九十八話 石像を打ち砕け
ちょっと長くなりました。
「いくぞ、無機質巨人族め!」
通常モンスターでもボスでもない、強大な『門番』、ダンジョンアスラとの戦い。
まずその巨体に亀裂を入れるべく、俺は【過剰燃焼】で二倍に引き上げた『五十牛力』で、初撃から全力全開で挑む。
――すでに他の皆の戦いも始まっている。
葵さんは空中に上がっての陽動。緑子さんは大きな影の鎖で縛り――きれてはいない。
さすがに三つの顔と六本の腕を持つ、十メートル超の巨体とパワーは規格外すぎるようだ。
ダンジョンアスラの影を利用した黒い鎖は引き千切られて、緑子さんの制御下を離れて霧状化、そのまま霧散して地面に戻っていく。
だがまあ、十分だな。
俺はガラ空きになっている、大樹みたいに太い右足に向けて『高速猛牛タックル』を狙う。
とりあえず亀裂さえ入れば場所はどこでもオーケーだ。
そうなって初めて、ダメージが通る状態となるらしいからな。
だから第一段階は邪魔もなく悠々とクリア――――と思っていたのに。
「ッ!?」
俺の『闘牛気』を纏って硬化もした右肩に衝突したのは、右足ではなくまさかの『手』。
足元の危険を察知したのか、三面あるうちの一つの顔がギロリと見下ろしてきて――ズドォオン! と。
二本の左腕を下ろし、重ね合わせて二重となった掌で受け止めてきた。
……しかも、ご丁寧に手を少し後ろに引いて威力を殺す始末。
即行で亀裂を入れるという目的は、大質量な巨体に似合わぬ反応速度と技で失敗に終わってしまう。
「とはいえ、だ!」
わざわざ二本使ってガードしてくるという事は、俺の攻撃が『効く』って事だ。
緑子さんに聞いた話では、葵さんの強烈な棍棒ブン回しもノーガードだったらしいからな。
事実、敵の注意を引きつけるように戦っていた葵さんも、
「いけるわよ太郎! ブチかませいッ!」と、空中で棍棒を振り回しながら叫んできた。
了解ですぜ姉さん!
俺はすでにバックステップで距離を取っていたので、間髪入れずにズズゥン! と踏み込み、二度目のタックルを敢行する。
同時。厄介な六本の腕を今度こそ使わせまいと、緑子さんを筆頭に皆が抑えにかかった。
影での縛りと集中的な攻撃で肩付近を狙い、瞬間的だがガードできないようにする。
――これでイケる。
俺は眼前に迫る右の足首に、渾身のタックルでブチ当たろうとした。
……のだが。
ひょいっ、と。
あまりに軽々と、けれど音だけならゴゴゥ……! という重く乾いた音を鳴らして、ダンジョンアスラは右足を上げてきた。
つまりはガードではなく回避。
標的を失った俺はそのまま直進、破壊はできないボス部屋の扉に激突してしまう。
「ぐっ! にゃろう……ッ!」
鎧に加えて、二十五牛力で『全身蹄化』していたからいいものの……!
もし硬化していなかったら、ちょっとした自滅で軽いダメージを負っていたところだ。
「!」
と、次の瞬間。
俺の周囲に影が差したと思いきや、すぐさま地面へと下ろされる巨大な右足。
わざわざ俺を踏み潰そうと、右の顔が俺の姿を確認。二歩分後ろに思いきり足の裏が下ろされてきた。
誰が皆の嫌われ者、黒光りのGだっつんだ! 踏み潰されてたまるかい!
俺はすぐさま『牛力調整』を発動して、背中で凄まじい衝撃と音を感じながらその場を離脱。
三度目のタックルに備えて、筋力最大・体重最小限の状態でダンジョンアスラを睨む。
チョップにパンチに掌底に、今の踏み潰しに。
言葉にすると大した事がなさそうでも、どの攻撃も必殺の威力、そこから発生した強風も戦場を吹き抜ける。
……さて、どうするか。
動きはそこまで速くはないが、思った以上に軽やかなのは間違いない。
何度も強引にタックルを連発すれば……そのうち当たるか?
回復薬があるとはいえ、【過剰燃焼】のリミットである三分以内に仕留めたい――、
「惜しかったわね太郎君。けど私に任せて。次こそあの体に亀裂を入れてしまいましょう」
「うおッ!? み、緑子さん……!」
と、ここで。
ふいに声をかけられて後ろを振り向けば、背後に美しき女神の姿があった。
ついさっきまでダンジョンアシュラの正面にいたのに……って、そうか。
緑子さんの【影舞闘】により、自分の影から『俺の影』に移動してきたってわけだ。
【気配遮断】で気配のかけらもなし。まさに暗殺者の業って感じだな。
「腕の方は皆で何とかするわ。足上げでの回避については、太郎君がタックルの動作に入った瞬間、影に沈めて動きを遅らせるわ」
「了解です緑子さん。なら遠慮なく、また突っ込ませてもらいます!」
俺の影から完全には出ずに足首まで沈む形で、至近距離に戦場の女神がいらっしゃる――という喜びはさて置いて。
軽く言葉を交わした緑子さんは、トプン、と体が沈む音を残して影の中に消える。
そして、再び前方にその御身を現したのを確認したところで。
「んじゃ改めて。三度目の正直だ。 ――『高速猛牛タックル』!」
地面を踏みしめて、いや踏み沈めて。
俺は地面を這うかのごとく、低く鋭いタックルに入った。
六本ある腕は――下りてこない。
顔の一つは俺を射抜くように見ているが、一斉攻撃を受けてガードには回せないようだ。
高速移動中の俺の目前に鋼鉄より硬い石の足が迫る。
その時すでに右足は動いており、土埃を上げてさっきと同じく避けようとするも、
およそ一メートル。自分の影に足が沈み、引き抜く際のタイムロスが発生する。
それで十分だった。
速度に乗った重戦車な俺は、自慢の鎧の右肩から――。
ドゴォオン! と、一際大きな轟音と震動が生まれる。
俺は全身に返ってきた衝撃と手応えを感じながら、着弾場所の右足の甲から素早く飛び降りて離れた。
そして観察する。
直撃してからダンジョンアスラの荒々しい動きは止まり、やたら長く感じる四秒の静寂の後。
――『ピシィ』。
攻防により巻き上がられた土埃が舞う中。
動きを止めた俺達の耳に、空間でも切り裂くかのような異様に甲高い音が届いてくる。
魔力が流れる特殊な石の体の一部、巨体を支える右足の甲に――ついに亀裂が入った。
◆
石像な体に亀裂が入った事により、戦いの序章は終わっていよいよ本番が始まった。
これでダメージが入るようにはなったが、相手は強大なモンスターである。
高難度迷宮の十四層で、ボスよりも強いと言われる『門番』だ。
亀裂が入ったからといって、そう簡単に勝てるものではない――『そこそこ腕が立つ探索者パーティー』なら、な。
「まあ、相手が悪かったって話なわけだ」
ここにいるのは、日本でも有数のパーティーである『北欧の戦乙女』。
さらに加えて、恥ずかしながらモーモー重戦士な俺もいる。
一対一ならまだしも、パーティーで挑むのなら結果は火を見るより明らかだ。
それこそこの戦力であれば、ダンジョンアスラどころか亜竜だって狩れるだろう。
「――『影の三叉槍』」
「――『三回転フルスイング』ゥウウ!」
地上からは緑子さんが、空中からは葵さんが激しく攻め立てる。
予想通り亀裂が入った事により、不可思議な鉄壁ガードは消えたらしい。
一撃をもらった石像の体は削れて、残骸となって辺りに飛び散っていく。
……まあ、特殊な石でできているだけあって、それでも相当硬いんだけどな。
たしか名称は『剛魔石』だっけか?
その特筆すべき硬さで削れ具合も大きくはなく、こちらの思い通りには中々いってくれない。
とにもかくにも、問答無用の容赦なしな総攻撃で一気に削っていこう。
俺は邪魔にならないように、引き続き足元を狙って『高速猛牛タックル』で攻撃に加わる。
――ズドォン! ドゴオオ――! ガゴン! ズズゥン――!
互いの高威力な攻撃の音や、ダンジョンアスラの体の一部が落下する音が断続的に響く。
もう戦っていても何が何やら、鼓膜がバカになったのかと思うほど、激しすぎる戦闘が続けられる。
普通のモンスター相手ならひとたまりもないのに……さすがは『門番』か。
超重量&超パワーを誇る腕が一本、二本と崩れ落ちて失っても、
直撃すればヤバすぎる手刀やら掌底やらが、次々と頭上から正確な狙いで落ちてくる。
「――ッとにしぶといな! なら俺だって……『狂牛ラッシュ』!」
【過剰燃焼】のリミット直前、俺は最後に切り札を使う。
すでに亀裂だらけのボロボロ状態。それでも超重量を支えているから特に耐久性が高いのか、まだ砕けずにいた右足首にラッシュをかける。
地面を陥没させて震動を起こしながら、高速での突撃と後退を繰り返す事――五回目。
ダメージが蓄積していた右足首はついに耐え切れず、派手な破砕音を響かせて粉砕、その巨体を支えきれなくなって体勢を崩す。
そして俺は離脱。すぐさま後方へと離脱。
ちょうどリミットの三分が経ち、全身にズシッと襲いかかってきた疲労に耐えつつ、最後の力を振り絞って下敷きになるの回避する。
「ハァ……ハァ! ったく、毎度毎度この疲労はキッツイけど……休んでるヒマはないか!」
俺は乱れた呼吸も満足に整わないまま。
地面に置いておいたマジックバッグから、『ミルク回復薬』を二本取り出して即行でガブ飲みする。
もうこうなれば勝利は揺るぎない。
それでも、俺一人がのんびりしたせいでケガ人や死人が出ないとも限らない。
緑子さんに関しては変幻自在すぎて当たる気配はなし。
葵さんも強固な肉体があるから一撃死はないだろう。
……だが、他の五人のお姉様は違う。
たしかに強いとはいえ、前衛の二人よりは一段か二段ほど力が落ちるから綱渡りな戦いだ。
後衛であってもブン投げられた岩の塊(迷宮の壁を抉り取ったもの)が飛んできて、当たれば即死な危険な状況。
実際、外れた岩の塊が地面で砕け散り、散弾銃みたいになって俺の背中にいくつか直撃していたが、
重装備&闘牛のタフネスがある俺だから問題ないだけだ。
戦いが進むにつれて、かなりの土埃で視界も悪くなっているしな。
最初こそ淡いオレンジの光に照らされていたが、今じゃ同じ場所、同じ迷宮とは思えないほどだ。
そうして再び、俺が戦線復帰した事で轟音と震動の激しさが戻る。
――崩れそうで崩れない。
右足を失って片膝立ちとなっても、ダンジョンアスラはしぶとく攻撃を返してきた。
肘から先全てを使い、低くなぎ払うような新たな攻撃を仕掛けてくるなど、腕が減った分、一気にまとめて片づけようとしてくる。
だからこっちも一切の手は緩めない。
闘牛に影にオーガキングにその他諸々、持てる力をすべてぶつけて、顔や腕を一つづつ確実に潰していけば――――。
ボス部屋手前の巨大な通路部にて。
互いに苛烈な攻撃を繰り返して破壊の限りを尽くした結果。
ようやく決着がついたのは、二度目の【過剰燃焼】が切れる寸前だった。




