一話 俺だって探索者
「――よし。我ながら準備万端だな」
俺は今、ゲームの世界もかくやな格好でとある場所に立っている。
ぶ厚い革製のヘルム、胸当て、ガントレットにグリーヴなどなど。
極め付けには腰に鉄の片手剣を提げ、背中のリュックと下に着ているジャージを除けば、平成日本では考えられないような格好で立っていた。
……まあ、それも『十年前』までの話だけどな。
南米のジャングル奥地から始まり、危険なモンスターが跋扈する未知の『迷宮』が世界中に出現してから早十年。
今や迷宮とこの世界は切っても切り離せない関係となっている。
社会的にも認められた、『探索者』なる正式な職業まであるしな。
成人してから講習と試験を受けて合格すれば、誰でもなれる人気職業だ。
「結局、人間なんて金になると分かれば危険には目をつむるものさ。そんな俺もその一人、ってな」
てなわけで現在、俺も探索者として、迷宮の一つに挑まんと目の前まで来ていた。
友葉太郎、二十二歳。
Fラン大学四年のアホ大学生で、あと三カ月ほどで卒業を控えている学生の身だ。……ちなみに童貞。
なぜ学生なのに迷宮へ? ああなるほど、進路も決まって学生最後の思い出づくりか!
なんて声が聞こえてきそうだが……そこら辺はスル―させてもらおう。
ただ一つ言うなら、もうどうでもよくなってここへ来た、とだけ。
「まあ、自殺ではないから心配いらないさ。むしろ稼ぐ気満々だし」
と、さっきからずっと独り言を呟く俺は、深呼吸を一つ、ついに迷宮内に足を踏み入れた。
ここは『横浜の迷宮』。
一人暮らしの俺の家に最も近く、かつ迷宮の規模・難易度・特徴から見ても、初心者に易しいとされる迷宮だ。
公園の茂みの中にズドン! と鎮座する巨岩の出入口。
そこから下へと続く坂道を下っていくと、高さも幅もある大きな洞窟が広がっていた。
「よしよし、情報通りだな。……にしても、本当に公園の下に迷宮があるのか」
知識はあっても初見なので(動画サイトでは腐るほど色々な迷宮を見たが)、軽いショックを受けつつ歩を進める。
洞窟の壁はわずかに発光し、温かい色に照らされているので、視界に関してはギリ問題ない。
これも、ここ『横浜の迷宮』が初心者向けとされる理由だ。
出現モンスターの種類も相まって、死亡率はゼロではないがかなり安全な部類である。
「体格は平均的な日本人。運動神経はそこそこ良い方だし、装備もちゃんと揃えたから問題はないはずだ」
非日常的な空間の独特な空気に包まれて。
緊張で心臓がバクバクし始めた俺は、大丈夫だと自分に言い聞かせるように呟く。
心配しすぎる必要はない。
ソロとはいえ低難度の迷宮の一層で死ぬようなヤツは、心構えも含めた準備不足か、酒を飲んで間違った勢いをつけたバカだけだ。
ガチモンスターとの命懸けの戦い? 上等だ、素材に変えて換金したる!
「こちとら神社で拝んでも来たしな。神頼みもしたんだから――おおッ!?」
相変わらずブツブツと言いながら、洞窟内を歩いていたところで。
十メートル先の曲がり角から、いきなりソイツは姿を現した。
灰色の体にブツブツの表皮、四足歩行で素早く這い回り、大きさはちょうど猫サイズ。
絶命時には体を破裂させ、無意味に探索者を血まみれにさせてくる生物。
『パンクリザード』。
この迷宮の第一層に出現する、爬虫類型のモンスターだ。
「出たな! 俺の記念すべき初モンスター!」
叫び、俺は今さらながら剣を抜いて突っ込んでいく。
こういうのは先手必勝だ。
第一層のモンスターだけあって、普通に戦えば三対一でもまず負けない相手だ。
「――ていやッ!」
思いきり力んで、片手剣をパンクリザードに振り下ろす。
安物でも素人の腕で叩き斬れる仕様の武器なので、当たれば両断できるはずだ。
シャー!
対して、パンクリザードは蛇みたいな威嚇音を上げ、素早く左へと回避してきた。
俺の渾身の一撃は空を切り、むなしく激しく地面と激突する。
……が、問題はない。
もうすでに人間とトカゲの勝負はあった。
「ふっふっふ! 『攻略サイト』の教え通りィ!」
俺は戦闘中なのに高らかに声を上げる。
そんな俺の右足の下。
そこには見事にフンづけられて、バタバタと暴れるパンクリザードの姿があった。
剣に意識を取られ、初撃を避けて安心したパンクリザードを踏んで動きを止める。
これこそ先輩探索者達が見つけた、最も楽で確実な対処法だ。
「でも、まさか最初から上手くいくとは。多少なりともセンスはあるのか?」
自分で自分の動きに感心しつつ、俺はすぐさま二度目の剣を振り下ろす。
ザグッ! と決してキレイとは言えない切断音で、パンクリザードの首を叩き斬った。
そして、すぐに後ろへ距離を取る。
直後。パンクリザードの代名詞、切断された頭と体の両方が『破裂』し、大量の血や臓物が周囲に飛び散った。
「うおっ、汚いな! 何ちゅう地味な嫌がらせを……」
買ったばかりの革の装備が、もう真っ赤な血で汚れてしまった。
弱くて倒しやすいモンスターとはいえ……やはりそこは迷宮。
色々と甘い蜜を吸える分、何から何まで都合よくはいかないらしい。
ともあれ、これで初戦闘&初討伐の完了だ。
パンクリザードが破裂した瞬間に全身がほんのり熱くなり、心と体が妙な高揚感に包まれる。
別に変な脳内物質が出たとかではなくて。
単純に、もしくはゲーム的に、これがモンスターを倒す事による身体能力の向上現象だ。
俺はそれを現実に感じてから、パンクリザードから取れる唯一の素材、足元に転がるピンポン玉ほどの小さな『魔石』を拾ってリュックにしまう。
「さて次だな。コイツ相手に稼ぐとなると、魔石だけだからもっとたくさん倒さないと」
たしか買い取り価格は一つで二百十円だしな。
普通にバイトするよりは稼げるけど、一層のザコモンスターではこの程度だ。
なので早速、次のパンクリザードを探して洞窟を進む。
今日は危険を冒さず一層だけ。
ぐるっと回り、戦闘に慣れる事と小遣い稼ぎ(目標五千円)で終える予定だ。
まだ一匹では違いは見られないだろうが、地道に倒していけば目に見えて身体能力も上がるだろう。
そうなれば危険は下がる一方、効率は良くなって達成できるのは間違いない。
「んじゃ、頑張りますか。ここからが本当の探索開始だ!」