14 警告 -2-
「ね。話しなさい。分からない、それを抱えているのはとても危険なことよ。『フェアリー』は」
その言葉を発する時。私も、浦上薫がしたように、聞こえるか聞こえないか程に声を小さくした。
「自分の秘密を守るために人を傷付けて回っているのよ。今度はアンタが危険に晒されているのかもしれない。私じゃなくてもいい。信頼できる先生や、警察に話をして、お願い」
妹の小さな顔を、じっと見る。半年ほどで。小学生らしさが抜けて、百花園生らしくなってきた。それでも、細い体はまだまだ子供だ。
この子を、小林夏希や大森穂乃花や。浦上薫のような目に遭わせたくない。もし、もうドラッグと援助交際の泥沼にはまっているのなら。
何としてでも、助け出したい。
「お姉ちゃん」
しばらくの沈黙の後。忍は、固い声でそう言った。
「誰から聞いたのか知らないけれど。私は、小林さんのことで、具体的なことは何も知らなかった。今でも知らない」
「忍」
私の声も、固くなる。
「お姉ちゃんのことを信頼できないの?」
「お姉ちゃんこそ、私のことを信用してない」
私たちの視線が。互いに、ぶつかり合う。
「前に言ったよね」
忍は言う。
「その言葉のことは忘れなきゃダメ、って。どうして信じてくれないの?」
どうしてって。
「そんなの私が聞きたいわよ」
私の声はキツクなる。
「どうして、アンタはそんなことを言うの。どうして、そんなことを知ってるの」
今日はもう。うやむやに出来ない。してはいけない。
大森穂乃花のように。薫のように。この手をすり抜けさせてしまってはダメだ。後手に回って、臍をかむことになってはダメだ。
妹なんだから。絶対に。絶対に絶対に。この子だけは、守りたい。
忍はなぜか。口許に、乾いた笑みを浮かべた。
「言っても信じない」
その口調に。私はムッとする。
「言ってもいないのに、決めつけることないでしょう」
「言わなくても分かる」
制服のスカートを握りしめている。あれでは、後でアイロンをかけなくてはいけないだろう。
「忍」
私は少し身を乗り出し。まっすぐに妹を見つめる。
「私、アンタを心配してる。困ったことになっているんじゃないかと思ってる。もしそうなら、絶対に助けるから。だから、話して」
最悪な話でも覚悟は出来ている。
薫と同じ状況にいるのなら、何としても助ける。
だから、お願い。信じて。
一瞬。妹は、泣きそうな顔をした。そして。
「私は大丈夫」
皺の付いたスカートを見つめながら、少しぶっきらぼうな口調で言う。
「お姉ちゃんの方が危ない」
私?
「私は大丈夫よ。関係ないもの」
びっくりして、忍を見る。何を言っているんだろう? 冗談なんだろうか。
意味が分からなすぎて、そういう場合でないと分かっているのについ、苦笑してしまう。
妹の顔が少しだけ険しくなった。
この子はあまり、外では感情を出さないけれど。年が離れていてもさすがに姉妹なので、何度もケンカはしてきているから分かる。忍、結構イラついている。
「とにかく」
もう話すことはない、と言うように。妹は席を立つ。
「危ないのはお姉ちゃんよ。だから、気を付けて」
「待ちなさい、忍」
私は焦って、自分も立ち上がる。これでは、先週の二の舞だ。もう、奥の方に座っちゃったものだから、狭くて出づらいじゃないか。
私の声に。一度だけ、忍は振り向いた。
「大丈夫。私の話を聞いてくれる人、ちゃんといるから。だから、お姉ちゃんは自分を大事にして。ママのこと、教えてくれてありがとう」
そして。私が席から出ようとモタモタしているうちに、忍は。素早い動きで、ロビーを出て行った。
私は追う。それを追う。何としても追う。絶対に絶対に、忍だけは逃しちゃダメなのに。
前を行く忍は。私の追跡に気付いたのか、軽やかに走り出す。うう、自分の鈍足が憎い。同じ両親から生まれたのに、何で私の方が鈍足なのよ!
この学校の廊下は、まっすぐではなく無闇にデコボコしている。日照を考えた設計だとかいう話だが、私には設計士の根性がひねくれていたとしか思えない。そのせいで妹の影は。何度も壁に見え隠れする。
何度目かの凹凸を通り過ぎた後。私は妹を見失った。肩で息をして、辺りを見回す。もう足音はしない。
体育館や講堂、チャペルに続く分かれ道が途中にあった。そのどこかで曲がってしまったのだろうか。
他にあるのは各教科の講師研究室だけで、そこには先生たちがいるはずだし。
ひとつの部屋の扉がサッと開いた。
背の高い教師が、眼鏡越しに私を冷たく見下ろす。
「今、誰かが廊下を走っていたようだが。君か、雪ノ下千草」
イヤな時にイヤなヤツに。
しかし、明らかに息を荒くしている私は、反論できない。
「最上級生にあるまじき振舞いだな」
どこか嬉しそうに、見下げ果てたという表情を作る十津見。くっそー、ブレないな、この教師。
「あの」
それでも。手がかりを求めて、私は口を開く。
「うちの妹……見かけませんでしたでしょうか」
「雪ノ下忍か?」
十津見は軽く眉を上げる。
「姉妹で鬼ごっこでもしていたのかね。学校の廊下はそういうことをする場所ではないぞ」
私は。首を横に振らざるを得なかった。これ以上、忍を晒し場送りにしたら。母がますます調子づく。
「違います。あの、用があって、探していただけです」
「だからと言って、校内を走って探す必要はないと思うが」
十津見は冷たく言った。
そうですね。私も今の言い訳には無理があったと思います。
「雪ノ下千草、校則違反。最上級生で桜花寮の寮長なのだから、もう少し下級生の模範となる行動を心がけなさい。みっともない」
それだけ言うと。十津見は私の前でぴしゃりと戸を閉めた。
私の晒し場行き決定。ああ、また母がメールしてきそう。
ため息をついて、それから私は妹を探し回ったが。
もう見付けることは出来なかった。
携帯で連絡しようとしたが、電源が切られていた。




