転からの左右のフックの連打(これも葵さん仕込みのやつ)で、きっちり拳だけで仕留めてから。
「どうバタロー!? スラポンとの連携はっ!」
感想が待ちきれないのか、前線まで上がってきた花蓮がピョンピョン跳ねながら聞いてきた。
「うむ、びっくりするくらいスムーズだったぞ。スライムの柔らかい体をフルに活かした盾役って感じだな」
「へっへん! でしょう!」
『ポニョーン』
俺の言葉に、花蓮とスラポン(?)が誇らしげに答える。
正直、金沢で牛力も上がり硬化もした事で、俺の防御力はさらに上がっているが……それでも頼りになるのは間違いないぞ。
さらに花蓮に詳しく聞いてみると、スラポンは俺にもすぐるにも、そして次に迎える三枠目の従魔にも合わせられるらしい。
『従魔列車軍』と行った、徹底的な『連携訓練』の結果。
重戦士だろうが魔術師だろうか、飛行系モンスターだろうが関係なし。
どのタイプの仲間ともある程度は合わせられると、リーダーの八重樫じいちゃんなる人から合格点をもらえたようだ。
「ホーホゥ。花蓮にスラポン、実に見事なバタローとの連携だったぞ!」
上空で観戦していたズク坊も、今の戦いは満足いくものだったらしい。
スラポンのてっぺんに降り立つと、翼でポンポンと優しく叩いて労っていた。
……ふむふむ。どうやら皆も成長できたみたいだな。
ダンジョンアスラを倒してから、ひたすら熱血特訓を受けた俺が一番頑張ったと思っていたが……皆も同じくらい苦労したと伝わってきたぞ。
これなら前にズク坊が言った、進化した『迷宮サークル』――『スーパー迷宮サークル』と呼んでもいいかな?
――と、リーダーの俺の感想でしめる前に。
残っている我らが回復役、フェリポンについても触れておこう。
回復役だから連携うんぬんは関係なくね? と言われたらまあ、正解ではある。
ただフェリポンはフェリポンで、回復役として一段成長していた。
『キュルルゥウ!』
その可愛らしい鳴き声と共に、俺の疲れを癒す『精霊の治癒』。
ピンク色の霧が全身を包む――と思いきや、俺の腰から下、『両足だけ』に纏わりついたのだった。
どうやら回復箇所をピンポイントにしたらしい。
細かな調整で魔力を抑えた、言わば『精霊の細治癒』にしているようだ。
これだと魔力を抑えられる上に、他にも利点が一つ。
ただでさえ兜で狭い俺の視界が、ピンク色の霧でさらに狭まる心配もないとの事だった。
そんな細かい芸当かつ優しい心遣いを見て。
最近、また一段とアニメやゲームの知識を増やしているズク坊が――ファバサァ! と翼を広げて褒めたたえる。
「やるなフェリポン! MP管理はヒーラーの鉄則、節約するのは大事だぞホーホゥ!」