15 放課後の挑戦 -4-
「あ、北堀さんは業務用スーパーのティーバッグだけど、どうせお茶の味とか分からないからいいよね」
それで同じ値段を取る気なのだろうか、この人。
そして、やっぱり克己さんの舌についての評価はそういう感じなのか。
克己さんは何も言わずに、お茶を自分でカップに注いでごくごくと飲んだ。
あ。今、注いであげるべき場面だっただろうか。女子校にずっといると、こういう感覚が鈍くなる。うーん、日本茶だったら、そしてポットが一つだったら私が淹れた方が良かったよね、多分。
しかし、この場合はどうなんだ。けど、もう飲んじゃってるし。いいか、気にしないで。
「千草さん」
私がカップを口に付けた瞬間に名前を呼ばれた。吹きそうになった。タイミングを考えてよ。
「はい」
何とか体裁を取り繕って、カップをソーサーの上に置く。
克己さんの茶色い瞳が、じっと私を見ている。
「君が危険な目に遭うかもしれない、と知らせてくれた人がいます」
長い指を組み合わせて。彼は真剣な顔でそう言う。
「よく分かりません」
私は答える。
「私が狙われる筋合いはないと思います。思い当たる節がありません」
忍も、まあちゃんも同じことを言ったけれど。
論理的に考えて、私が狙われる可能性は低いと思う。
「根拠があるなら教えて下さい。ただ、危険だと言われても」
そう言うと。
「根拠はないでしょうね」
アッサリ言われた。
「何ですか、それ」
私は呆れる。
「そんなことで大騒ぎする意味が分かりません」
「そうですね。僕もそう思います」
また紅茶を飲む克己さん。
「ですが、君が傷付くかもしれないと聞かされて、そのまま何もせずに手をこまねいている気になれませんでした。だから迎えに来ました」
私は。ぽかんとする。
それって。
「うわー、北堀さんがマジで女の子口説いてる」
横で、やっぱりぽかんとしてる人がいた。というか、何でこの人は堂々と立ち聞きしてるんだ。
「葉桜くんは黙っていなさい」
克己さんは不機嫌に言って、ティースタンドの上からスコーンを取り、チャラ兄さんの口に無理やり詰め込んだ。
チャラ兄さんは咳き込みながら、カウンターの方に戻っていく。
「そういうわけですから」
克己さんは咳払いをしてから言った。
「僕と一緒に事務所に帰りましょう。いずれ一緒に暮らすなら、今日から暮らし始めても同じことでしょう」
まずい。心臓が、ドキドキ言ってる。耳たぶが熱くなってる。
初めに、婚約するなんて言った時は、お互い売り言葉に買い言葉みたいだったけど。今のこれは。
少なくとも、チャラ兄さんに茶化されるくらいには。
恋愛っぽい、言葉だった。
どうしよう。なんて言ったらいい?
私、今日、二日目だからダメです……いや、そういうことじゃなくて。
「ごめんなさい」
私は頭を下げた。
「行けません」
「どうしてですか」
克己さんの目元が、少し険しくなる。
「納得できませんか。それでも、悪いが連れて帰りますよ。君をあそこに置いてはおけない」
「いえ。そうじゃないんです。ご心配はありがたいです」
自分では自覚はないが。
みんなにこうも同じことを言われるということは。私は、自分で思っているより危ない場所にまで足を踏み入れているのかもしれない。
「でも。あの場所には、私よりもっとのっぴきならないことになっている子たちがいるんです。彼女たちを置いて、自分だけ逃げたりできません」
私は。克己さんの茶色の目を見返す。
それは譲れない。桜花寮の寮長として。忍の姉として。私は、薫と忍を置き去りに出来ない。
「無理に同行させてもムダです。私、逃げますから。それこそ、警察を呼んででも」
克己さんは腕組みした。
「今、君の学校で起きている事件は、あと数日で解決します」
私のことをにらむように見る。怒ると、結構怖い顔。
「ただ、情勢はよくありません。解決までにかなりの血が流れるでしょう。それだけ相手もせっぱ詰まっている。そんなところに帰りたいんですか」
私も眉をひそめる。
「どうして、そんなことが言えるんですか」
「話しても信じないでしょう」
少し乾いた哂い。つい最近、同じような表情で、同じ言葉を聞いた。あれは。どこだった?
「とにかく、それは間違いないと言える。だから、それまでの間でいいんです。頼むから、僕のところでおとなしくしていなさい」




