百話 日本最高難度の迷宮
何だかんだで本編百話目です。
すぐる視点の説明回みたいな感じです。
「――では始めようか。まずはここを照らしてくれるかい?」
ここは『黄昏の魔術団』のホーム、日本最高難度を誇る『盛岡の迷宮』。
その出入口である岩壁の亀裂に入り、階段を下りて一層に着いてすぐ。
先頭にいた団長の若林さんは振り向き、すぐ後ろにいる僕に指示を出してきた。
「はい! では失礼して――【魔術武装】!」
内部は出入り口から差す光が少し入る程度で、基本的には漆黒の闇の世界が広がって何一つ見えないほど。
だから僕はいつものように、全身を燃え上がらせて『火ダルマモード』に移行する。
「おお、岐阜でも見たが素晴らしい火力じゃないか。匠もそう思うだろう?」
「ああ、そうだな。【魔術武装】――こうして体感するとたしかに面白い」
『火ダルマモード』でゴゴオオォ、と燃え盛る僕の状態を見て。
若林さんと副団長の桐島さん、さらには他の同行した団員からも感嘆の声が上がる。
……何だか少し恥ずかしいな。
自分よりスゴイ人達に見られるのは緊張するから、早いところ実力チェックに入りたいところだ。
と、ここで光源の役割を果たす僕に続いて。
【光魔術】を持っている二人の団員が、右手を頭上に向けて一斉に魔術を発動した。
瞬間、それぞれバスケットボール大の三つの光球が一直線に打ち上がる。
およそ十メートルある天井付近まで上がると、ピタリと止まって証明代わりとなり、周囲が一気に明るくなっていく。
「うおお、今のが【光魔術】ですか……。それで、こっちの方はこんな感じになっている、と」
もう一度言うけど、ここ『盛岡の迷宮』は日本最高難度の迷宮だ。
出現モンスターの強さ、迷宮内部の過酷さから、ギルド関係者が集まる会議でも満場一致で認定されている。
そんな場所に立ち、大きな火ダルマと六つの光球によって完全に視界が利く中で。
僕の目の前には――聞いていた通りのある異様な光景が広がっていた。
「(……ゴクリ)」
まず目に入ったのが、何を隠そう『魔法陣』だ。
直径二メートルほどのサークル状かつ幾何学模様の黒いペイント。
それが洞窟型の迷宮の、不自然なほど平らになった地面にいくつも現れている。
……一見、ただの模様(というか落書き?)みたいだからと言って……侮るなかれ。
わずかでも踏んだ瞬間、待っているのは痛みと後悔。
火なのか氷なのか雷なのか、それともそれ以外か。
何かしらの『属性ダメージ』がランダムに発生して、踏んだ者に結構シャレにならないダメージを与えてくるのだ。
こっちからの攻撃は効かず、消したければ踏んで発動させるしかない。
だからズク坊先輩みたいに空でも飛べない限り、ずっと足元に注意しなければならないのだ。
だというのに――まさかのモンスターには無反応。
つまり、探索者だけに『一方的に発動』して、しかも黒ペイントで『発見しづらい』という、何とも凶悪かつ陰湿な罠なのである。
「……うぐぅ、まさか一層で進むのを躊躇させられるとは……」
暗いとか歩きづらいとか、暑いとか寒いとか。
そういう次元ではない、もっと直接的で暴力的な環境ってわけだね。
そして、日本最高難度の迷宮なのだから……もちろんこれだけではない。
実はもう一つある過酷な環境が、魔法陣のない他の地面の部分。
よく見ると薄らとした『桃色の湯気』が、もわもわと怪しげに立ち上っている。
こっちは魔法陣とは真逆。
ダメージを与えるのではなく、『回復』させるためのもの。
ただ魔法陣以外の場所にいるだけで、傷ついた体や溜まった疲労が癒されていくのだ。
ゲーム的に言えば、まんまオートリ○ェネである。
ここ一層ならそうでもないらしいけど、階層が深くなればなるほど回復量は増えていくらしい。
で、この回復効果がある桃色の湯気。
勘の良い人ならもうお分かりかと思うけど……こっちはモンスターにのみ反応する。
……うん、まあ当然っちゃ当然だよね。
これで人間側も回復できるようなら、魔法陣の危険性が相殺されて過酷な環境ではなくなるのだから。
いつもお世話になっている、フェリポンの『精霊の治癒』に色は似ているも……こっちは何の役にも立たないのだ。
後はまあ、潜るにつれて他に細かい罠が出てくるようだけど、今はとりあえずこんな感じかな。
なので一旦、整理するとこんな感じだ。
『盛岡の迷宮』は壁が発光せず真っ暗闇で、かつ属性ダメージを受ける魔法陣があり、敵ばかりが無限に回復できる湯気が発生している。
「分かってはいたけど……いざ目の前にすると理不尽すぎる!」
「まあ、とはいえ大した事はないと思うよ? 魔法陣は踏まないように気をつけて、素早く美しく、一気に敵を削ってしまえばいいのさ」
「……いや、それを軽くできるのはお前だけだけどな。……まあ、別に今日は攻略するわけじゃない。だから安心してくれ木本君」
僕の弱気な発言に、若林さんと桐島さんがリラックスした様子で返してきた。
ただし、二人とも地上にいた時よりも目が鋭く、周囲に視線を巡らせている。
……あ、そうか。
いつもズク坊先輩に任せきりだったけど、普通は探索者が自分の目でモンスターを探すものだっけ。
なんて反省しつつ、僕達は足元に無数にある魔法陣に気をつけて進む。
――すると、さすがは最高難度の迷宮か。
モンスター密度も高いがために、十数秒歩いただけでもう通路の奥からモンスターが現れる。
「あれが『バーサクトレント』……。そして本当に魔法陣を無視して直進してきてるよ……」
三メートルはあろうかという焦げ茶色の枯れ木で、何本もある枝は腕のように動く。
根は足の役割を果たし、上下運動がまったくない這うような動きで、魔法陣の上を平然と通過して迫ってきていた。
強さ的にはトロールより少し弱い程度。また名前の通り、モンスターの中でも屈指の凶暴性を誇る。
枯れ木なのは見た目だけで、生きた大木かと錯覚するほどの耐久力と生命力があるらしい。
……と言っても、だ。
普段からもっと強いモンスターと戦っている僕や若林さんにとっては、何の心配もない相手である。
ただ、ここが『最上層の一層』というのを考えれば……この『異常さ』に気づくだろう。
トロールは単独で狩れれば一人前、何とか片足だけだけど、一流の仲間入りを果たせたと言えるレベルの相手だ。
それより少し弱い程度のモンスターが、もう一層から出現してくるという現実――。
ハッキリ言って、異常なレベルの高さである。
しかも、そこに加えて『スキル持ち』の出現頻度が普通よりも高いときている。
全ての個体が【固有スキル】を持つ『指名首』とは違い、それ以外のモンスターで『スキル持ち』なのは、せいぜい三百体に一体程度。
ところがここでは『五十体に一体』。なんと五十分の一の確率で出てくるのだ。
まさに最難関な迷宮だけあって、モンスターの強さも環境も死角なし。
この『盛岡の迷宮』が発見された当初、他の迷宮と大体同じだと思って調査に入ったチームがどうなったかは……言うまでもないだろう。
「じゃあ木本君。早速、醜いアイツを美しく燃えやしてくれたまえ」
「はい。お任せください!」
僕は若林さんの期待に答えるべく、火ダルマの右手を前に突き出す。
一撃で仕留めるためにも威力が高く、あと見た目にも華やかな、持てる魔術で最も強い炎を放つ。
「一瞬で消し炭にしてみせる――行けッ『火の鳥』!」
改めてですが、本編百話に到達しました!
まさかここまで続けられるとは……と驚いています。これも読者の皆様がいるおかげ、本当に感謝です。
重厚なストーリー! 鮮やかな伏線回収! ……とかはまったくないですが、読みやすさを心がけて、和気あいあいとした感じのものを書いていけたらと思います。




