百三話 従魔秘術はロマンじゃ
花蓮視点です。
「ぬわっ、こりゃたまげた! 上も下もビッチャビチャだねえ」
私は今、スラポンとフェリポンを引き連れて……じゃなかった。
他の皆、モントレさんの従魔師と従魔ちゃん達、六人と二十五体に交じって迷宮内を進んでいた。
――ここは愛媛県にある迷宮の一つ、『宇和島の迷宮』だ。
難易度は中の上くらいで、全二十四層からなる攻略済みの迷宮。
すぐポンが行った『盛岡の迷宮』とか、私達のホームの『上野の迷宮』と比べたら易しいけど……。
「スゴイ水滴だなあ。そのせいで水も溜まってるから……地味に辛いかも?」
「ほっほっほ。まあ花蓮もすぐに慣れるじゃろうて。たしかに地味に嫌な環境じゃが、得られる経験値や採集物は中々のものじゃぞ?」
私の感想に、皆のリーダー八重樫じいちゃんが答えてきた。
この迷宮の環境は、洞窟の天井(頭上八メートル)からポタポタと常に水滴が落ちてきている。
足元はくるぶしが隠れるくらいに水が溜まっていて、その浅い水たまりが延々と奥まで続いていた。
……まあ、そんなに歩きづらくはないから、こっちはいいとして。
なぜか八重樫じいちゃんが、迷宮に入ってからずっと『先頭』にいるのが気になっちゃう。
いくらリーダーと言っても、従魔師は後衛職だからね。
なのに八重樫じいちゃんは自分の従魔、パーティーのエースアタッカーである強トカゲちゃん(エクスプロードリザード)と完全に並んで先頭にいるのだ。
「いつも口を酸っぱく言っているんだけどね……。『最前線で余生を謳歌するのじゃ!』と言って聞かないんだよ」
「そうそう。それが原因で岐阜で大ケガを負ったのに、まるで効いちゃいないんだから」
と、驚きが顔に出ていたのか、私を見て他の男女メンバーの二人が説明してくれた。
「へぇー、そうだったんですか。……スゴイなあ。八重樫じいちゃんなら百二十歳くらいまで生きちゃいそうですね」
先頭をいく八重樫じいちゃんの背中を見て、私は感心しながらパーティー、というより軍隊みたいに迷宮を進む。
『キュルルゥ……』と落ちてくる水滴を嫌がったフェリポンを腕に抱いて、足元の水たまりに少しだけ慣れてきた頃――ついに一層のモンスターが現れた。
水たまりの地面の上、ではなく天井に張り付く格好で。
ゲコゲコ鳴いて威圧してくる、大型犬サイズはあるショッキングピンク色のカエル――、
「ふおおっ!?」
と、私のモンスターの脳内説明が終わる前に。
――ボカンボカァアアン!
間髪入れずに大きな爆発が立て続けに発生。
見ると強トカゲちゃんが爆発の勢いで天井八メートルに跳躍して、さらに『爆発パンチ』を叩き込んでいた。
そして……うわあ、見事に一発KOだね。
肉が弾け飛んで、ちょっとだけグロテスクになったカエルさんが天井から水たまりに落ちてくる。
これが強トカゲちゃんの種族としての能力。
体からほんの少しだけ出ていた『火薬の臭い』の正体ってわけだね。
「ほっほっほ。今日は花蓮というお客さんがいるからのう。『手加減』したとはいえ張り切っとるようじゃ!」
自分の従魔の活躍を見て、満足げに笑う八重樫じいちゃん。
え? 今の爆発音で手加減していたの……?
……な、なるほど。さすがはエースアタッカー、『指名首』でもあるモンスターだね。
バタローみたいな高速移動からのすぐポンみたいな爆発で、あっという間の瞬殺だった。
相手が弱いモンスターというのを差し引いても、爆発を使う強トカゲちゃんにとっては、水気が多くて力を発揮しづらいはずなのに……本当に強いなあ。
「種族として強いうえに、しっかり鍛えたからこの強さなんだね」
八重樫じいちゃんにはもう一体、『指名首』の従魔ちゃんもいるし……。
『一流の従魔師は一人でもパーティーとして完成している』。
探索者の世界にはそんな言葉があるけど、本当にその通りだと実感させられたよ。
「では、次は花蓮とスラポンにやってもらおうかのう。きちんと育っておるから、フェリポンの出番はまだずっと後じゃろうな」
そう言って手招きされたので、私は前線に上がるようスラポンに指示を出す。
腕に抱えていたフェリポンは自分でちゃんと飛ばせて、
【煩悩の命】(バタローいわくゴキ○リ並のしぶとさ)を持つ私も、スラポンと一緒に前衛に出る。
スラポンの壁と、『百八個』の命もあるから大丈夫。
攻撃力と速い手数を兼ね備えたモンスターが相手でなければ、かなり安全に戦えるからね。
『ポニョーン』
――というわけで、私とスラポンが従魔軍団を率いるように進んでいく。
モンスターの出現頻度は二百メートル進んで一体くらい。
計八回の戦闘を行ったけど、八重樫爺ちゃんの言う通りにフェリポンの出番もなければ、私の命が減る事もなかった。
そんな感じで、軽い準備運動みたいに一層、二層と皆で交代しながら潜っていけば――。
誰一人、誰一体ともケガの一つもせずに。
無事に三層にたどり着いたところで、少し早めの休憩に入る事になった。
◆
「新しい子ですか? ……うーん、そういえば決めてなかったなあ」
頭上からの無限水滴と足元の水たまりがない階段部分で、温かい紅茶を飲みながら皆で休憩していた時。
八重樫じいちゃんが、『花蓮よ。もう三枠目の従魔は決めておるのか?』と聞いてきた。
……言われてみれば、決めるどころか全然考えてもいなかったよ。
従魔師は従魔と経験値を分け合うのが絶対ルール。
【スキル】の成長が遅くなるから、まだ当分先だと思って……いや違うね。
スラポンにフェリポン、そしてバタローにすぐポンにズク坊ちゃん。
いつも頼もしい仲間との楽しい探索だったから、三枠目の子の事はすっかり忘れていたのだ。
「別に急ぐ必要はないがのう。花蓮のこれまでの探索状況を聞くに、経験値は順調に溜まっておるようじゃし……。枠が増えてから考えてもまったく問題はなかろう」
八重樫じいちゃんは言うと、バリバリと手に持っていたせんべいを食べる。
目の前にはたくさんのおやつがシートの上に広げてあるけど、一応、これにも触れておかないとね。
ポテチにポッキーにグミにお饅頭に、他にも色々。
子供の誕生日会みたいに、マジックバッグから出されたたくさんのおやつが並べてある。
私も含めて、人間七人にしてはちょっと量が多すぎるのは……実は従魔ちゃん達も食べるからだ。
「驚いたなあ。モントレさんは皆でおやつを食べるんですね」
「そうじゃ。従魔もモンスターも、なぜか何も食わなくても生きられるが、こやつらは『仲間』じゃからのう。本人達が嫌がらないのであれば、従魔達にもしっかり食べてもらっとる」
「なるほどなあ。たしかに、食べられるなら一緒に食べた方が美味しいですよね」
八重樫じいちゃんの言葉を聞いて、私は認識を改める。
スラポンもフェリポンも大切な仲間だけど、食事はいらないし、本人達も特に欲しがらなかったからあげていなかった。
……だけど、これからはやっぱり一緒に食べようと思う。
進む時は大軍団! 休む時は大家族!
そんなモントレさん達の姿で、従魔師とは何たるかを私はこの目で見たのだっ!
「戦場じゃなくても全員が同じ事をして団結してる。だから強いんだね。……それに比べて私は未熟者だなあ」
積み上げてきた自信が、モントレさんのおやつタイムを見て崩れ去る。
私自身、『子供探索者』なんていう異名(気に入ってはいない)がついたけど、実力的には全然、一流じゃないからね。
バタローをはじめ、ズク坊ちゃんにすぐポンも目立つから、ついでに異名がついたのは間違いない。
私一人だけでは、探索者としても従魔師としてもまだまだだから、もっと熱血で頑張らないと!
「うむ、いい顔をしとるのう。その意気じゃぞ花蓮。一人前の従魔師は一日にしてならずじゃ!」
「はい先生! いっぱい頑張って【従魔秘術】を上げて――三枠目は『指名首』を従魔にしちゃうよっ!」
「むむ? いや花蓮よ。三枠目では『指名首』を従魔にはできんぞ?」
「……へ?」
八重樫じいちゃんのまさかの発言に、盛り上がっていた私は心の中でずっこける。
え、そうなの?
周りのメンバーを見てみても、皆がうんうんとうなずいていた。
私は気になったので、すぐに八重樫爺ちゃんに聞いてみると、
【従魔秘術】の一~三枠目では、『指名首』のモンスターとは心をシンクロできないらしい。
これは世界中にいる従魔師のネットワークで、十年かけて慎重にデータを取って判明したとの事だった。
どんな性格どんな能力の従魔師でも、『指名首』のモンスターを従魔にできるのは『四枠目』からみたい。
「うーん残念。そうだったのかあ」
「まあ、『指名首』に関しては気長に待つんじゃな。従魔師の成長は最も遅く、さらに四枠目までの制約があるのは当然――。花蓮よ、これがなぜじゃか分かるか?」
「うん? 制約がある理由……?」
突然の八重樫じいちゃんの問いに、私はうむむ……と考える。
けど、私が自分の考えを言う前に。
八重樫じいちゃんは鼻息荒く、なぜか少年のように目をキラキラさせて言う。
「『ロマンだから』じゃよ。……ほっほっほ! 人と人ならざる者が仲間となって力を合わせる。どこかの若造は『魔術こそ最も美しく、ロマン溢れるもの』とほざいておるが……。【従魔秘術】こそ『最上級のロマン』なのじゃ! そんな素晴らしい体験を我々はできるのじゃから、多少の制約があるのは当然じゃのう」
そして、興奮気味だった八重樫じいちゃんは、ズズズと紅茶を飲み干してから。
「ここまで見せたのは序の口じゃ。――従魔と従魔、人が入る余地などない華麗なる戦いを見せてやろう!」