十一話 不人気な四層
「非リア充な男の生き様――いざ見せつけてくれるわッ!」
俺は魂の叫びを腹の底から出す。
三層ボスのケルベロスを倒し、一日の休養を挟んだ後。
俺はこの三日間、【スキル】の細かい確認作業と戦闘訓練で、『クリスマス返上』で迷宮に籠っていた。
そして、それを終えた現在。ようやく四層の攻略を始めようとしていた。
「ホーホゥ。気合いが入ってるなバタロー。クリスマスってのがよく分からないけど、起爆剤になったみたいだぞ」
右肩から離れ、天井付近を飛びながらズク坊が言う。
ズク坊はこの三日間、非常によく貢献してくれた。
習得した【絶対嗅覚】を使い、モンスターの位置を特定して戦闘訓練の効率をグンと上げてくれたのだ。
おかげで俺は地上のリア充共に嫉妬しながらも、色々と成果を上げられていた。
【スキル:モーモーパワー】。
卒論の相方ワッキーの疑問から調べた結果、発動持続時間は『四時間』きっかり。
そこまで引っ張るとクールダウンに『十五分』必要で、その間は無防備な状態となってしまう。
逆に限界時間で強制的に切れない限り、【スキル】はすぐに使えると判明した。
そして、【スキル】に関してもう一つ。
三層のスチールベアとボスのケルベロスを狩り続けた結果。
上がりづらくなっていた【モーモーパワー】の熟練度も『五牛力』に上がったのだ!
実はそれを受けて、もしやと思って試してみたところ、
発動限界時間が『五時間』に延びていたので、どうやら一牛力につき一時間が加算されるらしい。
「訓練で動きのキレも良くなってるからな。ますます無双できるってわけだ」
「ホーホゥ。でも四層、油断せずにいくんだぞバタロー!」
「おうっ!」
少なく見積もっても四トン(+元々の六十五キロ)の体で、ゾウもかくやな重厚な足取りで進む。
四層の出現モンスターは以前に確認しているが、戦闘は今日が初めてとなる。
その四層、ボスを挟んだ層だからか、今までよりも少し入り組んでいる気がするぞ。
分岐点が多く、全体的な広さは東○ドーム二個分と同じでも、いよいよ迷宮が本格化している印象を受けた。
そんな中をズク坊の【絶対嗅覚】を頼りに進むと――一分と経たずにモンスターと遭遇する。
シャアーッ! という身震いしそうな威嚇音。
丸太のように太く長い胴体を、気味悪く地面に這わせる様は見る者に恐怖を植え付けてくる。
『ボルトサーペント』。
体内に発電器官を持ち、電撃による攻撃を得意とする厄介なモンスターだ。
「電撃のヘビねえ……。どうせならウナギにしとけよややこしい!」
不気味な黒と灰色の斑模様の表皮には、すでにバチバチと紫電が散っている。
標的を『感電死』させる高圧電流。もし耐えられたとしても、お次は四メートル級の体を駆使した『絞め殺し』が待っている。
初心者向けのこの迷宮の中で、悲しいかな圧倒的な不人気階層。
五層へ行ける者は五層へ、行けない者は三層に留まり経験を積む、とギルドで聞いていた。
「しかもヘビだからな。ニョロニョロ嫌いは意外に多いのか」
けど俺は違う。
事前の下調べで自信を持っていたので、有効な遠距離からの攻撃がなくとも、ためらいなく正面から突っ込む。
五牛力のパワーによる『闘牛ラリアット』。
超重量のその一撃を、鎌首をもたげたボルトサーペントの首に叩き込もうとして――ヒュン、と。
さっきまで迎撃&感電死させる気満々だったボルトサーペントが、首を振って俺の攻撃を回避した。
……なるほど、ね。
俺は避けられたにもかかわらず、ニヤリと笑って敵の長く太い全体像を見据えた。
「こりゃ自信が確信に変わったな。お前もそう思ったんだろう?」
「ホーホゥ? え、俺?」
「いや違う! シリアスな場面で急に出てくるなズク坊!」
――オホン! と、とにかくだ!
下調べから導き出した答えは、どうやら『正解』だったらしい。
ボルトサーペントの電撃は普通に人間を殺せるレベル。
探索者として体が強化されていても、四層に来たばかりの者ではそう耐えられるものではない。
だが、例えば赤子と大人を仕留めるために必要な電撃の強さに差があるように。
赤子より子供、子供より大人、大人より熊、熊よりゾウといった感じに。
体格や体重によって、抵抗できる電撃の強さは変わってくるはず。
そして、今の俺は牛五頭+成人男性一人分。
つまり、俺は絶縁体の防具を纏わなくても、他者と比べれば安全だというわけだ。
「よし、もう一丁ッ!」
だから突っ込み、固めて上げた右腕を振るう。
ズバン! といつもの抜群の手応えが返ってくると同時。
バチィッ! と空気を裂くような音を上げて、こちらも凄まじい衝撃が返ってきた。
「ぐわおァ……!?」
強力な電撃に俺の体が硬直する。
今までとは違う種類の痛みが全身に走り、心臓は突かれたように縮み上がった。
が、しかし。
「……いッたいなこれ! でもとりあえず、俺の勝ちって事で」
目の前には首が引き千切れたボルトサーペントの姿が。
自慢の電撃で迎撃したものの、攻撃に耐えきれずそのまま死んだようだ。
やれやれ……思ったよりはキツかったな。
まあそれでも、死ぬとか意識を失うとかではなくて。一般人にとっての『強めのスタンガン』を喰らった程度か。
これも【モーモーパワー】、牛五頭分のタフさ様様である。
「どっちもドエライ音だったな。ホーホゥ。見てて冷や汗掻いちゃったぞ」
「ん、心配かけたな。けどこれで四層も安心して狩れそうだ」
一番脅威である電撃を耐えられるなら問題なし。
もう一つ絞め殺しという技もあるが……牛五頭分、こちらはもっと効かないだろう。
◆
第一戦の後は、ズク坊の【絶対嗅覚】をもって単体のボルトサーペントを狙って狩り続けた。
念には念を入れて、リスクは負わずに一対一。
他の階層ならそうはいかないが、この階層は不人気なので他の探索者と取り合いになる事はなかった。
そうして、リュックがパンパンになったところですぐに帰還。
得た素材は魔石が十一個、お目当ての電気袋(ヌメヌメした巾着袋みたいなの)も十一個だ。
で、今日もまた無事に迷宮から出て、楽しみに探索者ギルドに持って行くと、
「ええッ!? ソロでこんなに狩るまで四層にいたの!?」
いつもの受付のお姉さんに渡すと、ボス撃破に続いてまた驚かれてしまった。
彼女はそう驚きながらも、すぐに査定のため奥へと消えて――トレーにお金と内訳の紙を乗せて戻ってくる。
四層ボルトサーペント、大切な買い取り価格と総額がこちら。
魔石一個『六百円』。電気袋は一つ『八千円』。
合計『九万四千六百円』と、より深い層だけあって最高記録を叩き出したのだった。