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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
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2 百花園の三魔女 -2-

「それで。そのお話は、極秘なのかしら?」

 そう言った撫子の顔は、極上のスイーツを味わっている時のように恍惚としている。

 この女は、噂話が何よりの好物という悪質な人間である。寮内はもちろん、学校全体、更には学校外や職員室にまで噂のネットワークを張り巡らせ、その真ん中で集まってくる情報に舌鼓を打っているという、大きなジョロウグモみたいなヤツなのだ。

 出来れば付き合いたくないタイプの女だが、こういう人間は敵に回すより味方に置いておいた方が何かと都合がいい。

 そういうわけで、入学以来私は撫子と『睦まじいお友だち』をやっている。


「別に。いいわよ、あなたのネットワークに流しても」

 私はちょっと考えてから、肩をすくめてそう言った。別段、隠し立てするほどのことではない。年内には婚約指輪を買いに行く約束になっているし。


「けど、三十歳とか、オッサンじゃん。しかも無職! 抜け目のない千草が、そんな結婚するとか思わなかったな。それも、会ったその日に婚約とか、すげえなあ」

 私が提供したクッキーを野性的にかみちぎる小百合。どうでもいいが、もう少し年頃の女子らしく食べられないのか、お前は。あと、十八歳の乙女を形容するのに「抜け目ない」とか、やめて欲しい。


「無職じゃないわよ。占い師よ」

 と言う私の口調も、ちょっとあやふやだが。あの商売で生計が成り立っているようには正直見えなかった。それと、克己さんは三十二歳である。まあ、あえて訂正はしないことにしておくが。

「あら。不動産収入があるんでしょう? 家賃生活者という方ですわ」

 嬉しそうに断定する撫子。さっきの説明、訂正。こんな女、やっぱり友達じゃない。


「それにしても、千草さんって意外に情熱家だったのね。もっと冷静に、条件だけで男性を選ぶタイプだと思ってましたけど」

 どんな女だ、私は。

「情熱家って言うか。さっきの話を総合すると、千草、売り言葉に買い言葉で婚約しちゃっただけじゃん。そう思うと、千草らしいっていう気もするな」

 ウルサイな。冷静に分析しないでほしい。小百合のくせに。


「もう、いいでしょう。お休み中に、何か変わったことがないかと聞かれたから、話したのよ。後は別に、ないわ」

 と、私は不機嫌に言う。

「あー。まあ、確かに、変わったことだったな」

 深くうなずく小百合。

「本当ね。こんな美味しいネタ、何年かに一回ですわ。浮いた噂一つなかった千草さんの婚約! しかも経緯・相手の条件全てが面白すぎ。大丈夫よ、千草さん。こんなステキな情報を、簡単にみんなにバラまいたりしないから。このネタひとつで、たくさんの情報を釣れるわね。みんな聞きたくて仕方ないでしょうから」

 ほくそ笑む撫子の顔は、ハッキリ言って邪悪だ。


 私は、ため息をついた。

「あら。どうしたの、千草さん。恋の悩みでしたら、いくらでも聞きますわよ」

 と言う撫子。実に嬉しそうである。


「違う。今年こそ、『百花園の三魔女』の称号を返上したかったのに、まだ出来てないなって憂鬱になったのよ」

 私の言葉に、小百合と撫子は顔を見合わせる。

「だって、それは、ねえ?」

「イヤ。無理だろ、それは」

 何ですか、そのむやみに腹の立つ歯に物が挟まったような言い方は。


「何。何が言いたいの、二人とも」

「あらあ。だって、私たちが『三魔女』なんて言われるのは、千草さんのあまりに悪辣な所行が原因じゃあないですの」

「そうそう。お前を形容するのに、他の単語は思いつかないよな。それを返上しようなんて無理に決まってる」


「ちょっと。私のせいじゃないわよ」

 私は猛烈に抗議する。

「撫子が、やたらに他人の弱みを握ってたり。小百合がそこら中で他校の男子生徒を叩きのめしたりしているから、そんな風に呼ばれるんでしょう。一緒にいるだけで同じに見られて、私は迷惑よ」


 何しろ、学院内で撫子が知らないことはほぼないと言ってもいい。彼女が畏れられるのは当然だと思う。

 そして小百合は、『百花園女学院に白濱小百合あり』と付近の警察署の方々に名を轟かせる存在であり。更に言えば、二年次の第一研修と五年次の第二研修(他校で言うところの修学旅行と言うヤツ)において。旅先でクラスメートに執拗なナンパを行った男性を袋叩きにして、現地の警察のお世話になった女である。これも、恐れられて当然と言えよう。

 しかし、私はごく一般的で常識的な女生徒である。こういう異常なヤツらと同列に見られるのは、実に不本意である。


「まあ。その、私が話して差し上げた情報を元に、意地悪をして来たお姉さま方の、人には言えないような姿をネットにアップしたり、盗撮をしていた用務員さんを退職に追い込んだりしたのは千草さんではないですの」


「そうそう。アタシに因縁つけてきた他校の男子の彼女にあることないこと吹きこんで、別れる別れないまで追い込んだりとか、他校の番長組織の下っ端をおだてて造反させたりとか。そんなこと、フツウしないよな」


 なぜか、うなずきあう二人。

「ちょっと。お姉さま方のことは、先に向こうが仕掛けてきたんだし。自分の仕事を利用して、清らかな乙女たちを汚そうとする男には天誅を下すのが当然のことでしょう」

 私は自分の正当性を主張する。

「他校の男子のことは、小百合を心配してやったことじゃない。いくら小百合だって、かよわい女子なんだから。少しでも助けになろうと」

 主に、小百合に欠けている頭脳面で力を貸してあげたまでのことだ。

「ちょっと頭を使っただけじゃない。特別なことじゃないわよ」


「あら。校内では有名ですわよ、『千草さんの逆鱗に触れた者には悲惨な末路が訪れる』と」

「ああ。お前、他校の不良には『百花園の姿の見えない裏番』って呼ばれてるぞ」

 なんてことを!!


 私は、卒業したらこの二人とは永久に縁を切ろうと決心した。

 こんなヤツらと付き合っているから、清廉な私の評判がダダ下がりに下がるのである。

 このままでは、恐ろしい魔女(かつ裏番)にされてしまう!

 苦悩する私を横目に、撫子と小百合は笑ってクッキーを食べ続けていた。


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