表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/233

百七話 若き職人

「ワシだ。邪魔するぞ桜よ!」


 ズク坊の新装備、『暴風のスカーフ』の性能チェックを済ませて買い取った後。

 俺達は午後の休みを利用して泰山さんについていき、電車でお隣の福井県まで足を運んでいた。


 ちなみに、場所は福井県の越前市というところだ。

 よっしゃ! せっかくだから有名な越前ガニを食うぞ! ……という俺とズク坊の腹の声はひとまず置いといて。


 泰山さんが用があるという、俺の『プラチナ合金アーマー』を作ってくれた職人の元を訪れていた。


「……あれ? 返事がないですね」

「おそらく作業中だな。このまま入って直接声をかけんと気づかんだろう」

「ホーホゥ。職人の集中力ってやつだな」


 泰山さんがそう言うので、俺達も後に続いて中に入る。


 職人の鍛冶場(?)は倉庫みたいな感じだった。

 広さとか作りもそうだが、色々とごちゃごちゃしていて……何やら失敗作っぽい鎧や兜が、散乱したり山のように積まれている。


 ……まあ、簡単に言うなら汚ねえなオイ! である。


 ――チッ、――チッ、――チィッ……!


 ん? 何だ?

 左右を防具の山に挟まれる形で窮屈に進んでいくと、何やら舌打ちっぽい音が連続して聞こえてきたぞ。


「ホーホゥ? ちょい大丈夫か泰山。今は機嫌が悪そうだぞ?」

「ああコレな。『リズムを取っている』だけだから大丈夫だ」


 右肩に乗って邪魔な防具を翼で払いつつ、そう聞いたズク坊に泰山さんが答える。


 いやいや、リズムって……必要あるのか?

 金床の上でハンマーを叩く『一般的な』職人ならまだしも、【スキル】でやっているんだからいらない気が……。


 そんな疑問を持ちつつ進むと、散乱と山積みの防具の他に、段ボールに入った美しいインゴットみたいなものが出てきた。


 そして、それら多くの作品や素材の中に――小さな背中が見えてくる。


 チッチッチッ! と、よく聞けばリズムが速くなった舌打ちで、

 水晶に両手をかざした魔女みたいな謎の体勢で、ボロボロの座布団の上に座っていた。


「来たぞ桜。今日は他にも連れが一人と一羽いるぞ」

「……うん? その声は泰山のオッサン――って、一人と『一羽』?」


 泰山さんの呼びかけに、上半身を捻って振り返ったのは、かなり小さい細身の人。

 ジーンズ生地のオーバーオールで頭に白タオルを巻いた、金髪キツネ目の気が強そうな顔立ちの人だ。


 彼女の名前は古館桜ふるたちさくらさん。


 ――そう、俺の現在の防具を作ってくれた有名な職人とは、若い女性だったのだ。


 ◆


「おおっこの子か! うん、知ってるぞ! 『迷宮サークル』のズク坊君だな!」

「ぬっ!? ちょい待てッ! いきなりベタベタ触るんじゃないぞホーホゥ!」


 防具に埋もれた作業場の奥にいた職人の桜さんは、作業をやめて立ち上がった直後。

 興奮気味に俺の右肩に止まっていたズク坊に迫り、むんずと掴んで抱っこした。


 対して、ズク坊は翼をバタつかせて抵抗するが……普通よりも抵抗は弱くて足の爪も使っていない。


 いつもなら見ず知らずの他人に派手めに触られたら、

「無礼者めホーホゥ!」と問答無用で暴れる(&下僕にする)からな。


 ……多分、俺の鎧を作った職人でズク坊も楽しみにしていたので、少し気を使っているのだろう。


 そんなズク坊を強制抱っこした桜さんだが――何と二十四歳と俺より一つ上なだけ。


 迷宮業界では有名な【スキル】を使った職人の一人。

 何度も言うが、俺の命を守っている鎧は彼女が作ったものだ。


 あとついでに言うと、今すぐるがお世話になっている『黄昏の魔術団』。

 そこの団長を務める若林さんが纏う、『六尾竜のローブ』が代表作らしい。


「こらバタロー!? 見てないでこの元気娘を止めるんだホーホゥ!」


 と、ズク坊がそろそろ本当に嫌そうなので、俺は桜さんに申し訳なく言う。


「すいません桜さん。後で額とか撫でてもらって構わないので、とりあえず相棒を解放してくれませんか?」

「うん? 君はえっと…………誰だ?」

「いや桜、昨日言っただろう。ほら、【モーモーパワー】の彼だ」

「ああっ! そうか! うんうんなるほど。君が例の『モーモーの探索者』か!」


 ……いや違うって。異名なら『ミミズクの探索者』だって。


 ズク坊の名前と『迷宮サークル』というパーティー名も知っといて……そこ間違うんかい!

 ……まあ、若干ややこしくはあるけども。


「とにかく、ズク坊を離してやれ桜。今日はお前さんと太郎達との顔合わせと、作業現場の見学に来たのだ」

「うーん、仕方ないな。まだ作業も途中だし……うん、見せてやるよ!」


 そう言って、名残惜しそうにズク坊を解放した桜さん。


 俺と泰山さんと軽く挨拶の握手をすると、

 ガラス製の台の上に乗った、完成まであと一歩みたいな金属の胸当てを前に、ドカッとあぐらをかいて座布団に座った。


 ……一応、一個だけ年上の女の子なはずなのに……。

 何か言葉づかいとか雰囲気が、職人というより男っぽくて葵さん臭がするぞ。


 なんて思いつつ、桜さんの背中越しに再開した作業を見ていると――。


 桜さんのかざした両手がぼんやりと緑色に光り、妙な生温かさを帯び始める。

 そして、胸当てに『指一本触れずに』、ハンドパワー? を送るみたいな感じで、魔力とも違う感じの何かを胸当てに与え始めた。


「おおっ……」

「ホーホゥ……」


 その直後。トンテンカン! という鍛冶の音ではなくて。


 チッチッ、という桜さんお決まりの舌打ちのリズムに加えて、

 無音だが効果音をつけるなら『グニュグニュ~』といったような、金属の胸当ての細部がスライムみたいに形を変えていく。


 うおお……何とも不思議な光景だな。

 これは金属を扱う鍛冶というより、粘土を扱う陶芸に近い感じがするぞ。


 俺とズク坊は目の前の作業を食い入るように見ていると、隣の泰山さんが、仕事仲間として把握している桜さんの【スキル】について教えてくれる。



【スキル:鍛冶師(防具専門)】

『素材に干渉して防具を作成可能。扱える素材は熟練度に依存する。作品を完成させるほどに熟練度が上がっていく』



 稀少な【生産系スキル】の一つで、【鍛冶師】というのは防具と武器の二種類あるらしい。


 中でも聞いて面白いと思ったのは、やはり熟練度の特殊な上がり方だろう。

 モンスターを倒して得る経験値ではなく、『作品を完成させる事』で熟練度が上がるとは……何とも職人っぽい【スキル】だ。


 ちなみに補足情報として、桜さんはこの【鍛冶師(防具専門)】を取った後、

 すぐに職人としての道に進み、今日まで『猛烈鬼スケジュールな防具作成』を行ったため、【スキル枠】はもう一つ空いているとの事だった。


「――うん、とりあえずこんなもんかな。基本の形はできたから、あとは装飾をするだけだ」


 ひとまずの作業を終えたらしい桜さんは、ボロ座布団ごとくるっと回転する。


 そして、後ろにいる俺達の方を向いて、


「こんな感じで君の鎧も作ったわけだ。うん。今作っていたのは大した素材じゃないから、全然全力じゃないが……。珍しくて上等な素材を持ってきてくれたら、すぐに全力で作ってやるよ!」

「あ、はい。頑張ります。また新しい鎧が必要になるとは思いますし」

「うん、楽しみにしてるぞ。たしか君は結構、上位の探索者だったからな。『億越え装備』くらいじゃないと格好つかないってもんさ!」

「……たしかに、太郎はもう億越えでも恥ずかしくないな。桜は数少ない職人だから作業予定は詰まっているが、良い素材なら予定をすっ飛ばして作ってくれるぞ!」


 と、桜さんの言葉に泰山さんが激しく同意する。


 ズク坊の反対側、空いている俺の左肩をぽんぽんと叩き、

「年数は関係ない。肝心なのはただ一つ――実力だ!」とつけ加えてきた。


「うん、そういう事。もし亜竜なんか持って来た日には、徹夜してでも即行で取りかかってやるからな!」


 桜さんは満面の笑みで、俺の手を持ってブンブンと振る。


 その顔はなぜか勝手にやる気に満ちていて……? 誕生日プレゼントを待つ子供みたいな感じだぞ。


「あ、あはは……亜竜ですか。そ、その時はぜひ……」

「ホーホゥ。こりゃ難しい宿題をもらったなバタロー」


 桜さんの言葉に、俺は適当にお茶を濁しておく。


 竜系は孤高の存在で神出鬼没だからな。

 いずれ相まみえるかもしれないが……それまではプレッシャーなので考えないという方向で。


 ――その後、俺達は桜さんの案内で作業場の倉庫の中を案内してもらった。

 散乱し積まれた防具はどれもビックリするような素材(ミスリルとかは当たり前)ばかりで、桜さんの元には全国の迷宮から貴重な素材が届いているようだ。


 そんな数多くの、素材だけでも最低『百万以上』はする防具達を見て。


 桜さんはうんうんと一人うなずき、俺達に向かって自慢げに言う。


「コイツらは全部失敗作だ。――だが、その全てが糧となり、今の私を作っているのさ!」

百話を超えてやっと【生産系スキル】の登場です(遅っ)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ