九十五話 二十五牛力
「むむっ……?」
全員が無傷で大した疲労もなく、ついに目的の十四層に到達してすぐ。
この層の出現モンスターに、たまたまトドメを刺した俺の体に――ある『変化』が起きた。
「? どうしたの太郎君?」
「何よ太郎。もしかしてトイレ?」
立ち止り、俺がぼそっと発した声に、同じ前衛の緑子さんと葵さんが反応する。
続けて後衛組、五人のお姉様達とズク坊が、一体何かと前まで上がってきた。
「ホーホゥ? どうしたバタロー」
「ん、いやちょっとこの感覚が……あっ、やっぱり!」
「やっぱりって何よ太郎? 気になるじゃないの」
「それがですね葵さん。ちょっと体に違和感が生まれたので、【モーモーパワー】の状態を確認してみたんですが――」
前進(というか進撃)を一旦止めて、俺はズク坊と『北欧の戦乙女』の皆に報告する。
今の戦闘で得た経験値により、【モーモーパワー】が『二十五牛力』に上がった事。
そして十牛力で『闘牛の威嚇』を得てから、五牛力刻みで『新たな能力』を得ている事を。
「――つまり、太郎君は今、新たな能力というものを手にしたというわけね」
「はい。緑子さんの仰る通りです。……んで早速、それによる妙な違和感を覚えたという感じです」
興味津津なのか、俺に予想以上に近づいてまじまじと見てくる女神、じゃなくて緑子さん。
さらに加えて、葵さん達にも至近距離から観察される中――俺は心臓をバクバクさせながら兜を取る。
「ホーホゥ。じゃあお約束の新能力チェックだな!」
というズク坊の声によって。
俺達は迷宮内を進むのを中断して、ひとまずモンスターが出ない十三層と十四層をつなぐ階段へ。
俺が覚えた違和感は、『皮膚や筋肉が引き締まる』感覚だ。
それは全身に及んでいたため、面倒だが兜だけでなく鎧も全て外していく。
そうして確認してみたところ。
見た目には『闘牛気』みたいな明確な変化はなかったが……新能力はすぐに判明した。
「あら、とても『硬くなって』いるわね」
「ホントだ。『カチカチ』だねん」
俺の頬を両サイドからつんつんしながら、緑子さんと葵さんが言う。
ほか後衛の五人、清楚&小柄&ジト目&アニメ声&エロ系美女も、胸や腹、腕や足をつんつんしてきて、
「おー硬い」
「人間の皮膚じゃないね」
「……変な感じ」
「これが新能力ってわけかあ」
「うふっ、何かスゴイ感触ね」
と、それぞれに驚いて反応している。
……正直に言おう。
この状況は悪くない、否、素晴らしいご褒美タイムである。
お姉様達に寄って集ってつんつんされるという至福――っていかんいかん!
俺は紳士だ(?)。欲望とか興奮はさて置いて!
「これはどう見ても……『硬化』ですよね?」
「ええ、私もそう思うわ。鉄――ほどではないにしても、中々の硬さがあるようね」
俺は頬を、緑子さんは首元を。
つんつんではなく、指の背で軽く叩いてみたところ、人体とは思えないコン、という音が響いた。
うむ、やっぱり硬いな。
そして緑子さんの言う通り、鉄ほどではないにしろ、結構な硬さが手応えからも確認できる。
【モーモーパワー】、闘牛が宿っているという事を考えると……ちょうど『蹄』みたいな硬さだろうか?
肌の色的には一切の変色もしていないし……。
何と言うか、二十五牛力にしては少しばかり地味な能力だぞ。
「……まあ、確実に役立つとは思うけどな」
俺は腕や足をぐるぐる回して動作確認をしながら呟く。
関節までは固まっていないから、『硬さを保ったまま』動ける時点で戦闘力アップは間違いない。
――というわけで、十、十五、二十牛力に続いて四回目。
十四層の奥にいるという『石像』とやる前に、新たな能力の性能を試してみよう。
◆
シュー……シュー……シュー……。
不気味な呼吸音だけが静かに響く。
新たな能力のほどを試すため、俺は一人でモンスターと対峙していた。
相手は強敵指定の『指名首』である『エレメントミュータント』。
火・水・雷の三属性を体に宿す、表面がヌメヌメ&テカテカな、紺色の人型モンスターだ。
三種の属性攻撃と、常時展開している属性の防御膜。
この二つを武器とする、攻守に隙のない相手である。
だがぶっちゃけ……属性うんぬんはどうでもいいな。
何よりも気になるのは超がつくほどの不気味な見た目だ。
よく分からんが、迷宮というか『科学の暴走の果てに生み出された生命体』、そんなイメージのやつである。
また素材面で見ても、三属性だからか魔石が三つあるというだけで……大して稼げない相手らしい。
「とにかくやるか。人型らしく実験体になってもらうぞ! 【過剰燃焼】――『ブルルゥウウッ』!」
惜しみなく全力モードになると同時、挨拶程度に『闘牛の威嚇』を一発。
牛力が上がったとはいえ、『指名首』クラスにはほとんど効かないが――、
一瞬だけ、ピクッと体を反応させただけで十分だ。
煩わしい属性攻撃がくる前に、俺は『牛力調整』からの『高速猛牛タックル』を敢行する。
まずぶつかるのは属性膜(雷)だ。
体を覆うような半透明のドーム状の膜に、右肩から勢いよく衝突した。
瞬間、全身に雷のダメージが通るが――おお?
さっきトドメを刺した時もちょうど雷の膜だったが、ビリビリ具合がかなり薄まっているぞ。
痛いは痛いが、闘牛のタフネスでは十分に許容範囲。
タックルの足を止められる事もなく、そのままエレメントミュータントを弾き飛ばす。
敵は転倒せず、タックルの威力も膜によってかなり軽減させられるも……問題なし。
さすがに一発で決められるとは思っていないからな。
連打だ連打! つまりは奥義の『狂牛ラッシュ』のお見舞いといこう。
ズドオォン! ズドオォン! と立て続けに衝突音と震動が響く。
雷の次は水に火と、異なる属性に変化した膜とぶつかり合い、そして本体を数メートルほど弾き飛ばした。
これは……鎧と右肩から伝う手応え的にもかなり違うな。
一牛力上がっただけにしては威力の上がり幅が高く、衝突によるエネルギーが逃げない感じがある。
実際、エレメントミュータントが受けたダメージは相当らしく、
もうすでに足はフラつき、常時展開する属性の膜も弱々しく明滅していた。
ただ単純に体が蹄みたいに硬くなるだけでこの違い、か。
まあ、ボクサーのパンチで例えても、素手とバンテージで固めた拳じゃ威力は段違いだからな。
拳自体も痛めにくくなるし、常に思いきり打てるのは地味だが大きなメリットだ。
「おおおお――ッ!」
だから全力全開のタックルをもう一発。
足も硬くなったせいか踏み込みのブレも改善されたらしく、スムーズな体重移動により、凶悪なタックルを敵のみぞおちに叩き込む。
弱っていた膜は一瞬で霧散し、同じく弱っていた本体が宙に浮く。
そのまま無抵抗な人形のごとく、激しくふっ飛ばされて岩の壁に叩きつけられた。
これにて決着――だな。
一応、二十秒ほど観察してみたが、手足は変な方向に曲がり、ピクリとも動く気配はない。
「……フーッ」
俺は深く息を吐いて、いまだ二十五牛力を保った体を鎧越しに見る。
『闘牛気』に加えて、全身の引き締まった感覚は残っており、改めて己の肉体の力強さが感じられた。
ふむふむ……。『硬い=強い』ってのは今の戦闘で十二分に分かったぞ。
鎧の下にちょっとした鎧、言うなれば二重の鎧状態で、攻撃にも防御にも役立つらしい。
これなら前にメルトスネイルに見舞った、落下からの『牛体プレス』での自滅も防げそうな気がするな。
――んで、この体の硬化。名づけるなら『全身蹄化』だろうか?
何度も言うがかなり地味でも実用的。重さに硬さが加わるという、心強い新たな能力を得る事ができた。
……が、しかし。
やっぱりどうしても腑に落ちないというか……一言言わせてほしい。
俺は勝利の余韻に浸る間もなく、腹の底から、半分怒りを込めて【モーモーパワー】に抗議する。
「今かよ! あれからそんなにモンスターも倒してないのに……どうせなら稲垣戦の前に上がっとけっての!」
というわけで、威嚇、牛力調整、闘牛気の次は『硬化』です。すんごい地味です。
……いまさらですが、出す能力の順番を間違えた気が……(汗)。