百七話 若き職人
「ワシだ。邪魔するぞ桜よ!」
ズク坊の新装備、『暴風のスカーフ』の性能チェックを済ませて買い取った後。
俺達は午後の休みを利用して泰山さんについていき、電車でお隣の福井県まで足を運んでいた。
ちなみに、場所は福井県の越前市というところだ。
よっしゃ! せっかくだから有名な越前ガニを食うぞ! ……という俺とズク坊の腹の声はひとまず置いといて。
泰山さんが用があるという、俺の『プラチナ合金アーマー』を作ってくれた職人の元を訪れていた。
「……あれ? 返事がないですね」
「おそらく作業中だな。このまま入って直接声をかけんと気づかんだろう」
「ホーホゥ。職人の集中力ってやつだな」
泰山さんがそう言うので、俺達も後に続いて中に入る。
職人の鍛冶場(?)は倉庫みたいな感じだった。
広さとか作りもそうだが、色々とごちゃごちゃしていて……何やら失敗作っぽい鎧や兜が、散乱したり山のように積まれている。
……まあ、簡単に言うなら汚ねえなオイ! である。
――チッ、――チッ、――チィッ……!
ん? 何だ?
左右を防具の山に挟まれる形で窮屈に進んでいくと、何やら舌打ちっぽい音が連続して聞こえてきたぞ。
「ホーホゥ? ちょい大丈夫か泰山。今は機嫌が悪そうだぞ?」
「ああコレな。『リズムを取っている』だけだから大丈夫だ」
右肩に乗って邪魔な防具を翼で払いつつ、そう聞いたズク坊に泰山さんが答える。
いやいや、リズムって……必要あるのか?
金床の上でハンマーを叩く『一般的な』職人ならまだしも、【スキル】でやっているんだからいらない気が……。
そんな疑問を持ちつつ進むと、散乱と山積みの防具の他に、段ボールに入った美しいインゴットみたいなものが出てきた。
そして、それら多くの作品や素材の中に――小さな背中が見えてくる。
チッチッチッ! と、よく聞けばリズムが速くなった舌打ちで、
水晶に両手をかざした魔女みたいな謎の体勢で、ボロボロの座布団の上に座っていた。
「来たぞ桜。今日は他にも連れが一人と一羽いるぞ」
「……うん? その声は泰山のオッサン――って、一人と『一羽』?」
泰山さんの呼びかけに、上半身を捻って振り返ったのは、かなり小さい細身の人。
ジーンズ生地のオーバーオールで頭に白タオルを巻いた、金髪キツネ目の気が強そうな顔立ちの人だ。
彼女の名前は古館桜さん。
――そう、俺の現在の防具を作ってくれた有名な職人とは、若い女性だったのだ。
◆
「おおっこの子か! うん、知ってるぞ! 『迷宮サークル』のズク坊君だな!」
「ぬっ!? ちょい待てッ! いきなりベタベタ触るんじゃないぞホーホゥ!」
防具に埋もれた作業場の奥にいた職人の桜さんは、作業をやめて立ち上がった直後。
興奮気味に俺の右肩に止まっていたズク坊に迫り、むんずと掴んで抱っこした。
対して、ズク坊は翼をバタつかせて抵抗するが……普通よりも抵抗は弱くて足の爪も使っていない。
いつもなら見ず知らずの他人に派手めに触られたら、
「無礼者めホーホゥ!」と問答無用で暴れる(&下僕にする)からな。
……多分、俺の鎧を作った職人でズク坊も楽しみにしていたので、少し気を使っているのだろう。
そんなズク坊を強制抱っこした桜さんだが――何と二十四歳と俺より一つ上なだけ。
迷宮業界では有名な【スキル】を使った職人の一人。
何度も言うが、俺の命を守っている鎧は彼女が作ったものだ。
あとついでに言うと、今すぐるがお世話になっている『黄昏の魔術団』。
そこの団長を務める若林さんが纏う、『六尾竜のローブ』が代表作らしい。
「こらバタロー!? 見てないでこの元気娘を止めるんだホーホゥ!」
と、ズク坊がそろそろ本当に嫌そうなので、俺は桜さんに申し訳なく言う。
「すいません桜さん。後で額とか撫でてもらって構わないので、とりあえず相棒を解放してくれませんか?」
「うん? 君はえっと…………誰だ?」
「いや桜、昨日言っただろう。ほら、【モーモーパワー】の彼だ」
「ああっ! そうか! うんうんなるほど。君が例の『モーモーの探索者』か!」
……いや違うって。異名なら『ミミズクの探索者』だって。
ズク坊の名前と『迷宮サークル』というパーティー名も知っといて……そこ間違うんかい!
……まあ、若干ややこしくはあるけども。
「とにかく、ズク坊を離してやれ桜。今日はお前さんと太郎達との顔合わせと、作業現場の見学に来たのだ」
「うーん、仕方ないな。まだ作業も途中だし……うん、見せてやるよ!」
そう言って、名残惜しそうにズク坊を解放した桜さん。
俺と泰山さんと軽く挨拶の握手をすると、
ガラス製の台の上に乗った、完成まであと一歩みたいな金属の胸当てを前に、ドカッとあぐらをかいて座布団に座った。
……一応、一個だけ年上の女の子なはずなのに……。
何か言葉づかいとか雰囲気が、職人というより男っぽくて葵さん臭がするぞ。
なんて思いつつ、桜さんの背中越しに再開した作業を見ていると――。
桜さんのかざした両手がぼんやりと緑色に光り、妙な生温かさを帯び始める。
そして、胸当てに『指一本触れずに』、ハンドパワー? を送るみたいな感じで、魔力とも違う感じの何かを胸当てに与え始めた。
「おおっ……」
「ホーホゥ……」
その直後。トンテンカン! という鍛冶の音ではなくて。
チッチッ、という桜さんお決まりの舌打ちのリズムに加えて、
無音だが効果音をつけるなら『グニュグニュ~』といったような、金属の胸当ての細部がスライムみたいに形を変えていく。
うおお……何とも不思議な光景だな。
これは金属を扱う鍛冶というより、粘土を扱う陶芸に近い感じがするぞ。
俺とズク坊は目の前の作業を食い入るように見ていると、隣の泰山さんが、仕事仲間として把握している桜さんの【スキル】について教えてくれる。
【スキル:鍛冶師(防具専門)】
『素材に干渉して防具を作成可能。扱える素材は熟練度に依存する。作品を完成させるほどに熟練度が上がっていく』
稀少な【生産系スキル】の一つで、【鍛冶師】というのは防具と武器の二種類あるらしい。
中でも聞いて面白いと思ったのは、やはり熟練度の特殊な上がり方だろう。
モンスターを倒して得る経験値ではなく、『作品を完成させる事』で熟練度が上がるとは……何とも職人っぽい【スキル】だ。
ちなみに補足情報として、桜さんはこの【鍛冶師(防具専門)】を取った後、
すぐに職人としての道に進み、今日まで『猛烈鬼スケジュールな防具作成』を行ったため、【スキル枠】はもう一つ空いているとの事だった。
「――うん、とりあえずこんなもんかな。基本の形はできたから、あとは装飾をするだけだ」
ひとまずの作業を終えたらしい桜さんは、ボロ座布団ごとくるっと回転する。
そして、後ろにいる俺達の方を向いて、
「こんな感じで君の鎧も作ったわけだ。うん。今作っていたのは大した素材じゃないから、全然全力じゃないが……。珍しくて上等な素材を持ってきてくれたら、すぐに全力で作ってやるよ!」
「あ、はい。頑張ります。また新しい鎧が必要になるとは思いますし」
「うん、楽しみにしてるぞ。たしか君は結構、上位の探索者だったからな。『億越え装備』くらいじゃないと格好つかないってもんさ!」
「……たしかに、太郎はもう億越えでも恥ずかしくないな。桜は数少ない職人だから作業予定は詰まっているが、良い素材なら予定をすっ飛ばして作ってくれるぞ!」
と、桜さんの言葉に泰山さんが激しく同意する。
ズク坊の反対側、空いている俺の左肩をぽんぽんと叩き、
「年数は関係ない。肝心なのはただ一つ――実力だ!」とつけ加えてきた。
「うん、そういう事。もし亜竜なんか持って来た日には、徹夜してでも即行で取りかかってやるからな!」
桜さんは満面の笑みで、俺の手を持ってブンブンと振る。
その顔はなぜか勝手にやる気に満ちていて……? 誕生日プレゼントを待つ子供みたいな感じだぞ。
「あ、あはは……亜竜ですか。そ、その時はぜひ……」
「ホーホゥ。こりゃ難しい宿題をもらったなバタロー」
桜さんの言葉に、俺は適当にお茶を濁しておく。
竜系は孤高の存在で神出鬼没だからな。
いずれ相まみえるかもしれないが……それまではプレッシャーなので考えないという方向で。
――その後、俺達は桜さんの案内で作業場の倉庫の中を案内してもらった。
散乱し積まれた防具はどれもビックリするような素材(ミスリルとかは当たり前)ばかりで、桜さんの元には全国の迷宮から貴重な素材が届いているようだ。
そんな数多くの、素材だけでも最低『百万以上』はする防具達を見て。
桜さんはうんうんと一人うなずき、俺達に向かって自慢げに言う。
「コイツらは全部失敗作だ。――だが、その全てが糧となり、今の私を作っているのさ!」
百話を超えてやっと【生産系スキル】の登場です(遅っ)。