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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
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4 自分で決めろ -2-

 その声に。忍は、体が凍りつくような気がする。何と言ったらいいのか、分からない。

 ひかりちゃんが立ち上がった。

「ちょっと、古川。言いがかりはやめてよね。忍はそんなこと言ってないよ」

「遠山は黙っててよ。私は、雪ノ下に聞いてるの」

 古川さんは責めるように言う。


「あ、あの」

 忍は声を振り絞って。

「私……」

 何か言おうとするけれど、言葉が出て来ない。みじめな気持ちになって。ただ、下を向いてしまう。


「もういい加減にしたら」

 横から声がした。クラス委員の間島さんが立ち上がっていた。

「雪ノ下の声じゃなかったでしょ。古川だって分かってるくせに。雪ノ下が言い返せないからって、八つ当たりするのみっともないよ」

 冷静な声で言う。

 古川さんが、悔しそうな顔になった。


「誰が言ったかって、そんなの突き止めようとしたってムダなんじゃない? 本人が言わないんだし」

 間島さんのメガネをかけた目が、教室内を冷たく一周する。何人かが、急いで顔を伏せた。


 それから、間島さんは忍を見る。

「雪ノ下も、うじうじしているのどうかと思う。いつもいつも、遠山の陰に隠れて言いたいことも言わないんじゃ、ズルくない? 正直、言われても仕方ない気がする。言いたいことは自分で言ったら?」

 忍は。それにも言い返せない。

 あまりにもその通り過ぎて、下を向くことしか出来ない。


 間島さんはため息をついた。

「こんなんじゃ、話し合いなんか出来ないし。百花祭の出し物については、みんなで明日までに考えておくことにしない? それでまた、話しあおうよ。星野、それでどう?」

「みんながそうしたいなら、そうすれば」

 星野さんがふてくされたように言う。


「じゃ。そういうことで」

 間島さんはサバサバと言った。

「みんな、ちゃんと考えて来てね。決まらないと困るんだから。じゃ、今日はもう終わりにしよう。嵯峨野先生には私が報告しておくから」

 それで。みんなの心にわだかまりを残したまま、その日は下校になった。



 ひかりちゃんは図書委員の仕事があるので、まだ寮には戻らないと言った。

「昨日、古川たちに嫌がらせされたんでしょ。さっきのこともあるし、忍をひとりにしたくないんだけど」

 ひかりちゃんは顔をしかめてそう言い。

「急いで寮に帰って、静かにしてなね。寮内だったら、そんな人いないから」

 と付け加える。 


 忍はうなずいた。

「心配かけてばっかりで、ゴメンね」

「いいって。友だちじゃない」

 ひかりちゃんは笑う。


 その笑顔が眩しくて。自分がその眩しさに値しないような気がして。忍は時々、ひかりちゃんの傍にいることが申し訳なくなってしまう。迷惑ばかりかけている自分が、本当に情けない。


 ひとりで昇降口に向かった。靴を履きかえて、柊実寮に向かう。

 寮と学校の間には渡り廊下もあるのだけれど、天気のいい日はそちらは使わず、外を回るように学校から言われている。渡り廊下で学校と寮だけを往復していると、一日中上履きで過ごすようになってしまって精神がたるむし、運動不足にもなりやすいからだそうだ。

 昇降口を使うコースは広い中庭を横切らなくてはいけないので、確かに渡り廊下を使うよりは歩く。


 中庭は秋の花でいっぱいだった。

 萩の大きな株の横を回る。まるで鮮やかな赤紫のシャワーみたいだ。萩というと渋いイメージだったけど、こんな華やかな花だったのだと、百花園に来て初めて知った。


 その鮮やかな景色の中。不意に、腐臭が鼻を刺激した。思わず鼻と口を押さえてしまってから。萩の陰にいた人影と、目が合った。

「穂乃花お姉さま」

 思わず、呟く。風紀委員会の先輩。

 腐臭の元として、十津見先生に名指ししたその相手が。そこで彼女を見ていた。


「雪ノ下さん、だったっけ」

 穂乃花お姉さまは固い声で言った。

「どうしたの。鼻、押さえて。花粉症?」

「あの、いえ。私……」

 忍は口ごもった。また、うまく言い訳できない。言葉がうまく出て来ない。

 せめて、逃げ出せればいいのに。体も固まってしまって動かない。どうしてこうなんだろう、不器用なのも程がある。


 穂乃花お姉さまは鼻の頭にしわを寄せた。

「ハッキリ言えば? 見たわよ。私の顔見て、嫌な表情したじゃない。何、私が臭いとでも言うつもり? 上級生に対して、不作法すぎるんじゃない?」

 一歩、踏み出す。忍の方に近寄ってくる。腐臭が強くなる。

「百花園ではね、上級生のお姉さまに対する不作法はもっとも許されないことなのよ。もう新入生だからって許される時期じゃないわよね。分かってるの、あなた」


 肩を、強く突かれる。忍は不様に転んで、煉瓦の歩道にしりもちをついた。

 ああ。みっともない。本当にみっともない。いつだって、自分はこうだ。


「あら、いい恰好じゃない」

 お姉さまは嗤った。

「ちょうどいいわ。そのまま、這いつくばって謝りなさい。それがお似合いよ」


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