13 ガラスの靴の少女たち -4-
敵は。この百花園に私や撫子でも探知できないほどの、細く透明な蜘蛛の巣をいたるところに張り巡らせている。
その上を歩む蝶たちは。ガラスの靴を履いている。
秘密の靴を身に着けていれば、糸の上を歩くことが出来るのだ。
粘りつく蜘蛛の巣は、美しい翅を傷付けて。
飛び立つことは、もう出来ない。
けれどそれには気付かずに、偽りの自由を謳歌して。
やがては蜘蛛の贄となる。
そんな情景が目に浮かび。日差しは暖かいのに、私は自分の両腕を抱きかかえた。
「けど。いくらソイツが万能でも、自然の理は止められないわよ」
残酷だとは思うが。私は、ハッキリと指摘する。
「今のまま、何もしなければ。赤ちゃんは生まれてしまうのよ。みんなにもバレるし、そうなったら契約どころではないでしょう?」
薫の目に。また不安そうな光が宿る。彼女は落ち着かない様子でスカートを引っ張って、椅子に座り直した。
「だ……大丈夫だって。フェアリーが、何とかしてくれるって」
「何とか?」
私の声は苦くなる。
中絶でも斡旋してくれるのか? 少女たちに援助交際をさせて稼いでいる相手だ。それくらいの金は持っているのかもしれない。
だが。そんなルートで紹介される医者が、まともなヤツである保証はない。
「ダメよ、薫さん。信じちゃダメ。ソイツは、あなたを守ってくれない」
私は。手を伸ばして、浦上薫の小さな手を両手で包み込んだ。
ソイツは。こんなにこの子を傷付けている。この子を食い物にしている。
これ以上、彼女を傷付けさせちゃダメなんだ。
「先生に相談しましょう。親御さんにも。それが一番いいことよ。一人で不安だったら、私がついて行くから。ね、告白するのよ。そうして、新しい道を探すの」
薫の顔が真っ白になった。小さな手が。ガタガタと震えだす。
「ダメです。ダメ。ダメ。そんなことしたら、私、私……」
「フェアリーが怖いなら、警察に身柄を守ってもらうようお願いするのよ。犯人が捕まるまでの間、国外に逃げたっていいわ。どうでもやりようはあるわよ」
私は。彼女を逃がすまいと。今度こそ逃がすまいと、しっかりとその手を握る。
それなのに、どうして。彼女はこんなに、私から遠ざかってしまっているように思えるんだろう。
「ね。私たちを信じて、薫さん。親御さんも、絶対に悪いようにはしないわ。みんなあなたを心配しているから。大丈夫だから」
言葉が上滑りしている気がする。彼女に届いていない気がする。 つかんだ手が、今にも消えてしまいそうで。私は焦る。
「ダメ!」
悲痛な声は。かすれて、ささやくようでしかなくて。ロビーにいた誰も、気付きもしなかった。
「ダメです。バレたら、私……。私の人生、終わってしまうわ」
薫の顔は。昨日の、寮の廊下に戻っている。怯えて、震えている。
そんな顔をさせているのは私だ。さっきまで、落ち着いて幸せそうだった彼女を打ち砕いたのは、私だ。
ドラッグの売り手は彼女に幸せを与えている。
真実を貴ぶ私は、彼女に恐怖を与えている。
何なのだ、この状態は。
こんなこと、間違っているはずなのに。
「薫さん。偽りの夢に逃げてはダメ。現実に立ち向かって。そうしてこそ、道も開けるはずだから」
自分の言葉が。何て陳腐で、外見だけで、嘘くさく聞こえてしまうんだろう。
ああ。こんな言葉。ひとつも、彼女に届いていない!
私は彼女の手を離した。
敗北を認めなくてはならないのは私だ。
私では、彼女の心に触れられない。
それでも。出来ることはしなければ。
「薫さん」
私は言った。
「分かった。無理強いはしない。でも、あの薬はそのままにしてはおけない。私は、アレを学校側に提出するわ」
薫が弾かれたように顔を上げる。
その顔は恐怖に支配されて。今にも、暴れ出しそうに見えた。
その目をまっすぐに、私は見つめ返す。臆してはいけない。
私の方が強い。その優位を、その確信を、忘れてはダメだ。
「あなたの名前は出さない。中庭で拾ったとでも言うわ。それならいいでしょう。でも、私は私の知っている限りのことを先生方に話すわ。ただ、あなたに迷惑のかかるようなことは言わない。それは信じて」




